⑬……で、お前はどうする?
いつもと違う時間ですが、御一読。
……手緩い歓迎など望みはしない。熱い抱擁と接吻が有ればいいのだ。
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ビトーにとってゲームは仕事であり、そして【自己表現】の手段だった。成長期に《突発性四肢神経欠損》と診断されて、それから治療の方法が確立されるまで、肉体の檻に閉じ込められた数年間は、その後《生体神経の電子的バイパス手術》を受けるまで続く辛い日々だった。
しかし、結果的には望まぬ過程を経たと言えど、健常者には決して辿り着けない領域の《電子信号相互置換》と言う副産物を手に入れた。
治療に用いられた技術は、擬似的半覚醒状態の脳から発せられる、身体神経への伝達信号を外部デバイスで受信、それを増幅させて仮想空間でのアバター操作信号へと変換させる手段へと昇華し、現在のフルダイブ型VRへと応用されたのだが、皮肉にも彼のような治療経験者が圧倒的なアドバンテージを得られるなど、誰も予測はしていなかったのだが。
だからこそビトーは全身全霊を注ぎ、健常者のeスポーツプレイヤーを凌駕する為に如何なる努力も惜しまなかった。そして彼は、トッププレイヤーにまで昇り詰めたのだ。
「うおおおぉりあッ!!」
握り締めた拳に力を籠めて、烈拍の気合いと共に解き放った。重みのある拳が軽装兵の胴体を捉え、捻り込むように回転を与えると青白い閃光を放ち一直線に吹き飛ばす。
重量の有無を感じさせない強烈な一撃は、後方の集団を巻き込みながら更なる犠牲者を生み出し、たった二人だけの相手をしている筈の軍勢が呆気無く散らされていた。
繰り返される作業を黙々とこなしながら、傍らに控えるアンティカを眺める。つい先程まで線の細い、抱き締めれば折れてしまいそうな幼い娘にしか見えなかった彼女は、今では彼から借りた黒いジャケットにたわわな双丘を窮屈そうに押し込みつつも彼の視線に気付いたのか、チラッ、と上目遣いで微笑んだ。
「……しかし、便利な身体だよな? いつでも子供価格で乗り放題じゃねーか!」
「……さて? 其れの意味は判り兼ねますが……私が判るのは……」
魅惑的なお尻に食い込んだ小さ過ぎるショーツを、指先でクイッと正しながらアンティカが空いた手を顎に当ててから、
「……【食べ放題】だと言う事だけで御座いますわ?」
ペロリ、と舌を唇から覗かせて周囲を睥睨する。その視線は弱者を値踏みする、圧倒的優位者の眼差しだった。
その直後、兵士達が彼女の視線に射竦められる中、突然グロリアス軍陣営の中心に光の柱が天から真っ直ぐに降り立ち、唐突に消え失せると朧気な人影が残された。
やがて瞼に焼き付く白い残像が消えていき、人影がハッキリと見えると同時に動き出し、ゆっくりとビトー達の方へと近付いて来る。
「おっ!? 【ビートキング】じゃねえか……」
「……ふうん、確かに……ん? いつも一緒に居る【笑いガンマン】が居ないぞ? とうとう別れちまったのか?」
其処にはビトーが所有していた物と瓜二つの赤いジャケットを羽織った青年と、顔面を迷彩柄に染めた細身の長身の男の二人が居た。
彼等が現れると共に後方からやって来た伝令が前線指揮官に何か耳打ちし、血相を変えた彼が号令を掛け、兵士達の陣形を即座に組み直し後方へと陣を下げていく。
「んだよ、お前ら……【マギスト】の連中か? ……知らねえ顔だなぁ」
今までグロリアス国の兵士に取り囲まれていたビトーは、新たに現れた新参者を一目見て自分が属する【マギ・ストライク】のアバターだと認識したのだが、素っ気ない反応に若者の方は怒りを露にしながら、
「し、知らねえだと!? ……けっ! これだから情弱は嫌いなんだよ……」
短く刈り上げた頭を反らし呆れた素振りを見せたものの、傍らの男は彼に向かって諭すように手を振りながら、
