⑥地下要塞侵入。
遅滞進行で申し訳ございません。
人間は自らの身長程度の高さから落下しても、死ぬ事がある。
その為、万が一その高さから受け身も取れずに落ちた場合を想定して、様々な身体の防御反応が生じて、血管の収縮や筋組織の萎縮、更には怪我に依る痛みを緩和させる為に、脳内物質の分泌まで行い不測の事態に備えようとするのだ。
……だが、人間は同時に……恐怖が引き金となるにも関わらず、そうした一連の反射反応を……
「いっけええええぇぇーーーーッ!!!!」
(いやあああああぁぁーーーーッ!!??)
……何と言うか、楽しんでいる者も……中には居るのも、確かである。
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もし身体がこの場所に有ったなら、きっと涙と鼻水でびしょ濡れになっていたであろう恵利とは裏腹に、目を爛々と輝かせながら……片手は鷹馬の手綱の端に、そしてもう片方の手はしっかりと身体を固定しているハーネスへと絡ませたまま、ホーリィは待った。
《……グランマの操舵は間違いなんて有り得ねぇ……必ず対空魔導の弾幕を掻い潜って水平航行に復帰する。その時に直ぐ跨がって出られなきゃ……何の為の強襲部隊の班長なんだよっ!?》
そう自問自答して気合を籠めながら、ホーリィは待ち続けた。
頭の中で恵利の絶叫が裏声から掠れた声に変わった時、もし同じ気持ちで戦場に赴く者が居たならば……きっとその先に待ち受けるのは……修羅の道だろう。だが……
「……っ!!」
だからこそホーリィは素早く手綱を握りつつ、自由落下の余韻が残った頭を振って酔いを散らしながら、意識を集中させる。
【……片道切符には絶対にしませんからね? ……ようこそ……】
ローレライの冷静沈着な声が響く中、身体的強化を施した船員がガラガラと鎖を引いて滑車を動かし、後部ハッチを徐々に開けていく。
【……死と名声が隣り合わせの戦場へ……さぁ、可愛い我が子供達、お待ちかねの舞台の幕が上がりますよ?】
ローレライの宣言にほくそ笑みながら、ホーリィは鷹馬の手綱をしっかりと握り、仕切り板を足で蹴り飛ばしながら叫んだ。
「てめぇら! 稼ぎ時が来たぜぇ!! 死にてぇ奴はワタシに続けぇっ!!」
ガンッ、と激しく音を立てながら後部ハッチが地面に叩き付けられ、埃と砂が船内に渦巻く中……ホーリィは鷹馬の脇腹を勢い良く蹴る。
その瞬間、遥か上空……地下要塞の西の洋上に集結していた演習中の皇帝国の戦艦と、睨み合いを続けていた宗主国の戦艦数隻から打ち出された艦船用の大型バリスタの矢が、唸りを上げながら装甲板に到達し、派手に破片を撒き散らしながら弾かれる。
それを皮切りに、互いの兵装を全て用いながら激しく攻撃を交わし、一番脆弱な艦橋や尾船部を狙ってグルグルと絡み合いながら空戦を開始。やがて双方に飛空能力を失って徐々に高度を下げる艦船の姿が出始めた時、ホーリィは先陣を切って地下要塞開口部へと到達した。
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「……囮の戦艦もいつまで持つか……グランマだって、そう長くは居られないわ……」
地上にホーリィ達を降ろした直後、いつものように支援魔導で周囲の開口部を全て焼き払ってから、セルリィが呟く。
彼女にとって、長かった戦乱が終わる事は嬉しいのだが、何処か腑に落ちないのである。
短期間で決行へと漕ぎ着けた地下要塞攻略、危険極まりない筈の強行突入は呆気なく成功、疑いもなく囮の戦艦へ殺到する宗主国艦隊……余りにも綺麗に纏まり過ぎなのだ。
(……おまけにホーリィの大怪我に、復帰後の妙な感じ……あの子……何か隠してるみたいだったし……)
セルリィにとっては、実年齢を超えた良き絡み相手だからこそ……小さな違和感が積もり積もって、大きな違和感になっているのである。
《……ねぇ、ローレライ……私だけ除け者とかは嫌よ? 何か裏で動いているなら、それは知っておきたいんだけど……》
【……セルリィリィア、貴女の疑問に今は答えられないの……でも、決して裏切ったりする事はないと信じて欲しいの……】
精神感応のみで言葉を交わすセルリィと、彼女の事を森人種の真名で呼ぶローレライ。
歳の違いが少ない二人の間には、ホーリィとはまた違った親密感が存在しているのだが、彼女らしからぬ返答にセルリィは、苦虫を噛み潰したような表情で爪を噛む。
