⑦恵利の覚醒。
久々に更新です。
ホーリィと恵利は、ホーリィの肉体に恵利が相乗りしている状態である。
それは恵利にとって、専属運転手付きの後部座席から景色を眺めているような安心感に包まれているようなものであった。
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「……あー、アンタ……名前、何つったっけ? ……ん~、まぁいっか……」
配下を率いながら立ち塞がる羽根付きの騎士を前に、【フツツカ】を肩に載せてトントンと拍子を取り、名前を思い出すフリをしてみせながら、結局軽い調子で諦めるホーリィ。
だが、恵利は彼女が何気無い素振りで、両手の剣の柄と共に《何か》を握り隠したのを理解したのだが、まだ戦いの機微すらも判っていない為、その意味を理解しきってはいなかった。
(……おい、エリよ……)
(……なぁに?)
(……これからワタシはワタシの遣り方で、雪辱を晴らすからな?)
(……それって、【悪業淫女】流の、って意味?)
(そーゆーこった! ……だからよ? ……何と言うか……)
(……ハッキリ言っていいわよ?)
(……その、何だ……き、嫌いになったり……すんなよ?)
(プッ!? な、何を言い出すかと思ったら……平気よ? 私、あなたのファンだもん!)
(……そ、そーか? そっかぁ……じゃ、遠慮無く、容赦無くいくぜ?)
突然、二人で脳内会議を始めたせいで、つい口を挟もうとしたコーネリアスだったが、
「オイ、おめぇよ……この前は兜被ったまんまでやり合ったよな? ……まさか、女に見せらんねぇよーな御面相って訳じゃねーだろぉ?」
「……何を言い出すかと思えば……良かろう、死に逝く者の願いならば……聞いてやらぬ事もない……」
言い終わると、顎の下の留め具を外し、兜を脱いで面相を露にする。短く刈り込んだ金髪に、彫りの深い鼻筋が印象的な面構えを見せながら、
「……さて、それでは……「あー、ちっと待ってくれや、カナマさんよ……」
ホーリィは双方の兵士の目線すら気にする事もなく、マイペースに話し出す。
「……ワタシはな、どーしても許せない事があってよ……一回寝た位とかで、すーぐに上から目線で女を卑下して見るよーな野郎が大キライなんだよ……」
そう言いながら双剣を掌の中で廻して逆手に持ち換えて、そのまま指先で器用にクルクルと廻し始める。
ややゆっくりとした速さを維持しながら、しかしジャグリングのような素早さになる訳でもなく……コーネリアスも、そして周囲の兵士もその動きに眼を奪われていたのだが……
「……そんな訳で、ワタシの大切な絹の肌を傷物にしやがったオメェは……惨殺すっ事に決めたから……覚悟しとけよォ?」
……スッ、と双剣を握り締めたホーリィは、各々の指の間から鋭利な暗器の尖端を覗かせて、ニヤリと笑う。
「ワタシの全力のリベンジは……マジでキッツいからなぁっ!!」
そう宣告したホーリィの足元に、幾重にも重なった魔導駆式の紋様が、水面に落ちた滴の波紋宜しく幾重にも広がっていった。
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「ふっ!! ……性懲りも無く同じような事を……」
コーネリアスは油断せずに数歩後ろへと下がり、ホーリィの不意打ちに備える。
だが、意外な事にホーリィは足を揃えてその場に留まり、両手の剣を携えたまま不動の姿勢を維持し続けていた。
「一体何の真似だ? 身体の大きさを手数で補うのが常道だと思っていたのだが……」
「ん? いやぁ~、小者相手にセコセコ動くのも無駄かと思ってさ~、来なよ? ビビり屋ちゃ~ん♪」
ホーリィはそう挑発しながら少し足を拡げ、ピッチリと密着したタイツ越しに自らの局所へと指を宛がい、誘うように腰を落としながら唇を舌で舐めた。
「……言葉を交わした自分が馬鹿だったな。やはり貴様は屑だ。……害悪はさっさと駆除するべきだな……」
「そーそー!! サッサとお仕事しなよ~? 宗主国のワンコちゃん!!」
青筋を立てながら剣を構えたコーネリアスに対し、更に腰を落としてパカパカと足を開閉させてニヤニヤと笑うホーリィ。
忍耐の限界だったのか、構えた剣を諸手に持ち換え渾身の一撃を与えるべく、全身の力を溜めながら彼女を見据えるコーネリアス。
「……だから、遅くてアクビが出ちまうっての!!」
……トン、と軽く跳躍し一瞬でコーネリアスの懐に飛び込んだホーリィは、キッチリと憎まれ口を叩きながら両手の双剣を握り締め……
……指の間から突き出した暗器で、コーネリアスの両眼を掠めるように、優しく撫でる。
「あっ、がァッ!? ……こ、この……糞アマ……っ!!」
「あららぁ~? 御高潔な隊長サマがお下劣なお言葉をお吐きになっちまってぇ……やっぱ痛かったのかぁ~コレ?」
人差し指と親指の間に握り締めた暗器が再度煌めき、眼を抑えて踞るコーネリアスの耳たぶへと突き刺さり、容赦なく引き下げる。当然ながら耳は裂け、パタタと鮮血が床へと滴り落ちる。
「あー、手元が狂っちまったよ……でも、一段と男前になったんじゃねーのー? キャハハハハハハハハハハッ♪」
下卑た笑みを張り付かせ、ただ復讐の一念から次々とコーネリアスの鎧の隙間を狙い、冷徹に暗器を突き刺していく。眼を塞がれて避ける事の出来ない相手を弄ぶように、容赦無く突き刺し続けるホーリィがその手を止めると、コーネリアスは剣を握り締めたまま膝をついた。
「う~ん、やっぱ良く見たら……アンタはワタシの好みじゃねーわ! そんな奴は退場だな!」
自らの血が流した溜まりへと倒れ込み、僅かに痙攣しているコーネリアスの側頭部を勢い良く蹴りつけ、ゴキッと鈍い音を響かせて頸椎が捻れたまま、彼の身体が配下の騎士達に向かって飛んでいった。
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その直後、ホーリィの精神の中で柔らかな思念の膜越しに、戦闘の状況を眺めていた恵利は、
(……何よこれ……何なのよ……何なのよ……!! ふ、ふふ……あははははははぁ♪)
沸き上がる愉悦の渦に飲み込まれて、肌が粟立つ程の高揚感と……そして体内を駆け巡る達成感に笑いが止まらなかった……
(……これが、これが……【悪業淫女】の……ホーリィなの……?)
とめど無く押し寄せる、狂おしい程の快感に身を委ねた末に恵利が辿り着いたのは……
……なんかもう…………全部どうでもよくなってきたァ……!!
完全なホーリィとの一体化だった。
次は恵利視点ですね。