⑩倒れるなら前のめりにッ!!
呼吸を止めて、瞬間を狙う。息継ぎすら無駄な動きとし、そして拍子の乱れは即座に反撃の隙となるだろう。
「こっ……れでもぉ……食らええええぇぇえぇ~ッ!!!!!」
ありったけの魔力を転じて筋力へと変え、振りかぶる直前で腰を落としつつ短い跳躍を織り混ぜて放たれた、変化の連撃だったが……
「ちょこまかと……だが、軽いッ!!!」
対するマリエンヌのメイスが跳ね上がり、【ミダラ】の軌道が容易く逸らされ彼女の身に到達する事はなかった。
「……はぁ、はぁ、はぁ……硬ってぇ……何ちゅう膂力だってぇの!!」
「ウフフ……必死になって攻めちゃってぇ……カワイイわぁ……♪」
すっかり息の上がったホーリィに反し、余裕綽々で構えるマリエンヌの口調は次第に解け、人が変わったかのように淫蕩な香りを漂わせていた。
(……ちょっと! 向こうはちゃっかり楽しんでるわよ!? お株奪われて恥ずかしくないの!?)
(うっせぇっ!! だっていっくら打ち込んでも容易く逸らされちまうんだぜ!? このままじゃジリ貧になっちまうっての……)
今まで見せた事の無い程の余裕の無さを見せるホーリィに、恵利は危機感を募らせていたのだが……不思議と負ける気はしなかった。
(ねぇ……ホーリィ、まだ【魔導強化】ってのは出来るの?)
(ああぁ!? ……まぁ、何とか出来るっちゃあ出来るがよ……何なんだよ一体……)
舌なめずりしながら此方の様子を窺うマリエンヌを余所に、恵利は思考を巡らせ打開案を考えていたが……、
(……ねぇ、思い切って……、……)
(……はぁ!? そ、そんなの……や、やってみるしかないか……?)
二人の意識は互いに手札を確認し合い、そして一つの結論を導き出した。
((……一撃、有るのみ……!!))
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「あら? 漸く諦めが付いたのかしら?」
「…………ふん……好き勝手言ってやがれ……」
ホーリィの魔導強化が解かれ、漲っていた殺気と魔導印式が消え去るのを見て取ったマリエンヌは、諦めて降参するのだと思い構えを解いた。
……だが、ホーリィは密かに一つだけ【身体安定】の術式のみ残し、新たに結印を始めていた。
「……余裕あんのも今のうちだかんな……?」
全身の力を抜き、構えすら取らぬ姿は確かに降伏するものの姿にしか見えはしないだろう。だが……最初に結印を終えて発動させた術式が彼女の足下から放たれた時、マリエンヌは信じられない光景を目の当たりにするのだった。
「こ、高速結……いぃ…………」
(……気付いたってもう遅いぜぇっ!!!!)
我知らず呟いたマリエンヌの唇の動きが次第に粘り着くようにゆっくりと遅くなる程、ホーリィの発動させた術式は加速していく!!
秘策、と言う程に複雑な訳ではなかった。恵利の提案は聞けば単純で魔導の知識の無い彼女らしい、無謀で前例の無い物だった。
《……【反射向上】って、重ね掛けすると【魔導の発動】も速くなるの?》
……それは、魔導の発動自体を速める為に徹底的に重ね掛けをする、と言う案だった。
(……出来るっちゃあ、出来るがよ……あ、そうか……ワタシらは……ただ、一撃喰らわせられりゃいいのか!!)
……魔導の発動を速める為にのみ、徹底的且つ執拗に発動させる。発動を速める為に発動し、その発動を速める為にまた発動し……、
ホーリィは【身体安定】のみを残し、姿勢を出来るだけ低く維持しながら更に更に魔導強化を発動させ続ける。
思考は先細りになり、意識も段々と霞んで朦朧となりながらも……執拗に、そして執念深く準備を整える。
やがてマリエンヌの唇の動きが止まって見える程になった瞬間、ホーリィは数十にも及ぶ発動準備を一気に解放し、放たれた。
「……いっ、けええええええええぇぇぇーーーーーーッ!!!!」
瞬間、怒濤の勢いでマリエンヌに到達……するかに思えたが、先細りになった思考が追い付かず、ホーリィは引き伸ばされた時間の中でもがいていた。
(な、なんだこりゃ……周りの景色が歪んで見える……横の壁は長くなって、前の視界があんなに遠く……)
(そ、そんな訳無いわよ……これじゃワープしてるみたいじゃん!!)