「……戦争に良いも悪いも無いけれど……気に入らないわね、何となく……」
見た目だけはホーリィと大差無いセルリィだったが、悠久の時を過ごしてきた彼女の内側に渦巻く記憶の蓄積は、この状況に安らぎを得る事を拒み続けていた。
「……ホーリィ、無事に帰ってきなさいよ……武勲なんて戦争が終わったら、ブリキのバッチよりも価値が無くなるんだからさぁ……!」
セルリィの呟きは開いたままの後部ハッチから大気へと流れ出し、やがて薄まりながら消えていった。
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地下要塞に入る為の開口部は複数有ったものの、要塞深部へ到達出来る箇所は少なく、それが要塞攻略を妨げる要因の一つであったのだが……
「……アハハハハハハァ♪ 楽しいなぁ、楽しいよなぁ!? お前らもそうだろうぅ!?」
両手に【フシダラ】【フツツカ】を提げながら、ホーリィは頭を左右に揺らして歩く。その濃い茶色の瞳は前に立ち塞がる相手を捉えているのか、いないのか……不確かだったが。
「オイッ!! 何とか言えってばよ……あー、もう口利けねぇかぁ?」
牽制の一閃が剣を握る親指を切り落とし、剣を取り落とした相手の顎目掛けて後転しながらの蹴り上げを見舞い、昏倒させる。狭い坑内にも拘わらず、小柄なホーリィにとっては却って好都合。新たに迫る敵の突きをギリギリで避け、鼻の前を通過する剣の表面に映るその表情は生き生きと輝き、頬を紅潮させながら額の汗を跳ねらせつつ、剣の戻りに合わせて前進する。
倒れた敵を踏まぬよう壁際を、いや壁そのものを蹴って敵に体当たりする勢いで肉薄し、肩からぶつかるホーリィの手に握られた双剣が滑り込み、鎧の隙間から身体を刺し貫く。
「がぁ……クソッ、速えぇ…「お前らが遅ぇっての!!」
断末魔をホーリィの罵倒が遮り、掌底を胸に叩き付けられたその相手が、後ろの仲間を巻き込みながら跳んで行く。
(……これが……【悪業淫女】の戦い方……と言うか、どう考えてもおかしいわよ!? 子供が大人を片手で飛ばすなんて!!)
恵利の驚愕はもっともだが、ホーリィは何処吹く風で気にもしていない。当然ながら、全ては遅効且つ長期型の魔導強化の恩恵なのだが……。
それは【筋力強化】に始まり、【身体安定】【反射強化】を何回も重ね掛けし、不足分の魔力を現場で補う反則技……。
「まだまだ足りねぇなぁ……もっとだ、もっと寄越せよ……なあっ!!」
逆手に双剣を握り締めたまま、振り被る相手の指目掛けて拳を叩き付け、グシャリと砕ける手応えに頬を緩め、そのまま怯む相手の顔面へと交互に拳を叩き込む。補強の入った手袋、そして強化された筋肉に拠って、更に破壊力を増した連打が瞬時に幾度も浴びせられ、相手は気を失う。
「……準備運動にもなりゃしねぇな……さて、と……」
帰還時に必要になる鷹馬を地上に繋いでから、地下要塞の坑内へと侵入したホーリィ達は、予想よりも薄い抵抗を跳ね退けながら何度目かの分岐を進んでいた。
(……変よ……判る筈無いのに……この地下要塞って《ギルティ・レクイエム》のコンシューマータイプと同じ構成だ、なんて……発表されたのが私が三歳の頃のゲームよ!? 知ってる訳無いのに!?)
(んな事はどーでもいいんだよ、次の分岐はどっちなんだ?)
(……右よ……直ぐに下り坂になって、《要塞管制室》に向かって一直線の筈よ……)
「……右に行くぞ……バマツ、アジ!」
「……ホーリィさん、神掛かってますね……イテッ!?」
「バーカ!! ……只の勘だよ勘……さっさと行くぜ!!」
バマツの言葉に軽い蹴りで答えながら進むホーリィだったが、不安げな恵利の思念を彼女も感じて疑問に思う。
……のだが、脳筋バカのホーリィ・エルメンタリアにはあんまり関係無い事。
「ヒャッハァーーーーッ!!!! さぁさぁ出てこい出てこいッ!! ホーリィ様の血肉に成る権利を与えてやっからよぉ!?」
側面の壁を蹴り、頭上から袈裟掛けに顔面を切り裂いてから、乱暴に前へ蹴り倒したホーリィ……そして彼女の前にまた、新たな相手が現れたのだが……
「……性懲りも無く、また倒されに来たか……【悪業淫女】よ!!」
その声は、ホーリィに土を付けたあの騎士、羽根付きの近衛兵隊長……カナマ・コーネリアスであった。
ホーリィ脳筋回、次回も続きます!