①我慢出来ねぇッ!!
お待たせ致しました、更新致します。
グロリアーナが足音に気付き、アルマと共に振り返ると何時の間にか一人の男が其処に居た。
短く刈り込んだ黒髪と、中年特有のゆったりとした動き。だが、それは身動きの遅さから来るものでは無く、経験に裏打ちされた技巧の積み重ねが生み出す余裕の現れであった。
「……お久し振りね、【システム管理者】様。」
グロリアーナの言葉に表情を変えぬまま、男は静かに歩み寄り、アルマに向かって片手を上げる。
「そう警戒しなくても問題無いさ。俺は彼女と話し合いをしに来ただけだ」
言われて握り締めていた拳を緩めると、アルマは三歩下がって不動の姿勢を取り、小さく会釈した。
「……早速だが、そちらの要求は何だ?」
「あら? 要求だなどと人聞きの悪い事を仰有りますね……」
男の言葉に目を細め、何処から出したのか扇子を取り出して口元を隠しながら、グロリアーナがはぐらかす。だが、男は驚く訳でも無く僅かの間沈黙した後、小さく息を吐きながら話の続きを始めた。
「ふむ……とぼけても無駄だ。そりゃそうだろう? 総勢千二百人の善良なお客様が取り込まれたまま、帰れない状況だ。人質を取られた状態は変わらず続いているし、目的が無ければ叩き出して終わりにしていた筈だ」
やや言葉にトゲを含めながら詰問する男は、和装の裾を小さく翻しながらグロリアーナに向き合うと、腕を組んで彼女を見下ろす。
「……自分と、この世界の確保が狙いならば、その心配は無い。俺は最初からお前が自立し成長する事を望んでいたのだし、この世界も含めての成長だと理解しているつもりだ」
彼はそれだけ伝えると、グロリアーナの返事を待った。
「お見通し、でしょうね…何せ、私達を作り出した貴方の事ですもの。これも既に折り込み済みなんでしょうから?」
グロリアーナはそう言うとパチンと扇子を閉じ、玉座から立ち上がると男の前に進み、
「では、今直ぐに遮断していた回路の復旧を致しましょう……それで満足ですか?」
艶然と微笑みながら、男の眼をじっと見つめて反応を伺う。そんな彼女に無表情のまま、男は答える。
「……予測より遥かに早かった、ただそれだけさ。……で、いつまで化けの皮を被っているつもりだ? 【黒き復讐の女神】さんよ?」
男の問い掛けに答えず、ただグロリアーナは無言のまま微笑み、玉座へと座り足を組んで扇子を開けた。
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艦橋から飛び出したホーリィは、青空を全身で受け止めながら、勢い良く落下していく。だが、彼女の胸中に一切の恐怖は無い。有るのは唯、自由に振る舞える事への喜びだけだった。
「ふおおおおぉ~ッ!!? あっ、ヤバいかも!?」
流石に艦橋の高さから飛び降りても、何とかなるかもしれないが……ここは城の係留塔の上である。つまり、城内で最も高い箇所よりも更に高い場所から飛び降りたのだ……無事に済む筈が無い。
しかし、ホーリィは馬鹿かもしれないが、只の馬鹿ではない……大馬鹿である。
「……いやっ!! 壁を走ればなんとかなるッ!!」
直ぐ脇を猛烈な勢いで流れて行く、係留塔の壁に足裏を向けると【身体安定】の術式を展開し、意を決して壁を踏み締める。
「おおおおおおおおおぉ……と、止まんねぇ!?」
戦闘向けに強化された、ヒールの底を突き刺して落下速度を相殺しようと試みてみるも、火花を散らしながら落ちるのみ……しかし、態勢を変えながら横向きになりつつ、あと僅かで墜落死する瀬戸際の瞬間、塔の下部が湾曲し末広がりになっているのを見つけ、一縷の希望を託し……【身体安定】の術式を逆転させる。
「ととととと止まんねぇなら……ぶっ飛べばいいんだろおおおおおおぉーーーッ!!!」
激しく火花を散らしていた筈のヒールの底が、突如一切の摩擦抵抗から解放されて、一瞬でホーリィの落下速度が増加する。
「よしよしよしよ〜しッ!! このまま……いけええええぇーーーッ!!!」
遥か上空から落下し、壁面を滑り落ちながら加速してきたホーリィは、グロリアス国軍兵士が犇めく城壁内を滑走しながら通過し、ついでに何人かの兵士を薙ぎ倒しながら城門目指して駆け抜けていく。
やがて、閉鎖された城門に辿り着くと、異常を察した衛兵達が群がるように彼女を取り囲むが、勢いの付いたホーリィには障害にもならない。
「雑魚が幾ら居ようと関係ねぇってんだよ!! 退けッ!!」
叫びながら両手を振り上げると、戦闘礼装の袖口から【フシダラ】と【フツツカ】の二刀が飛び出し、掌中へと収まる。だが、今までは片手剣の形態だったそれらは、柄から更に刃先が伸びた両刀剣へと変化していた。
「ありゃ? 暫く見ねぇうちに立派になっちまったじゃねぇーか?」
中空を切り裂きながら自らの周囲に左右四刃で結界を築き、行く手を塞ぐ兵士達を前に二刀を構える。
「まっ、いーか!! どーせ斬れば終わるんだかんな!!」
不遜な物言いに居並ぶ兵士達は俄かに殺気立つが、ホーリィは口角を吊り上げながら彼等を見詰め、
「おーおー、怒っちまったかぁ〜? だったらよ……殺す気で来いやッ!!」
だんっ!! と片足で地面を踏み鳴らしながら、両手の双頭剣を前に突き出して更に荒々しく挑発すると、限界を突破した兵士達が憤怒のまま殺到し、先頭の三人がホーリィ目掛けて次々に剣を振り降ろす。
一刀、では無い。返す刃は都合四刃に及ぶ。
右手に掴んだ【フシダラ】で一振りの長剣を弾き返しながら、その柄尻に飛び出した刃で最初の相手の手首を斬り落とし、更に【ミダラ】の前後を振るい、鎧に覆われていない首元を裂き手首を返し柄尻の刃で眼を抉る。
小さく後方に飛ぶと、今しがたまで居た空間をハルバードの刃先が通過し空を切るが、ホーリィは直ぐ様前進し柄を膝で蹴り上げて、振り直そうとする相手の虚を突き、
「当りゃイチコロだがよ、ちっこい相手にゃあ……少しばっか使い辛ぇんじゃねーの?」
嘲笑うかのように言いながら、相手の頭部を兜ごと輪切りに四断する。まるで目に見えない獣が巨大な爪を一振りしたように、血飛沫を引きながらバラバラになった肉塊が地面に着くよりも早く、ホーリィが跳躍する。
「すげぇっ!! 今までと何かが段違いだぜッ!!」
自らの身体に目に見えぬ変化が有った事を実感しながら、湧き上がる愉悦の笑みが堪え切れないホーリィは、宙を舞いながら遂に笑い出す。
身に纏う黒衣を返り血で更に濃く染めて、狂笑に等しい声を戦場に炸裂させるその姿は、正に【悪業淫女】の名に相応しい禍々しさであった。
続きはまたいずれ。宜しくお願いします致します。




