⑫帰還、そして……。
更新いたします。慌てて追加した展開ですが……。
……それは、長年続いた戦争が一つの終着点を迎えた瞬間であった。
【双頭蛇の百年戦争】と呼ばれた帝国と宗主国の長きに渡った戦は、宗主国の喉元に設営されていた地下要塞が攻略された事により、静かに終わりを告げたのだ。
当初、軍の最高責任者であるデ・アルタナ将軍と一部の下士官及び師団構成兵達によって始められたクーデター紛いの強襲劇は、意外にも戦局を大きく覆す程の結果を招き、帝国内部に巣食う継戦推進派を弱体化させた。
形骸化し求心力に翳りを見せたかに思われていた年若き皇帝キルレア七世と、そのお目付け役たる重臣達は、地下要塞を抜かれて急速に経戦能力を低下させていると予測した宗主国に「交渉のテーブルに着くか、さもなくば総力戦で滅びの路を共に歩むか」と差し向け、停戦交渉を締結させたのだった。
通常ならば法外な賠償金を提示して、相手の屋台骨を揺るがすのが常道の停戦交渉なのだが、帝国側は素っ気ない程の簡素な賠償金と領土内の自由交易路の確保のみで交渉を終え、大陸侵攻への経路を得たのだった。
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「んだよっ!! やだね嫌だねそんなのは願い下げだねっ!!」
「……あのなぁ、これは交渉なんかじゃねぇ、隊長としての役目だ! 黙ってコイツに袖を通せ!!」
昼前の時間帯、空中要塞の停泊地に程近い兵員待機所にて、強面のアーマイト戦隊長とホーリィが怒鳴り合いながら何かを巡って言い争いをしていた。
傍らでは面倒臭そうに欠伸をしながら事の成り行きを見守るアジと、不安げな表情で同席しているバマツとクリシュナの三人も居たのだが、周囲には野次馬紛いの見物人まで集まり始めていた。
「だからぁ!! こーんな恥ずかしい格好で謁見しろってのかよ!? んだよ、ヒラヒラの透け透けじゃねーかっ!!」
「品性下劣なお前の言うことか! コイツは歴とした【強襲部隊長(女性用)礼服】ってんだよ!! 黙って着やがれ!!」
岩のような顔のアーマイトの指先には、白と黒のドレスが引っ掛かっていて、それを指差しながらキャンキャンといきり立ちながらホーリィが抵抗し続けていたのである。
地下要塞攻略戦から帰還したホーリィ達は、報告の為にアーマイト戦隊長の元に現れたのだが、手短に報告を済ませて戦勝祝いへと繰り出そうと引き上げかけたホーリィを呼び止めた彼が言い出したのは、
「……いいか? 今回の作戦で多大な功績を残したお前に、皇帝陛下直々の拝謁許可が出たって訳だ……だから、【強襲部隊長】の一人として、礼服を着て拝謁に臨めって事だ」
「……ち、ちょっと待ってくれよ……その、《水兵服》じみたヒラ透けな格好が礼服だってのかよ!? 知らねぇぞそんなもんよ!!」
そんなやり取りの元凶が【強襲部隊長(女性用)礼服】だったが……その見た目は判り易く言って、《水兵服》そっくりなサイドスリット入りのロングドレスだったのである。
しかもホーリィの機嫌を著しく悪くしたのは、胸元に入った大胆な切れ込みとリボンで……それが露骨に胸元を強調するデザインだったのが彼女の逆鱗に触れたのである。
(……アジさん、どうしてホーリィさんはあそこまで拒絶しているんですか?)
(……あー、そりゃ簡単だよ、アイツは【胸の小さい奴が着る服】じゃねぇって言いたいのさ)
(……ふむ、成る程ねぇ……確かにホーリィさん、いつもキッチリと首元は締めてある服しか着てないや……って、そーゆー理由なんですかっ!?)
(まぁな……アイツ、自分の胸にはコンプレックスでも有るのかね……俺も余り知らないんだがな)
そんなやり取りのアジとバマツだったが、此処で更に事態を捻れさせる者が手を挙げたのだった。
「……なら、私が身に付けましょうか? 御姉様……?」
「……それは……あ、……いや、悪いがそいつは遠慮させて貰うぜ……」
クリシュナがそう提案したのだが、ホーリィは彼女のしっかりと自己主張している二つの立派な丘陵地帯と自分の窪地(そこまででは無いが……)を見比べながら、奇妙な義務感からか何とか断った。
「ホーリィよ、何度も言うが……これは命令だ! お前には隊長として、隊を代表して拝謁する義務がある!! ……諦めてコイツに袖を通せ!!」
「……判ったよ、わーったよ!! 仕方ねぇな……オイ!バマツ!! ワタシが居ない間に【魔界の裏口】に行って席を確保しとけ! アジは休暇受理の書類にサイン! クリシュナはワタシと一緒に……着付けだ……畜生……ムカつく……」
各々にそう告げながら、諦めきった表情でアーマイト戦隊長からドレスを受け取ると、嬉々として従うクリシュナを連れながら肩を落としてホーリィはその場から立ち去った。
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艶やかで漆黒の髪の毛がふわり、と舞いながらホーリィの肩に落ちる。その肩から下は輝くような白磁の肌が剥き出しにされ、くびれた腰から下は小さな面積の下着一枚のみが彼女を包んでいた。
