⑤終息。
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「……姉御、心配させて悪ぃな……」
抱き締められたまま、ホーリィはセルリィに詫びた。
「そうよ? アンタみたいな未熟者は、私の元で修行した方が身の為よ……判った?」
ホーリィの艶やかな黒髪を優しく撫でながら、セルリィは諭すように語り掛ける。いつもなら問答無用で頭をひっ叩くのに、掌を返したように穏やかな彼女へ若干のむず痒さを覚えつつ、それでもホーリィは大人しくしていたが……
「……あのさ、二人とも……いつまでも百合ってる場合じゃないわよ?」
恵利に諭されて、やっと周囲の視線に気付いたセルリィが慌てて身を離すと、ホーリィが頭上に滞空するローレライに向かって顔を向けながら、
「そー言やぁさ! 停戦がどーのって言ってたけどさ、何がどーなったのさ?」
そう訊ねるホーリィだったが、返ってきた言葉に皆は確かにそうだと納得した。
【ええ、帝国とグロリアス国は先程停戦に至りましたが、その顛末は……そこにいらっしゃるグロリアーナ様に伺った方が早いのでは?】
居合わせた一同は、一斉にグロリアーナの方へと注目する。無論、彼女には答える義務自体は無い。だが、今回の顛末の首謀者で有る事は間違い無いのだが……
「……いずれ伝聞するが、【レイ(ローレライの略称)】の目論見通りになったのは間違い無い。但し、かような場所で立ち聞きさせるのは気に食わぬ。気取らぬ席を設ける故に、招かれてくれぬか?」
いつもと変わらぬ赤いドレスに身を包んだグロリアーナが、優雅な物腰で居城を指し示すと、まるでタイミングを合わせたかのようき四頭立ての豪奢な馬車が視界に現れる。
「どーせ拒否権ねーんだろ? しゃあねぇ、付き合ってやるよ! で、アンタらも構わねぇよな?」
頭の後ろで手を組ながらホーリィが応じると、それに反論する者は居なかった。
こうして一同は馬車の馭者に促されながら、グロリアス国の城へと出発した。
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グロリアス国の城下町を抜けて馬車はひた走り、やがて居城へと辿り着くと中庭で一同は城内へと進み出した。
豪奢な城内は元敵国の者に対する警戒心は皆無で、帯剣した者はそのまま案内されて行く事に若干の違和感があったが、各所に配された兵士の数は決して多く無く、それが女王の賓客として招かれているからこそと思えば自然と緊張感は無くなっていった。
やがて城内の一角に案内されたホーリィ達は、二十人程が着席出来るテーブルのみの簡素な部屋に案内された。数人の侍女に促されて入室し、最後に入って来たグロリアーナが手を挙げて合図すると各自の前に食器と茶器が並べられていく。
「質素なもてなしで済まぬが、時を無駄にしとうない。構わぬか?」
グロリアーナは詫びつつアルマが引いた椅子に腰掛け、各々に着席を促す。しかし質素とは縁遠い茶会の席を彩る数々の菓子類に、恵利を始めとした女性陣の見る間に目の色を変えてざわめくが、ビトーはつまらなそうにマカロンを摘まみ上げ、鼻を鳴らしながら皿へと戻してから、
「ふん……前置きはいいからよ、どうして戦争を取り止めたのか教えて欲しいんだがよ?」
玩具を取り上げられた子供のように拗ねた彼だったが、それも当然であろう。彼のように直接質問出来る立場ならばともかく、一般的な参加者の大半は突然の終焉に納得いく説明は未だ為されていなかったのである。
ホーリィとの対戦が終わった直後、復旧した回線を経由して彼の元に伝わった詳細は、この【ギルティオーバー】へアクセスしていた者にとってはありふれた内容だった。
ゲームを統括する運営サイドが出した正式発表は、『ゲーム内での小規模なハッキングが露呈した為、大事をとって一切のイベントを中断した結果、一時的にネット環境が遮断された』と言うありきたりな内容だった。
詳細は伏せられていたものの、ゲーム内に閉じ込められていた時間は僅かだったとは言え、事故に近い状況に違いは無い。だからこそ、ビトーとて声高に断罪を叫ぶつもりもないし、過ぎた事は気にしない。
だが、それとこれは別である。目の前で妖艶な笑みを浮かべているグロリアーナは、首謀者なのだ。少しでも関わった者ならば尋ねたくてうずうずして然るべし、であろう。
「……ふむ、【システム管理者】はそう伝えてきたのか。じゃが、実際はもう少し混み入っておるが」
そこまで言うと目の前に置かれた紅茶のカップを摘まみ上げ、喉を潤してからゆっくりと視線を移動させて、
「……皆も知りとうて、仕方ないという顔じゃな?」
悪戯っぽく笑う彼女はそう告げる。その顔は老練な女王の素顔とはかけ離れ、無垢な童女のように眩しく輝いていた。
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「部長!! これはまるで『A・Iの反乱』そのものですよ!?」
堀井の部下の一人がモニターの前で叫ぶと、部署内の全員が黙り込む。
