⑪手加減無用!
いやはや……久々に更新と化してしまいましたが、ご一読下さい。
自ら【古龍種】の末裔と告げ、人外の怪物へと変身した爬人種。
対して凶悪な様相の相手を前に、更なる闘志を燃やすホーリィ。
互いの命を灯明にし、戦いの舞台を鮮やかに照らす二人の命運は……果たしてどうなるのか。
……当事者ですら、それは判らぬ事である。
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急激に引き延ばされていく時間経過の感覚は、神経反応を突破する限界手前まで鋭敏化された証。ホーリィの表層意識下で同調していた恵利も、その影響はハッキリと感じていた。
相手の爬人種が全身を過剰な筋肉で膨張させながら、微細な鱗に身を包んだ巨躯が軽々と宙を舞い、腕を交差させ背後に隠した無明刀で切り裂こうと踏み込み、長い腕を振るう。
対するホーリィは、身体強化を筋力から反射反応へ大きく振り分けていたので、巨漢にも関わらず迅速に動く相手と対峙しながら容易に捉え切っていた。
「……ヘイヘ~イ♪ 当たらなけりゃ~意味無いぜいっ!!」
相手の着地に合わせて踏み込みを匂わせながら、軽やかに足先を浮かせてタイミングを逃し、離れた距離から双頭剣に変化させた【フシダラ】【フツツカ】を薙ぎ払って相手の体表に直撃させたが……細かい火花を散らしながら鱗の表面に弾かれてしまう。
(も~っ!! さっきから何回も切ってるのに全然効いてないじゃん!!)
(うっせぇ!! こっちだってギリギリで避けて当ててるんだぜ!? 何なんだよあの鱗は!)
ホーリィと恵利は有効打を与えられないまま、相手からの一撃必殺に等しい攻撃を避け続けていたが、
(……しっかし、確かに恵利の言う通りなんだよな……通りゃしねぇ……)
ホーリィは完全に防御を捨て、四肢にフィットした薄手の衣服のみで革鎧すら装備せず、ひたすら回避に専念する為、対価として耐久力を最小限にしていた。そのお陰で相手からの一撃はホーリィへほぼ全て届くことは無く、何とか平衡を保っている。
だが、それはホーリィに全てを委ねて傍観者の立場を取っている恵利にしてみれば、高速道路を走り回る車両の真ん中に立ち、直に身を曝すに等しい行為であり、狂気の沙汰に等しかった。
相手の巨体から繰り出される堅牢な拳(ご丁寧に無明刀を器用に握り締めたまま)が幾度も顔すれすれの距離で眼前を通過し、それを回避したかと思えば死角から大気ごと押し潰す勢いで豪速の蹴りがやって来るのだ。
それはホーリィと痛覚を共有している恵利にとって、全てが絶望的な痛みを与える死の接吻であり、恐怖と苦痛を招く災厄でしかなかったのだが、
「ハッ!! 当たらなきゃ、どってこと無えんだよっ!!」
相方のホーリィにしてみれば、そうした極限状態での回避とて、命のやり取りと言うメインディッシュの前菜でしかなかった。そして……彼女はそれを楽しんで接しているのだと、恵利は痛感する。
頬を掠める無明刀の刃が皮膚を浅く切り裂き、裂傷から一筋の血が形の良い顎まで滴り落ち、それをホーリィは舌で舐め取る。
「……いいねぇ~ッ♪ アンタの本気が犇々と伝わるぜぃ? それじゃ……ワタシの本気、早速受け取ってくれよなぁッ!?」
にやりと笑いながら、双頭剣を握り締めて上半身を捻り、二回転しながら側頭部を狙い剣を伸ばす。情け容赦の無い刃が四度襲い掛かり、更に返す勢いで真下から切り上げて四度。その度に激しい火花が鱗から飛び散り相手の体勢を崩す……のだが、一方的な展開とは裏腹に、一向に効いている気配も無かった。
(魔剣の効果も効いてないみたいだし、ありゃ全身に魔力の鎧が巡ってやがるかもな……でなきゃ、此処まで効かないって筈が無えが……)