……そんなホーリィの後ろ姿を眺めていたクリシュナは、同性にも関わらず……我知らず、ほぁ……と小さな溜め息を吐いてしまう。
線の細いホーリィだったが、その容姿は決して見劣りするような事はなく、均整の取れた理想的なフォルムの後ろ姿を眺めながら(……それにしても、御姉様は何故そこまで拒まれるのでしょうかね……)とクリシュナは思った。
女性専用のロッカールームにクリシュナと共に足を踏み入れたホーリィは、中に入るや否やさっさと服を脱ぎ降ろし、
「……なぁ、やっぱり似合わないだろ? あー、早く脱ぎたくて仕方ないぜ……」
「何を仰有いますか!! 御姉様は何を着ても似合いますからっ!!」
襟元を何度も引っ張りながら、厭そうに肩を竦めつつ鏡の前で身体を廻して背後や側面を確認しては残念そうに俯くホーリィ。
「嗚呼……御姉様のスッキリとしたシルエットに、控え目な配色ながら大胆な切れ込みから覗く白い足……おまけにその可愛らしいお尻の形がクッキリと……」
「お前なぁ……いくら何でも女同士で乳繰り合う趣味はワタシには無ぇかんな?」
「ハイッ!! 良く存じております!!」
「……信用なんねぇ……」
四本の腕をブンブンと振りながら興奮気味のクリシュナに辟易としつつ、情けなさそうにスリットスカートを持ち上げて足元を確認し、
「あー、スースーして堪らんなぁ……こーゆーのはワタシ嫌いなんだよなぁ……」
ストンと降ろしてから、漸く諦めが付いたのかホーリィは溜め息混じりに呟きながらロッカールームを出る。その後ろから頬を上気させながら嬉しそうに続くクリシュナは、同じデザインの特注製の色違い(灰色基調)のドレスを身に付けてホーリィと共にアーマイト戦隊長の元に訪れたのだが、周囲のどよめきは二人に同様に注がれたのだった。
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手に長い儀礼用の長槍を持つ数十名の近衛兵が並ぶ中、ホーリィとクリシュナ、そしてバマツとアジの四人は【強襲戦艦ローレライ付き第一小隊代表】として謁見の間へと続く回廊を歩いて行く。
長い回廊はやがて大きな扉に行き当たり、両側に控えた騎士が扉を開けると音も無く開き、天井の高い謁見の間の中央に設えられた玉座の前で四人は膝を突き、その時を待った。
「……アリタリア帝国皇帝ッ、キルリア皇の拝謁であるッ!!」
居合わせる全ての者が無言の中、家臣の言葉と共に衣擦れの音が静かに響き、やがて玉座に腰掛ける気配が伝わり、近衛兵達が一斉に構えた槍の石突きを落とし、魔除けの呪いの意味を込めて大きな音を立てる。
その音を合図にしたかのように両側に立っていた近衛兵達が槍を右から左へと構え直し、再び沈黙が訪れる。
「……此度の武勲、実に大義であった。朕からも礼を言わねばならぬ……面を挙げてよいぞ?」
キルリア皇の言葉と共に顔を挙げたホーリィは、皇帝の顔を見ると無言のまま再び顔を伏せた。
「……ホーリアであるか?」
「……僭越ながら、ホーリアは死にました。ここに居るのは……彼に良く似た【ホーリィ・エルメンタリア】と言う一人の女です……」
ホーリィは顔を伏せたまま、いつもとは違う抑揚を控えた静かな物言いで答えると、それきり何も言わなかった。
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「……くっはぁ~ッ!! いっやぁ~、やっぱり広い風呂が一番だよなぁ~♪」
「ねぇねぇ、ホーリィ!! 皇帝ってばカッコいかったの!? 若かったの!? 渋かったの!?」
「…………ふああぁ……♪」
謁見から帰ったホーリィ達は、宿舎へと戻ってから戦勝祝いの宴の前に、湯編みと洒落込み街の大浴場へとやって来た。
謁見には招かれていなかったセルリィに問われたホーリィは、湯船の縁に腕を預けながら天井を見上げて瞑目し、やがて眼を開けると静かに語り始める。
「……キルリア皇ってのはよ……第三夫人……まぁ、妾腹でな……ワタシがまだエルメンタリア家の三男坊だった頃、【夏の離宮】って場所で良く遊んでたガキだったんだよなぁ……」
「はぁ!?……じゃあ、ホーリィって皇帝の知り合いだったって事!?」
驚いたセルリィが近付く波で、ザブザブとホーリィは揺られてしまい、少しだけ眉を歪めながら湯船の中にジャブッ、と潜り……
「あひゃひゃひゃはぁ~ッ!? ほ、ホーリィ止めて止めてってばっ!!」
「……くっそ生意気なチチしやがってぇ~ッ!! 揺らしゃい~ってもんじゃねーっての!! おりゃおりゃおりゃあ~ッ!!」
「ダメダメバカバカやめてやめてぇ~ッ!! く、クリシュナさぁん止めてやめさせてぇ~ッ!?」
「……御姉様の歪んだ愛情表現ですから、諦めた方が良いですよ?……」
ざばりと浮かび上がったホーリィがセルリィの背後に立ち上がり、やおら淑女にあるまじき狼藉に及んで彼女を揉みくちゃにし、助けを求めて絶叫する姿を横目で見つつ、何故か羨ましそうな顔のクリシュナ。
やがて報復に満足しきったホーリィの傍らで、ぷかぷかと浮かんだセルリィが仰向けになってから、一言呟いた。
「……でも、やっぱり戦争は終わらないのか……」
うん、次回も風呂回とか狂気の所業だな。