⑪自重!? 知るかそんなもんッ!!
ホーリィ(と読者)にとってはお楽しみのお時間ですが……果たしてどうなるのか?
「あぁ、やっぱりあっという間に終わってた……」
「御姉様!! 流石で御座います♪」
後衛に付いていたバマツやクリシュナ達が駆け寄り、ホーリィに近付く。
その足元に横たわる朱色の甲冑を身に付けた女騎士の姿を認め、バマツは警戒しながら横向きになった正面に回り込む。
割りと大柄ではあるが、目鼻立ちも整い美形と言えるだろう、しかし何故か身体は無傷なのに眉を寄せて苦悶の表情を作りながら、我が身を腕で掻き抱くようにして何者からか守ろうと必死に抵抗しつつ、結局は狼藉された様にも見えなくもない……。
「……あー、成る程ね……そりゃ悩ましげな格好にもなるってもんだよなぁ……」
バマツはホーリィと倒れたマリエンヌを交互に見て、膝頭をすぼめて内股になりながら、しかし失神しても尚、身を震わせながら【何か】に怯えている彼女を見てとり、全てを悟った。
……また、一人の犠牲者が出たって訳ですか?……性的な意味の……、と。
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「お疲れぇ~♪ こっちの首尾は上々だぜ? ホラ見てみぃ! 上物の【鬼人種】をひっ捕まえてやったぜ!?」
「あらぁまぁ! ……ホーリィったら、随分と御活躍じゃないの~?」
いつもは滅多に現場に来ない尋問担当のエキドナまで現れ、その場はローレライ乗艦員達でごった返し始める。やがて要塞管制室から管理監督者等が連れ出された後は、まだ報復目当ての伏兵が居るやもしれぬ為、周囲の警備にローレライ乗艦員以外の帝国兵士達も現れて合流し、敵地の直中という緊張感も削がれていった。
幾人かの兵士達と言葉を交わしたホーリィは、自分達の後から空戦を潜り抜けた上陸可能な艦船が要塞基部に強制着艦した際、宗主国側からの組織立った抵抗は皆無で、「まるで補給基地に立ち寄った」ようだった、と伝え聞いた。
そして管理監督者を尋問(幻術を用いて口を割らせる)したエキドナも「重要な立場の人間にしては、知り得ている筈の事実が余りに少な過ぎるし、戦略的魔導兵器も消え失せていた」と不審な点が多いと困惑していた。
「……どういうこった? ……まぁ、犠牲が少ないに越したこたぁ無ぇんだけどさ……」
「何だ? お前らしくねぇぞ……辛気臭い面しやがって、何かあったのか?」
ふと顔を挙げたホーリィは、分岐点で別れたアジが坑内の奥から姿を現すのを見て、
(……確かにそうかもな……ワタシが悩んでも大局に影響はしねぇ……か)
そう心中で結論付け、気持ちを入れ換える事にした。
「アジィ~ッ!! 見てみろぃ!! 鬼人種の上玉娘をひっ捕まえたぜぇ♪」
「あぁ!? 何だよ……ちっと、俺にも見せてみろよ……」
アジはバマツの傍らで未だ目覚めぬまま、武装を解かれたまま床に転がされているマリエンヌに近付き、しゃがみこみながら暫し見聞してから、やおら立ち上がってホーリィに歩み寄ると、困ったような顔をしつつ……、
「……ホーリィ、済まねぇ……お前に頼みたい事が出来ちまったようだ……」
「あぁ? 何だよ水臭ぇなぁ……ハッキリ言えよハッキリとよ!?」
そう切り出したアジに、自分の頭をガシガシと掻きながらホーリィは煩わしそうに投げ掛ける。すると巨漢のアジは申し訳無さげに肩を竦めながら、
「……こいつ、マリエンヌってんだろ? 実は兄貴の嫁の妹なんだよ……」
「……はぁ!? ち、ちょっと待てって!! 今、何て言ったんだ!?」
アジの告白に、一拍だけポカンと口を開けたままになったホーリィだったが、慌ててアジに詰め寄ると、矢継ぎ早に質問を投げ掛け始めたのだった。
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……時間を少しだけ巻き戻し、ホーリィ達と合流したアジがマリエンヌに近付いた時、実はこんな事が起きていたのだ。
虜囚が鬼人種の娘だと聞いた瞬間、アジは表情の変化を顔に出さぬよう(元が強面なので要らぬ心配だが)気遣いつつ、ホーリィに背中を向けながらマリエンヌの傍らにしゃがみ込みつつ、手早く彼女の掌を押しながら声を潜めて呼び掛けた。
(……起きろっ、何時までも狸寝入りしている場合ではないぞ?)
