②狩る者狩られる者。
「はい、これでよし……」
恵利は目の前に差し出された腕に慣れぬ手付きで包帯を巻きながら、最後の端を鋏で切り落として捩り込み、仕上げる。
(なぁ……良く飽きねぇなぁ……どーせ手当てしたって又来る時にゃ、怪我してやって来るような連中なんだぜ? あー、勿体無ぇ……)
(そりゃそうだけど……怪我したまんまで帰す訳にもいかないでしょ? それに……聖女っぽくするにはこうしてた方がらしいんじゃない?)
一日目にやって来たホーリィは、投げやりにべチャリと椀に煮込みを放り込む醜態を晒し、慌てた恵利が偽物を演じる事になったのだが……
(……ま、ボランティア自体は未体験じゃないから……慣れてるって言えば慣れてるのよね……私って……)
学校の授業で、ボランティアが必須科目だった恵利は、自然と二日目に向けて支援物資の選定を懇願し、家長のレーベンルゥは感動の涙を浮かべながら、在庫の中から数々の治療薬や包帯を放出させたのだった。
そうした姿は確かに人々の目に留まり、四回目の炊き出しには長蛇の列が並び、慌てたバマツが已む無く列の中に怪しげな者は居ないかと眼を光らせたのだが、そうした連中が紛れ込む姿は見受けられなかった。
昼前から始める炊き出しと治療は夕方前には終いになり、身体に怪我のない多少は動ける者が撤収の手伝いをし、二人は帰路へと着く。
一日おきに赴く貧民窟は、治安の面から言えば多少物騒ではあったが、帝都に程近い衛星都市と言うこともあり、突然襲われる程の危険な場所ではなかった。しかし、レーベンルゥ商会に以前勤めていたメイドが怪しげな風体の男に商売以外の事を訊ねられ、気味が悪かったと供述された事が過去に起きた人拐いの手口に似ていた為、困惑したレーベンルゥの家長が最後に辿り着いた解決案が、帝国軍の中でも特に有名な女兵士を疑似餌にし、犯人を釣り上げる策だったのだ。
(さて……ホーリィ、今日も怪しい人とか居なかったの?)
(……あ? 全然だな……一度も見掛けてねぇし、たぶん……!?)
そう互いに意思疏通していた二人だったが、突然ホーリィは意識を引き揚げて恵利と入れ替わり、それとなく辺りを窺う。
……その気配は、恵利には全く感知する事は出来なかった。戦闘体制に入ったホーリィには金属片が地に落ちた瞬間のように、ハッキリと知覚出来た違和感だったのだが、それは一体何だったのか……?
(バマツ……何かが変だぜ……)
(……え? 嵩増しのカップがズレたんですか?……イテッ!?)
(……役に立たねぇ奴だな……アホか?)
微笑みながらバマツの尻に膝蹴りをかましつつ、馬車へと乗り込んだホーリィだったが、違和感の正体が何だったのかは判らず終いだった。
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馬車へと乗った二人は向かい合って座り、走り出した馬車の車窓を流れる貧民窟の景色を眺める振りをしつつ、
「……なぁ、バマツよ……今回の件、どう思うよ?」
「えっ? う~ん、俺は良く判らないんですよ……」
頭を掻きながら、唸りつつ考え込むバマツ。二人は小声で話しながら人拐いについて考察を出し合う。
そもそも、何らかの利益を求めて子女を拐うなら、今回の犯人は相当の手練れか、強い目的を持って帝国に挑む気概を持った稀有な輩の仕業としか思えないのだ。
戦に勝ち、勢いに乗った帝国の直中で、狙いを定めた上位階級の娘を拐かすのだ。それ相当の見返りと手腕、そして脱出法が無い限りは成り立ちすらしない。
確かに美少女と言う商品は魅力的だが、それ自体は時間と手間さえ惜しまなければ、もう少し手軽に拐える機会は有りはする筈である。
「……ワタシが思うによ……レーベンルゥ商会に恨みでもある奴が犯人なんじゃねーか? そう考えりゃ納得出来るんだけどさ……」
「……ホーリィさんも色々考えるんですね?」
「……バマツ、お前最近口が悪くなったんじゃねーか……んぅ?」
脳筋少女にしか見えないホーリィがまともな事を言っている姿に、バマツは正直に答えてしまい、彼女は苛つきながらしかし、そこに注目する。
(……見た目が美麗な娘を拐かす……いや、そーじゃねぇ……育ちのよさげな娘を拐ってする事は大体決まってるけどよ?……なんか、腑に落ちねぇんだよなぁ……)
馬車の振動に身を委ねながら、ホーリィは景色に眼を向けながら考え込む。そんな彼女の視界に何かが入り込み、それを見つけた。
……それは、馭者台に座っていたレーベンルゥ商会付きの馭者が、打ち合わせの中で決めた符丁の紙片だった。
真っ赤に染めた小さな紙片……それは、
【馬車の外に異変が有り・馭者は速やかに立ち去る】……符丁だった。
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「……バマツ、意外に早く釣れたみてーだな……」
「……どうします、ホーリィさん……」
「折角釣れた魚だ、針を飲み込むまで……聖女を演じるさ♪」
互いに声を掛け合いながら、ホーリィは恵利と打ち合わせを始める。
(おい、そーゆーこった、しっかりやってくれよ?)
(……うん、でも……上手く出来るかな……)
(まー固くなるなって! エリの普通が丁度いぃ感じなんだからよ?)
ホーリィに諭された恵利は、取り敢えず二人で決めた流れを思い起こしながら、頭に載せたカツラをしっかりと手で直し、コルセットをよいしょと引き上げながら深呼吸する。
(はあああぁ……、……うん、ヨシ!!……やってみよう!)
幾度か瞬きをして、身体の感覚を把握しながら恵利は座り直してから、次の変化を待った。
馬車は貧民窟の狭い道を進み、両側が廃屋と化した住居跡が点在する場所へと差し掛かった瞬間、馬車が速度を緩めながら停車すると同時に馭者台から馭者が飛び降りて走り出した。
短い沈黙の後、馬車の上に重い何かが落下するような振動が伝わり、それが屋根を移動しながら扉の近くまで到達する。
……ぎしっ、と馬車の車輪が軋む音を立てた直後、扉がすっ、と外から開かれた。
……黒い覆面で顔を隠した長身の男が無言のまま手招きし、自分達を車外に出るよう促していたのだった。
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