手応えの無さに内心で唇を噛むホーリィだったが、そんな彼女に恵利は気さくに笑いかけ、こう告げたのだ。
(確かに……幾ら斬っても効いてないかもしれないけど……私には何処か目の端にチラチラ見えるんだよね……傷が付いてる場所が……)
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名を捨て、独立した個としての立場を手放した彼は戸惑い、そして苛立っていた。幾度も打ち込もうと無駄な事だと言うのにも関わらず、対峙する【悪業淫女】は意にも介さず、繰り返し斬り込んで来るのである。
(……一体何を考えているのだ? 木片で鉄を穿とうとする程に愚かな事だと判らぬ訳でもなかろうに……)
身体強化魔導の上位種である《神体同化》を行使している彼には、魔剣だろうと何だろうと関係なく、鱗一枚剥がす事も出来ないにも関わらず、相手はがむしゃらに斬りかかり、こちらの防御を掻い潜って何合も刃を見舞ってくる。
だが、それらは全て弾き返しているにも関わらず、カウンターを狙ってギリギリまで引き付けながら、際どく避けつつ下卑た笑いを浮かべて再び挑んで来るのだ。
剣と刀が打ち合わされる度に消費され可視化された魔力が火花と化して宙に舞い、消えていく。お互いの魔力を消耗しながら続けられる死闘は、永遠に続くかと思われたが……
(……やはり、不利を承知で変化したのは愚策だったか……)
状況的に早期決着を狙い、小柄な相手に巨体化してでも圧倒するつもりで挑んだ訳だが、ここまで相手が悪過ぎたとは。
小兵ならではの機敏な動きだと承知してはいたが、魔導強化で圧倒的な反射反応を得た【悪業淫女】は、此方の攻撃を全て認識してから回避し、更にカウンターを返しながら自らに有利になる場所へ移動する余裕がある上、防具を一切身に帯びない身軽さを生かし、数枚上手を常に維持しているのだ。
対人戦闘に特化した【悪業淫女】だが、まさかここまで万能だったとは……いや、常識を超えた存在だとは、彼は思っていなかった。
今も相手を突き刺す為に伸ばした腕に組み付いた【悪業淫女】が鉄棒の要領で絡み付き、蹴り上げた勢いだけで肩の上に一瞬で飛び乗ると、双頭剣を振り上げ……
(……チッ!! 気を逸らすと直ぐに……ッ!?)
顔面……否、眼球を守る為に二刀を交差させて防御した彼は、目の前で繰り広げられる光景に、暫し意識を奪われた。
……肩の上の相手が手にした双頭剣を、振り上げたまま宙へと放り投げ……
「……いっくぜええええええぇーーーーーッ!!!!」
ぼこッ、と肩から二の腕、更に手首に至るまで、各所の筋肉を限界まで膨らませた女が、烈迫の気合いと共に振りかぶった両手を左右から同時に側頭部へと勢い良く叩き付ける!!
……ぶづんっ。
……奥底の鼓膜が激しく叩きつけられた圧力で破られ、頭の芯に直接響く強烈な打撃を感じ、全てが計算された巧妙な技で組み立てられた企みだったと気付いた瞬間、
「仕上げだっ!! テメェの体重で……逝き晒せぇやぁーーーーーッ!!!!」
まるで蛇のように両手を首へと絡み付け、そのままの勢いを削がず、背中合わせで後ろ向きのまま爬人種を担ぐように着地したホーリィが、肩越しの背負い投げの要領で相手を見事に宙へと舞わせ、
「……っと、オマケも付けてやるぜいッ!!」
後頭部から地に落下した相手の顔面に膝を乗せ、とどめの容赦ない追撃まで与えながら、着地と同時に落下してくる双頭剣を見事に掴み、爬人種の顔面に唯一残っていた頬の古傷へと切っ先を僅かに突き立てながら、
「……チェックメイト、って……感じだよな? トカゲの旦那よ?」
倒れたままの相手の肩に足を乗せ、不敵な笑みを浮かべながら、ホーリィは勝利を宣告した。
ブクマ剥がしに屈せず続けます!! 御支援頂いている皆様の為に、頑張りますので……次回もお楽しみに!!