⑬風呂から上がったら!!
宴回後編です。
「……まだ戦争は終わらないよね……」
セルリィの呟きに無言になるホーリィ、そして二人の様子に複雑な表情を浮かべるクリシュナの三人だったが、
「……まぁーそー言うなって!! そんだけ稼ぎ時が続くと思えば悪く無いってもんじゃねぇの?」
「ホーリィ……アンタのそー言う軽薄なトコ、嫌いじゃないけどね……でも、まだ続くと思った局地的な紛争が、サックリ終わって万々歳ッ!! ……だったら、どうしてここまで長引いたんだろうね……」
「……あ、それは私も疑問だったんです! 優秀な戦力を互いに持ち合わせていたのに、決戦じみた攻略戦を挑まず、長々と継戦し続けて来たのには……狙いがあったのかな?……みたいな……」
広い浴槽に並んだ三人は暫くの間、立ち昇る湯気と共に屋根の明かり取りから覗く青空が、次第に夕焼けで茜色に染まるのを眺めていた。
「……さぁ~って!! そろそろ行かねぇか? 【魔界の裏口】にしちゃ珍しく料理が出るって話だからよ~♪」
「ええぇっ!? あ、アソコって酒以外はミックスナッツとジャーキーしか無いんじゃないのぉ!?」
「その件については、《有能な料理担当に依頼した》ってマスターが話してましたから……何が有るかは私も知りませんが……」
湯船の縁に顎を預けたホーリィは、背中と臀部を湯から覗かせて嬉しそうに身をくねらせる。その横で形の良い胸をまともに湯から覗かせたセルリィは、酒とカクテル以外は全く拘りの無い姿勢に「そういうスタンスだから仕方が無いか」と諦めていたので、意外だとばかりに驚きを隠せなかった。
「料理担当ねぇ……あの辺りに出前やってる店なんて在ったか?」
「いえいえ、料理人が直接出向いて色々と作るらしいですよ! 何だかワクワクしてきますよね!」
欲求に正直なクリシュナは満足げに微笑むと、上側の手で器用に髪を束ね、下側の手で傍らに置かれたタオルを巻き付けながら湯船を出て、
「さぁ、御姉様にセルリィさん! あまりバマツさん達を待たせても悪いですよ? ウフフ……♪ 今夜は酒蔵を空にするまで帰しませんからね!」
「判ったって……ただしクリシュナ、お前には絶対に負けねぇかんな!!」
「ホーリィ、アンタの世話は絶対に焼かないからそのつもりでね?」
三者は口々に言いながら、白い肌に湯の雫を滴らせつつ湯気を潜り抜け、戦勝祝いの宴へと向かう為に風呂を後にした。
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涼しげな風に髪を靡かせながら夕闇に沈む街を抜け、三人は人々の喧騒が次第に遠ざかる区画へと足を踏み入れる。
歓楽街の外れまで進んだ彼女達が【魔界の裏口】と刻印された黒塗りの扉を開けて中へと入ると、様々な人種がテーブルやカウンターに陣取って盃や杯を傾けながら談笑しながら、新しい来店客の三人に一瞬だけ意識を放り向けたりはしたものの、やがて各々の話題へと戻っていく。
「いらっしゃいませ! ……あ、ホーリィさんですね! 此方でお連れ様方がお待ちですよ!」
「……お? やっと来たか! って……随分とめかし込んで来やがったな……!」
店内の片隅に設えられたテーブルに、いつもと変わらぬ飾り気の無いシャツとチョッキ姿のアジが巨漢らしく座り、その向かい側に略式軍装の地味な格好のバマツが座っていたが、
「……あっ!! ホーリィさん、ココで……す……おおおぉッ!?」
「……な、何だよ……悪ぃか? た、たまにはマトモな格好したって別にいーだろうがよぉ!」
口をパクパクさせて、酸欠にでもなったかのようなバマツにニヤニヤと笑う薄緑色のドレス姿のセルリィと、深碧色のレディスーツに身を包んだクリシュナに挟まれたホーリィが、胸元で手を組み、悶えるように首を振りながら現れた。
いつもの黒基調の味気無い格好とは違い、赤と紫を主とし、要所要所に黒を配した丈の短めなシャツとスリットスカート、そしてこれは何時もと変わらぬ銀色の大きな髪留めがキラリと反射し、その姿にバマツは言葉を失ったのだ。