(……察しがお早い……同族か? ならそれも道理……)
やや薄目を開けながらしかし、身体は起こさずにアジの問い掛けに答える。だが彼は手を口の前に当てて、目を閉ざしたまま小声で話すよう促しながら、
(……同族を虜囚として売られるのを見過ごす訳には往かぬがな、しかし敵を捕虜として生かす事は紛れもない勝者の利の一つ……だからこそ、お前には選ぶ余地は無いぞ?)
(……畏まって……私はマリエンヌ、そちらは?)
(……アジだ。その名は大陸の北だな? 余り馴染みはないが……却って好都合だ。売られて辱しめを受けたくなくば、調子を合わせろ。今からお前は兄嫁の妹のマリエンヌだ……)
そう小声でやりとりしつつ、ガバッと立ち上がりながら仰々しく天を仰ぎ片手で顔を覆ってから、アジはホーリィに近付いたのだ……。
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「……今、何て言ったんだ!?」
「……済まねぇ……悪いとは思うが、ホーリィ……こいつを、マリエンヌを叩き売るのだけは……勘弁してもらえんか?」
立ち上がったアジはそう言うと、ホーリィの肩に手を置きながら後ろを親指で指しつつ呟いた。
「こいつは……マリエンヌは、兄嫁の妹だ。俺は兄貴とは随分前に仲違いして……面も拝んじゃ居ねぇが、マリエンヌはそんな俺達に仲直りしろといつも言っていた奴でな……なぁ?」
「……はい、義兄様、お久し振りで御座います……」
「嘘だろっ!? 何だよそりゃ……クソッ!! ……あー、盛り下がるわぁ……またかよ……あーあー、そうかよ……判ったよ判ったっての!! ツイてねぇなぁ~全くよぉッ!!」
そう毒づきつつ、しかし渋々ながらホーリィは同意して、壁に一蹴りかましながら二人から離れていった。
(……恭順すれば、身の安全だけは保証される……まぁ、自分の身の振り様は自分で決めるのだな……)
(……恩に着ます……同族の情け、このマリエンヌ……決して忘れませぬ……)
短く言葉を交わしたマリエンヌとアジは、再度手を引いて起こす真似をしてから、捕虜を集める役目の帝国近衛兵へと近付き、身柄の引き渡しをした。
(……ホーリィ、あのマリエンヌってヒト、本当にアジさんの兄嫁の妹だと思う?)
(……あん? んなもん違うに決まってるだろ……あいつら、ワタシが聞こえてないと思って小声でやり取りしてたからな、どうせ口裏合わせたに決まってるさ……)
(えっ? じ、じゃあわざと騙された振りしてたっての!?)
(……細けぇ事なんざ知ったこったねぇっての……あーあ、また与太かましちまったぜ……)
内輪でそんなやり取りをしつつ、ホーリィと恵利は離れていくアジとマリエンヌを見送りながら、各々で違う意味の溜め息を吐いた。
(……でも、ホーリィのそーゆーお人好しなとこ、私は嫌いじゃないよ?)
(……う、うっせぇ!! ほらっ、さっさと帰って飲むぞ!!)
恵利の言葉に照れ隠ししながら歩き出すホーリィ。しかしそんな彼女の姿は恵利にとって、殺伐としたこの世界で暖かな気持ちを与えてくれるのだから……不思議なものである。
……そんな結末でした。まぁ全年齢対象作品って事で御容赦。それではまた次回!!