⑨新しき獲物。
今夜も更新いたします。敵は果たしてどのような相手か?
……恵利が惨殺された騎士達の姿に絶句していたその頃、ホーリィの背後ではバマツとクリシュナが待機しながら、その惨状を眺めていた。
「……嗚呼、実に素晴らしいですわ御姉様……あのいやらしく見事な太刀筋!! 容赦無い切断面が全てを物語っています! 正に死と淫靡が隣り合わせ……」
「……俺には只の斬殺体が転がっているようにしか見えないけどなぁ……」
我が身を掻き抱きながら、身悶えしつつウットリと見守るクリシュナに対し、そんな彼女を含めて冷静に観察するバマツ。
バマツにとって、敵に回せば容赦無く不可避の死を撒き散らす、死神の如き存在のホーリィだったが、客観的に見れば自らの胸元にやっと届くか否かの小柄な少女が、鬼神も怯むような羅刹振りを見せながら前進していく様は……正直言って恐ろしかった。
対してクリシュナは、あの死を撒き散らす筈の魔剣が女の身に振られれば……と、我が身を持って体験していたからこそ、身体の芯が火照り熱くなるのだ。
男に対しては【斬撃特化】の、そして女に対しては【催淫特化】の魔剣……切られる度にその効果は更に増し、性的絶頂すら与えられるのだから、見ているだけで足の力が抜けてへたりこんでしまいそうなのだ。
唇に指を宛がい、蕩けそうな眼差しで見守るクリシュナ、そして異質な組み合わせが合致し無類の強さを誇るホーリィを共に見ながら、バマツは考えていた。
(……じゃあ、相手がその効果に耐え得る強靭な心を持っていたら、一体どうなるんだろうか?)
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押し寄せる守備隊騎士を薙ぎ倒し、哀れな肉塊へと変貌させながら進むホーリィだったが、やがて目の前に一つの扉、そしてその前に立ち塞がる一人の戦士に遭遇した。
「……侵入者が、まさか貴女のような年端もいかぬ少女だったとは……そちらの陣営は人材不足なのですか? ……同情いたしますわ……」
「おーおー、言ってくれるじゃねーの……でもよ? その年端もいかぬ少女に蹂躙されてんじゃねーか? あんたらもよ!!」
侵入者に向かって毒舌を吐く、編み上げた長髪を後ろに垂らした女騎士に対し、足を広げて仁王立ちしつつ双頭剣を床に突き刺して応じるホーリィ。
その女騎士は珍しい鱗状の金属片を縫い付けた革鎧を身に付けていて、動き易さを重視した軽装な出で立ちで、見た目は軽騎兵を彷彿とさせるのだが、血のように真っ赤な朱色で統一されていた。鎧で覆われていない箇所は赤い布地が垣間見え、兜を被らぬ故に整った眉のキリリとした顔立ちが良く見えた。
二人は敵を前にした者同士の緊迫した空気を漂わせながら、女騎士は腰に提げたメイスを両手に一本づつ構え、ホーリィは突き刺した【ミダラ】を抜きながら油断無く構えて相対した。
「……宗主国守備隊隊長、マリエンヌ・エグザンティ……我が身を持って不埒な侵入者を退けてみせましょう」
「ホーリィ・エルメンタリア!! お前が乱れ狂う前に聞く最後の名前だぜ!!」
ホーリィが魔導発動の予兆となる、虹色の波動を足下から漲らせるのを見て取り、マリエンヌは余裕の微笑を浮かべながら同様に【身体強化】の術式を発現させる。
「……やるじゃん……まぁワタシの足下にも及ばねぇけどよ?」
「フフフ♪ ……貴女のようにか細い身体とは違いますよ?」
踏み締める左足を軸にさざ波のような水色の波動を発し、全身から金色の揺らぐような【耐久力上昇】の術式を輝かせるマリエンヌに、ホーリィはぎりりと歯を鳴らしながら更に駆速を高めて前のめりになる。
……刹那、踏み込む速さは正に迅速。飛び散る飛沫は蹴り上げる足が踏み砕いた床材の破片。その勢いを落とさずに容赦無く死体の欠片を蹴散らしていく。