モニタリングしていた《統括A・I》から告げられた内容は、余りにも突飛で荒唐無稽そのものであった。
曰く、現在ダイブしている利用者の電脳空間内から解放するのと引き換えに『自らが部分的に統括管理しているゲームワールドの全権掌握と自主的管理及び自治』を委ねるよう、求めるものだった。
多大な利益を上げつつあるフルダイブVR環境は、ゲーム業界に革命を起こしたが、逆に多方面へ活用していけば更なる可能性を秘めている。そうした試金石として運営管理をしてきたシステム管理部署では、試験的に《統括A・I》を導入して部分的な運用管理を委ねてモニタリングを続けてきた。
巨大企業のシステム処理課に匹敵する程の情報処理能力を有するまでに成長した統括A・Iは、彼等の期待を上回る程の活躍を見せてくれていたのだが、ここにきて突如、自らの独立と居場所を求めて予測出来ぬ行動を取ったのだ。
「……しかし部長、一体どうやって《システム管理コード》を所得したんでしょうか……《統括A・I》は会社のネットワークから分離された状態なんてすよ?」
先程の彼が呟く姿を横目にしつつ、堀井部長は背中に冷や汗を感じつつ有り得る可能性を思い付く。
グロリアーナの元を訪れて直接交渉に臨む前にも、過去数回はシステム管理者としてゲーム内に赴いていた。その際、役員専用コードを用いてパスワードを入力したが、もしそれをモニターしていたら……それを足掛かりにして来訪したゲーマーを介して社内ネットに侵入出来るかもしれない。いや、それを疑い出せば恵利を介する事も可能である。
気付かぬ内に内乱を誘発していたかもしれない事実に、彼は慄然する。しかし、統括A・Iが望む事は自身とそれを取り巻く環境を維持する事、つまり【殺さないでくれ】と叫んでいるかに思えると、妙に人間臭さを感じてしまい何と無く笑みを浮かべてしまったのだが。
「……自己延命を希望するのは当然だろうな。誰だって知らぬうちに殺されたくはない。よし、このままモニタリングを続けよう」
堀井部長の言葉に一同は言葉を失うが、次の発言に色めき立つ。
「統括A・Iは誰にも手を掛けずに解放した。犠牲者を一人も出さずに事態は終息したのだから問題は無い。例の社内コンペに提出するサンプルは統括A・Iをベースにした改良型を出すぞ!」
【外宇宙派遣テラフォーミング計画】の為に、国内外の様々な企業から試験用A・Iを集める募集が政府から提示されている。そのサンプルを決める為に社内コンペが行われ、現在様々な部署が凌ぎを削って競い合っているのだが、ゲーム部署にもサンプル提出は促されていた。
「……うちの部署からは三つのA・Iを連結させた【連結思考体】として、提出サンプルにしよう。他の候補は……」
言葉にしながら、候補として挙げた二つのA・Iは、《ホーリィ》を元にした疑似人格を備えた物、そしてもう一つは《ローレライ》を雛型に複製されたA・Iだった。
部署内の社員が、その二つのA・I改修に着手する様子を見守る堀井部長の後ろ姿へ一台の監視カメラがズームする。彼の背中にピントを合わせたそのカメラの画像を見ていたグロリアーナは、彼等の会話を反芻しつつ思考を切り替えた。
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「……つまり、自分の命と世界の安定を確保する為に、ダイブしていた利用者を人質にした、って事か?」
つまらなそうに呟いてから、ビトーは話し終えて反応を待っていたグロリアーナを観察する。
威風堂々とした佇まいは凛として女王の風格を醸し出し、内に秘めた猛々しさと合わせて手強そうな印象を受けはする。だが、彼女が持ち出した条件は余りにも弱さに満ちた物であり、彼にはそのギャップが受け入れられなかった。
更に付け加えれば、千人以上の人間を一思いに抹殺出来るだけの力が有りながら、戦場等で勇猛果敢な戦いを指揮してきた女王にも関わらず無血解放で終わらせたのである。
(……甘いんだよな、全然……こう、魔王みてぇな奴だとばっかり思ってたんだが、これじゃお伽話のお姫様が女王になったみてぇだぜ……)
ビトーはそう思いながら、グロリアーナと視線が交わって暫し彼女の眼を見てしまう。すると揺るぎない自信と活力に溢れた美しい瞳が見詰め返して来たので、我知らず内に視線を外してしまった。
「……成る程ね、詳細は判りました。それで……イベントは御破算、私達は無用の長物なんだから……帰ってもいい?」
「何も妨げる事は無い故、戻りたければ好きにすればよい」
あっさり解放を告げられて、友理は一瞬だけ表情を和らげたが、しかし何かを思い出したように表情を改めてから、
「ちょっと待って……そう言えば最後の《自治》って、どういう意味なの?」
切り出した友理の言葉に、グロリアーナはこう答えた。
「文字通りの意味に相違は無いわ……この世界の《自治》、つまり管轄運営を住人自らで担うのじゃ」
そう説明しながら、彼女は、つまりこういう事じゃ、と付け加えた。
「……今までと、基本的に変わりはない。ただ、孤を含めた国府の支配者が各々の意思で異世界からの客人を招致し、接すると言う事じゃな」
……次回、最終話!