ホーリィと恵利は不可思議な現象に囚われて、目標であるマリエンヌまでの距離をゆっくりと進んでいく。
(……ま、まさかとは思うけど……音速越えちゃってたりしないよね……)
(あ~、何言ってるか全然判んね……なんだよそのオンソクってのはよ!)
恵利はあやふやな知識の中で、超音速に身を晒したら人間は容易くバラバラになると知っていた為、まだ健在のホーリィの様子から危険な状況には無い事は理解出来た。だが……肝心のホーリィ本人は全く理解の埒外であり、概念すら判っていないようだった。
(うーん、まぁ……早い話がスピード出し過ぎると身体がバラバラになっちゃうのよ、たぶん……)
(ふーん、そっか……ま、別にどーでもいいけどよ、早く着かないもんかね?)
恵利の心配を余所に、ホーリィは徐々に迫るマリエンヌに向かって、少しづつ【ミダラ】を持ち上げながら……
(まー、ともかく……今度こそひっ掴まえてひん剥いて……ノ・クターン国に叩き売ってやるぜぇ♪ 鬼人種の女がどれだけの値段が付くか知らねぇけど……きっとレア物だろうから高く売れる筈!! クヒ♪)
……捕らぬタヌキで宴会準備の計画を企てながら、一人で涎を垂らしそうになっていた……。
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(あ~、マジでどうしようもないゲスキャラよね、ホント……)
(うっせぇっ!! 前回のクリシュナの時は仕方なかったけどよ、今回こそ……貢献度がザクザク手に入るぜぇ~!!)
……と、しょうもない事を妄想するホーリィ、そして呆れ返る恵利の二人はしかし、遂に……
「…………はっ、早いっ!?」
「……やぁっと、着いたぜぇ~ッ!!!!!」
驚愕するマリエンヌの懐に潜り込み、先刻の余裕等消え失せ強張った表情の彼女に向かい、
「……こっからは……ワタシの全力……全速だああああぁぁああああ~ッ!!!!!」
腰の下に構えた【ミダラ】を両手持ちにしながら、ホーリィの回転斬りが容赦無く襲い掛かる!!
上段から前後の二刀を振り下ろし、更に剣を返さずに身体ごと回転し更に二撃、そして腰の後ろから捻るように戻しながら更に二撃、そして……
「だあああああああぁッ!!!!」
一瞬の隙を突いて前転しながらマリエンヌの背後に回り込み、背中を向けたまま更に二回転ッ!!
「……ふっ!! おらああああぁッ!!!」
……からの、僅かに真上に跳躍しつつ、相手の中心線目掛けて勢いをつけながら、一・刀・両・断ッ!!
……と、瞬き一つの間に【ミダラ】を振りまくり、片手持ちにしながら足を開いてホーリィは着地した。
「……ぐっ!? き、斬られて……いない……!?」
「……あー、そうだよなぁ……アンタ、【魔剣】で斬られるのは初体験だろうから、教えてやんよ……」
「愚かな……敵に無用な情けをかければ……ど、どうな……るぅっ!?」
「あ~らら……さっきまでのおっかない顔はどーしちゃったんだい?」
自らの身体を確かに幾度もすり抜けた筈の刀身には、血の一滴も付いていない事に気付き、マリエンヌは怒りを露にしながらホーリィを叩き伏せようと構えたが、強気な言葉は半ばで潰えて霧散し、次の瞬間には膝を震わせて立っているのもやっとであった……。
「ふっふっふっうぅ~♪ まぁ、今更言っても遅いかも知れねぇけどよ? ワタシの魔剣【ミダラ】は……《催淫特化》の破廉恥な代物でよ?」
「《催淫特化》だと……っ!? そ、そんなもの、聞いた事も……あぅっ!?」
目を瞑り、必死に内側からこみ上げてくる異質な猛りに抗おうとしているマリエンヌだったが、そんな彼女にホーリィは……
「あらら~? さっきまでの強気の鬼ネーチャンはどちらにいらっしゃいますかねぇ~? ……フーッ♪」
「ひゃいっ!? や、やめろ……み、耳に息をかけるとは……ひ、ひきょう……」
最早立っていられず、四つん這いになって耐えるマリエンヌの傍らにしゃがみ込むと、耳に向かって息を吹き付けた。その瞬間、声を裏返しながら必死に抵抗する姿勢だけは見せたものの……マリエンヌは……
「くあああぁ……っ!! む、無念……しかもこんな……はしたない……真似でぇ……」
……遂に……崩折れた。
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対マリエンヌ戦、完結しました……ふふふ、やっと二人目の敵とか……バッドカルマ・ビッチって……遅筆の呪いか? とにかく次回もお楽しみに!