③叩く方も叩かれる方もイカレてる?
出来立てホヤホヤをお届けします。今回はエロくないです。
黒い濡珠のような髪を肩まで伸ばし、額の上で二つの髪留めを用いて前髪を纏めた少女……に、見えるホーリィは、その清楚な外観とは違い幾多の戦場を駆け抜けてきた。
ある時は筆舌に尽くし難い凄惨な負け戦の殿を、またある時は直参の露払いとして勝利の路を切り開きもした。
だからこそ……彼女の前に立ち塞がる、異形中の異形たる【四つ腕持ち】の類い希なる危険性は十分に理解はしていたのだが……その理由は、常人の理解の範疇からはかけ離れたものだった。
《……ちくしょ~ッ!! ワタシが前に使ってた身体じゃん!!》
……つまり、以前は彼女も【フォー・ハンズ】だったのである。その際の事はまた、何時か……。
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「アジッ!! 合図したらバマツを連れて陣地に逃げ込めッ!!」
「ホーリィ! こんな時に格好つけてる場合か!?」
「ちげーよっ!! バマツを庇ってやり合える程に甘い相手じゃねーっての!!」
ホーリィは手にした夫婦剣を交差させて構えながら、油断無く相手を睨みつつ叫ぶ。その声は敵にも聞こえていたのだろうが、何の反応も見えなかった。
(……クソ女ッ!! 三人懸かりで向かってきても余裕だよ? って事かよ……)
やや離れた場所に佇む相手は、軽装なホーリィと同様に動き易さを重視した軽めの部分鎧を身に付け、開いた裾や袖が印象的な紺と白を基調とした衣服を身に纏っていた。均整の取れた身体はホーリィより頭一つ背丈が高いものの、平均よりもやや高い程度だろう。
しかし、ホーリィに睨まれても平然としながら、額の大きな髪留めに手を宛てて、擦れを直してから束ねた髪をゆっくりと背中に降ろし、
「……さて、ご相談はお済みですか? 此方としても随分と譲歩したつもりですので、そろそろ……」
「……おい、あんた……名前は何て言うんだ?」
ホーリィの問い掛けに、やや眉を潜めながら女は答える。
「……あら? 名乗っていませんでした? それは失礼致しました。私は【法と秩序の番人】のクリシュナ、と申します。……して、何故に名前を……?」
「ああ? そりゃ決まってんだろ?……今からぶっ倒す相手の名前を知らないなんて失礼だからだよッ!! ……アジッ!! バマツを連れて走れッ!!」
ホーリィはクリシュナに向かって走り出しながら、後ろの二人に叫ぶ。バマツは応じぬ姿勢を見せようとしたが、
「バマツッ!! 俺達の仕事は敵の目前に降下して攪乱し、前線基地で合流する、だぜ! ホーリィの事は心配するな! 今はおめぇの心配だけしやがれっ!!」
アジに諭されながら、バマツは名残惜しげに一回だけ振り向いたが、意を決して走り出し、やがてホーリィの視界から消えていった。
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「……さて、涙の別れは済んだかしら? ホーリィさん?」
「うるせぇッ!! 名前なんて【悪業淫女】で十分なんだよ! この筋肉女ッ!!」
「なっ!? わ、私は必要十分な量の筋肉しか付けてませんっ!! 失礼な事は言わないで頂けますかっ!?」
見たままの事を指摘されているのに、何故かムキになるクリシュナだったが、直ぐに落ち着きを取り戻し、
「……私とした事が……まぁ、いいでしょう……遊んでいても余計な邪魔が入るかもしれません。折角、そちらの陣営でも名うての【渾名持ち】が相手して下さるのですから……」
「そーだね……おめーみたいなのがウロチョロされても迷惑だからさ!……遊んでやるから、覚悟しとけよ?」
各々が互いを言葉で牽制し合いつつ、ゆっくりと手にした得物を手の中で握り直す。
ホーリィは【フシダラ】【フツツカ】の両刀を、クリシュナは四本の無銘の直刃剣を構えながら、じり……じり……と、間合いを詰めていく。奇しくも互いに片手持ちでキュビット(肘から指先まで)サイズ、そして片方を牽制する意図で突き出し、もう片方は後方に掲げるスタイルで、
(……何だよ、こっちと同じような待ちの構えかよ……?)
(イヤですわ……脳筋丸出しで突貫してくるかと思ったのに……)
双方とも一目見て、相手の出方を探るタイプだと看過し、打ち込みのタイミングを図っていた……が、
「……仕方有りません、このままでは貴女を独り占め出来なくなりそうですので……参ります!!」
クリシュナはそう言うと四本の剣を互い違いに交差させながら、ヒュッと風切り音を立てて跳躍し、体当たりでもしそうな勢いでホーリィへと挑み掛かる。
「……総受けかっ!? くそっ!!」
完全防御の姿勢のまま、全体重を乗せての体当たりに軽いホーリィは宙に舞い、容易く接近を許してしまう。そして……そこから情け容赦の無い全力の……
……ききききききききききききききききぃんっ!!
上下左右からの連撃は絶え間無くホーリィを襲い、瞬時に二人の間に眩い火花が立ち上る。無銘の直刃剣が見る間に刃零れする程の剣圧と、弾いたその場から再度重ねる新たな振り抜き……もしホーリィが一刀で相対していたら、無惨に四肢を切り刻まれて地に伏せていただろう。
「くおおおお~っ!! クソッおんなっ!! バカ力出しやがって……」
「……ふっ、よく言うわ……そっちこそどうかしてるわよ?……刀身と鍔と柄まで使って受け流すなんて……本当は目玉が六つ位有るんじゃないかしら?」
呆れたようにクリシュナが呟くが、激しく肩で息をする程に集中しながら全攻撃を弾き返したホーリィ。
「反則だよ、やっぱ!! 手数が有り過ぎるっての……やっぱ、コッチも奥の手を使わないと勝ち目ないか……?」
やや距離を置いたホーリィが左右の剣を順手と逆手に持ち直し、柄尻を合わせるように構えると、クリシュナは俄に背筋に悪寒が走る感覚を覚え、
「何をする気かは知りませんが……させませんわっ!!」
出鼻を挫く為に、再度連撃を応酬しようと前に踏み出すが……
「ばーか!! 遅いんだよっ!! おらぁっ!!」
相手の踏み込みに合わせて足の甲を踏みつけ、怯んだ隙に鳩尾に前蹴りを叩き込み、その直後に両手の剣を宙に浮かせながら、
ぱしいいぃんッ!! ごつっ!!
クリシュナの両耳に平手を叩き付け、更に頭突きまで食らわせる。
「あっつつ……何て石頭だよッ……あ、その髪留めか?……芯に何か入れてやがるなぁ?」
「くうぅ……耳鳴りがぁ……じんじんするわ……」
ふらつきながら後退するクリシュナと、頭上から落ちてきた夫婦剣を取りながら頭を振るホーリィだったが、
「まぁいっか……さぁ~て! これからが本番だぜぇ~ッ!?」
小狡そうなニタリ笑いを浮かべつつ、手にした夫婦剣……いや、いつの間にか一振りの【両刃の双頭剣】へと変貌した愛剣を振り上げて、
「お待ちかねの……お・仕・置・き・タイムといこうかねぇ?」
両刃の軸を基点にして、棍のように振り回しながら宣言するホーリィ。こうして新たな剣劇の火蓋が切って落とされようとしていた……。
……次回はもう……いや、叱られない範囲でやりますが、乞う御期待!!