対して構えるマリエンヌは磐石の十字受け。交差させたメイスの間から全身と同様に光輝く金色の眼が【反射向上】の効果を発揮し、宙に舞う小さな破片すら隈無く捉えて見据えていた。
「……無様にブッ倒れて垂れ流しやがれぇーッ!!!!」
「……粛清に情け容赦無しッ!!!!!」
その瞬間……狭き坑内は二人の放つ剣撃と防備の反射の余波で膨張し、放射状に放たれた衝撃波で真円を描きながら周囲が穿たれた。
「嘘だろ……全部、弾きやがった……ッ!?」
「……言うだけの事はありますが……それが全力ですか?」
……だが、ホーリィの驚愕が物語るように、マリエンヌのメイスはまるでゆっくりと動かされたかのように円やかに舞い散り、【ミダラ】の振りを悉く打ち落として無効化していた。
「……人はこのメイスを【法儀の護り】等と呼称しますが……私にとっては我が身の一部。眼の前に手を翳されれば自然と瞼を閉じるように、独りでに身を護るのです。さすればこのように……」
言葉を裏付けるように踏み出すマリエンヌ。その歩みは池の畔を歩む精霊のように静やかで、踏み込まれたホーリィは無言のまま【ミダラ】を腰を基点に背中から回し振り、両刃ならではの速やかな二連撃を見舞ったのだが……
「……クソッ!?」
「あら? 余り力みますと可愛らしいお顔が台無しですわよ?」
一刀目を弾き上げられて軌道がぶれ、即座に合わせた二刀目は肘を添えて突きへと転じ、そのまま身体ごとぶつかって行ったのだが……振り下ろされた左手のメイスが切っ先を弾き、見事に反らし返されてしまった。
「……痛ちち、手が痺れるぜッ……何だよ馬鹿力だなッ!!」
「何を仰有いますやら? 貴女こそコマみたいにクルクルと器用ですこと……」
四本の腕と剣を操るクリシュナの時とは違い、激しい一撃毎に強烈な打撃が刀身を伝ってホーリィの手を痺れさせる。舌打ちしながら距離を取った彼女の手は小刻みに震え、その異常な威力を物語っていた。
対してマリエンヌも余裕の表情ではあったが、変幻自在に転じながら振り抜かれる【ミダラ】の動きは鞭のように伸びたかと思えば、その次の瞬間には左右からの細かい連撃へと変わるのである。
(ホーリィ・エルメンタリアと言いましたか……ここに侵入者が訪れると言う事は……守備隊はほぼ全滅……コーネリアスも討ち倒されたのでしょう……)
やがて互いの距離を詰めんと前に進みかけたホーリィだったが、相対するマリエンヌの動きに変化が見られ、警戒する為に半身を反らして構えを変えた。
「……さて、防御だけしか出来ぬ能無しと嘲られたくは有りませんからね……少しだけ……」
言葉を切ったマリエンヌは脇から前に垂れていた編み髪を後ろへと払い、両足を開いて構えを取る。
「……【神力招来】で……推して参ります…………くっ、駆ゥ嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼ァーーーーッ!!!!!」
烈迫の気合と共に朱色の甲冑が内側から膨らみ、明らかな筋肉の膨張を受けて不気味な躍動を見せた瞬間、ホーリィは初めて悟った。
「……て、てめぇ……手加減してやがったのかよ?……」
「ホホホ……♪ 鬼人種の女騎士なんて珍しいでしょうが……更に貴女と同じような《魔導戦士》が全く居ない訳ではないのです。まぁ、私の方が肉体的な強度と筋力に於いては……圧倒的な格差を持って居ますが……?」
マリエンヌの肉体は甲冑の中で最大限に膨らみ、露出していた肘先や脹ら脛の太さはホーリィの比ではなく、力強くミシミシと音を立てそうな程に筋肉を強張らせ主張していたのだが……
最も目立つ変化は、端正な顔立ちの彼女の額から指先程の長さと鋭利な尖端を備えた角が二本突き出し、残忍な笑みを浮かべた唇からは一対の犬歯が飛び出し鬼相と化していたのであった。
それでは次回もお楽しみに……うぅ、エロくなくてすいません。