「いちいち真に受けるなって。天辺でふんぞり返ってる連中なんて、みんなそんなモンだぜ?」
声を掛けつつ、背嚢からグレネードランチャー付きの突撃小銃を取り出して、折り畳まれていた肩当て(ストック)を固定し素早くコッキングする。
ガチャッ、と無機質な作動音と共に弾倉からホローポイント弾がチャンバー内へと収まり、導かれる。
「……さて、準備は終わったか? 勿論俺にブッ飛ばされる準備なんだがな」
コキコキと首を鳴らしながら、ビトーは律儀に準備運動を済ませながら待ち、
「此方はビトー様と同じ【自由兵】の方々ですよね? 私、実はお相手するのは初めてでして……興奮を感じてしまいますぅ~♪」
アンティカは、たわわな双丘を弾ませながら物欲しげな顔で、二人を値踏みするかのように見比べて居た。
「んでよ、お前らは二人掛かりか? それとも別々なのか?」
「……あら? 二人同時に御相手は出来ないのかしら? ……残念ですわぁ!」
なれど、ビトーとアンティカは偶然なのか、相手を見下すように互いの方へと招くよう手を振りながら挑発する。
「……お前、どうせ女の方に行くんだろ?」
「当たり前だろう? 何の為に高価な【同期記憶素子】積んでっかっての……」
相手の二人は互いに目配せしつつ、円を描くようにビトーとアンティカを中心にしながら別れ、配置に着いた。
「……一応聞いとくが、俺はともかくアンタは何で戦うつもりなんだ?」
背中越しでアンティカに尋ねるビトーへ、胸の下で軽く腕を組みながら真っ直ぐ前を見るアンティカは、自分の前に立つ迷彩男の動きに注目しながら、
「そうですわね……このままで、充分お相手出来るかと存じますが……」
ハラリ、と前髪を掻き上げて一歩前に踏み出し、余裕の表情を浮かべる。その顔は窺えないものの、彼女から緊張の気配は感じられず、ビトーは詰まらぬ詮索を止める。
「まぁ、別に構わねぇさ……好きにやりぁいーんだよ」
ずい、と腰を落とし、左右の拳を下げ身体の前後に構える独特の姿勢を保ち、待機する。
「いくぜ……アンタを潰せば、俺が頂点に成れるッ!!」
赤いジャケットの青年が自らを鼓舞するように叫びながら、俊敏な動きで前に跳ぶ。
やや軸をずらしながら着地すると同時に緩く円を描き側面へ回り込み、かち上げるように掌底を叩き込む。
拳を合わせて受けるかに見えたビトーが、肘を曲げたまま身体を回転させて反対側へと身を交わし、回る勢いを生かしながら肘打ちへと流れるように繋げ、反撃する。
その肘を空いている手で逸らし、背中を向けたビトー目掛けて応戦する構えを取った彼が、弾かれたように身体を踊らせると、最前まで居た空間が白い閃光に包まれて、一瞬で地面が白熱化しドロドロに溶けて蒸気を上げる。
「えげつねぇ……流石に激しいじゃん……」
「温いぜ、若造!! まだまだこんなもんじゃ終わらねぇぞ!!」
両手を光らせたまま、距離を取った相手に向かってジグザグに移動しながら接近するビトーに、青年は無言のまま近付き足を止める。
「そうそう……殴り合いしてぇんだから、潔くジッとしてろや!!」
「黙れッ!! オッサンが吠えるんじゃねぇや!!」
二人が接触した瞬間、赤と白の激しい火花が交錯し、怒涛の勢いで互いの拳を交わし合いながら技量の限りを尽くし、相手を葬ろうと連打を繰り返す。
「あらまぁ、熱い事ですわ! さて、私達も遊びましょうかぁ?」
他人事のように傍観しつつ、アンティカは銃を構えた相手に向かって語り掛ける。
「銃相手に素手だと? 頭おかしいのか、此処の連中は……」
呟きながら迷彩柄の男は冷静にトリガーを引き絞り、照準の真ん中にアンティカの身体を捉えたままホローポイント弾を放つ。
だが、彼女は動じぬまま射撃の的と化し、弾丸の雨を全身に浴びながら吹き飛ばされた。
次回も宜しくお願いします!