「……な、何と言うか……やっぱりホーリィさんって……【男を殺す】んですね……どんな時でも……」
「……それ、誉めてんの?」
いつもと変わらぬ口振りのホーリィだったが、少しだけ嬉しそうに細めた目元のチーク、そして拗ねるように尖らせた唇の薄い朱色は……誰が見ても惹き付けられる美貌を、更に引き立たせている事に誰も異論は無かろう。
周囲からの驚きと称賛の声に包まれながら、三人は席に付くと店主のアーレヴが背後に近付いて一声掛けてから、各自のオーダーを取り始めた。
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「「「黒き復讐の女神の祝福をッ!!」」」
掛け声と共に、盃や杯を合わせながら各々の酒を味わったその時、以前から見かけていた魔族の女性が大皿へ盛られた料理を運んで来た。
「おおおぉ~っ? 何だいこりゃ……肉と……」
「ハイ! ……えーっと、猪肉とピーマンの炒め物……だ、そうです!」
「……聞いたこともねぇや……旨いのか?」
怪訝な顔のホーリィを始め、各々の皿に取り分けられる料理は、色黒い肉と色鮮やかなピーマンとか言う見たこともない野菜との炒め物だという。
「……匂いは、まぁ……旨そうだな。アーレヴっ!! アンタが作ったんじゃねーよなぁ?」
「アハハ……信用されてませんねぇ……ご心配なく、然るべき腕の持ち主が調理した、歴としたお料理ですよ?」
力無く返答するマスターの言葉に取り合えず食べてみる事にするホーリィだったが、一口目を噛み締めた瞬間、その疑いは一瞬で吹き飛んだ。
シャキッとした野菜の歯応えと、絶妙な火加減で加熱された猪肉の滋味は互いを引き立て合い、噛めば噛むほど得も言えぬ旨味へと昇華されていく。
味付けは未知の調味料だったが、甘味と塩味のバランスと奥深いコクが舌の上で混ざり合い、次の一口へと噛む時間も勿体無く思える逸品だった。
「……すげぇ、こりゃ旨いぞっ!! アーレヴでかした!!」
「あー、喜んで頂けて光栄ですね。まだ次も有りますからお代わりを……」
「くれくれっ!! 早く寄越せっ!!」
それからは奪い合うように料理と酒が瞬く間に消え失せ、次の「干しキノコとベーコンのパスタ」は何かと問えば、干してから水で戻したチチタケと呼ばれている、傷付けると乳白色の液を出す奇妙なキノコらしいが、そんな事は頭の中から綺麗に消え失せる程の見事な出来映えだった。ベーコンの塩味と生クリームの風味がキノコの味わいに良く合い、大皿のパスタも瞬時に無くなってしまった。
「ウヒャヒャヒャ~♪ 何だよアーレヴ、ツマミのナッツが料理に入ってるぞぇ~!!」
「あー、それは鶏肉とナッツの……まー、いっか……食べれば判るでしょ?」
すっかり酒の入ったホーリィだったが、目の前の料理は見た目だけは確かにその通りだった。よく店で見かけるナッツが炒め物として調理されていて、褐色のソースが絡んだその料理はナッツの香ばしさと鶏肉の風味が口の中で躍り、噛み応えのあるナッツの軽やかさがまた違った楽しみを増やしていく。
「いーねぇ、いーねぇ!! こーいう料理は酒に合うねぇ~♪ ……んぁ? こっちはなんだ~?」
「ホーリィ、アンタ飲み過ぎじゃないの? ……でも、確かに味付けが少し濃い目だけど、どんなお酒にも合うわね! あ、これは……ケーキ?」
「えぇ、ガトーショコラとか言う、お酒も入ったケーキらしいです。まぁ、口直しみたいなもんだって言ってましたが……」
「……おぉ!? 何だよコレ……オレンジみたいな奴が入ってるのか? ……むぅ……酒にも……合うじゃん!!」
最後のデザートは、茶色の艶で覆われたケーキだったが、切り分けられた傍からあっという間に平らげられて、後味を洗い流す酒の風味とほろ苦い味だけを残して消え失せていった……。
ちなみに恵利さんはアルコール耐性が無い為、冒頭から沈下していました。