⑫痛ぇのも折り込み済みなんだぜ?
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「……なんだよ、アイツ……消えちまったぞ?」
ビトーの目の前に居た筈のサリスが溶けるように姿を隠してしまい、彼は首を傾げながら周囲を見回してみたが、彼女を見つけ出す事は出来なかった。そんな彼等をグロリアス国の兵士達は積極的に介入せず、距離を取って戦局を見守っていた。どうやらサリスの肩書きはビトーが考える以上に重い物なのだろう。
しかし、そんな物は彼には関係無かった。自ら殴り合いを望んだ筈の相手が舞台から消えてしまったのだ。次第に苛立ちを隠せなくなったビトーが、乱雑に足元の土を蹴り飛ばしながら踵を返し、防衛陣地目掛けて進む為に一歩踏み出した刹那、側頭部に押し付けられた銃口から一撃必中の弾丸が発射された。
その弾丸が命中すれば、ビトーと言えど確実に戦線離脱を余儀無くされただろう。だが、結果は違ったのだ。
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「……隠れんぼしに来てんじゃあねぇぜ? ヤル気が無ぇならさっさと先に行くかんな!!」
そう言い残し、立ち去ろうとしたのだが、突然足元の影からニュッ、とアンティカの細い腕が伸び、ビトーの足首を掴む。
「おあっ!? な、何しやがんだよ……ッ!?」
慌ててしゃがんだ彼のこめかみを至近距離から放たれた銃弾が通り過ぎ、強烈な衝撃波を伴いながら遥か彼方へと消えていく。ビトーは即座に射出地点を見つけようと中腰のまま辺りを見回すが、何処にも相手の姿は見えなかった。
そのままの姿勢のビトーの足元からアンティカが顔を覗かせて、耳元で何かを呟くと彼は突然立ち上がり、暫し気配を探るように首をゆっくりと振り、やがてにやり、と笑う。
「……成る程な……そーかそーか、確かに……な」
そう呟きながら、足を開いて構えを解く。そうして肩の力を抜いたまま、暫くじっとしていたのだが、
「……って!! 丸バレなんだよッ!!」
突然叫びながら、背後の空間目掛けて大きく腕を振るう。
「きゃあっ!? な、なぜ……み、みえない筈なのに……」
「バーカッ!! 見えるとか関係ねぇんだよ! そんなに【良い女の匂い】をプンプンさせてりゃあ、誰だって気付くんだよ!!」
振られた腕が中空で急停止し、誰も居ない筈の空間を鷲掴みにしながらビトーが叫ぶと、姿を消していた筈のサリスがボンヤリと浮かび上がり、襟元を掴まれたまま苦しげに吊るし上げられていた。
(……ねぇ? 私の言った通りでしょ? さっきから私以外の女の匂いがグルグル回ってたから!)
器用に日陰になった背中を這い上り、ビトーの背中から顔を覗かせながら、悪戯が成功した子供のように笑顔を綻ばせるアンティカに、
「……けっ、ドヤ顔で騒ぐんじゃねーって。匂いだったら俺にも判ってたっつーの! あと【身体強化】てんなら姿が見えなくなるのは変じゃねーか?」
(……さあ? そう言ったかしらぁ?)
プイと顔を逸らしながらビトーがアンティカに言うと、サリスは驚き、そして落胆したように全身から力を抜いた。
「……貴方に私は負けたのだから、煮ようと焼こうと好きに為されば宜しくてよ…」
「ああ? 潔いのは御立派だけどよ、俺は敗者を嬲って喜ぶよーなクズじゃねえんだよ」
彼の言葉に目を見開いたサリスをポイと投げ捨てて、ビトーは再び構えを取る。
「生きるだの死ぬだのなんて、関係ねぇ。やりたいよーに、やりゃあいーんだよ」
ぐっ、と拳を握り締め、放電の光を発しながら彼は傍のサリスに言い放つ。
「……へっ! 女殴ったって、屁の足しにも、なりゃあしねぇな!」
牽制の右手を前に高く、そして控えの左手を顎の脇に添えて、ビトーは改めて兵士達に叫ぶ。
「おらあアァッ!! てめぇらッ!! 女だてらに挑んだ仲間が倒されたんだぜ!? 肝の座った奴が居たら、死ぬ気で掛かって来いやぁッ!!」
大軍を前に、一歩も引かないビトーの挑発に、互いに目配せをしていた兵士達が、じりじりと間合いを詰め始める。
「そーだぜ、キンタマの有る奴からかかって来いッ!! 全力でブン殴って応えてやっからよ!!」
ビトーが檄を飛ばした瞬間、呼応するように前列の兵士がしゃがみ、隊列を組み直した魔装兵達がその肩口に魔装銃を載せて、一斉に射撃を開始した。
最初の斉射時とは違って練度の高い兵士で構成されているのか、彼等は一糸乱れぬ無駄の無い動きで素早く的を絞って発射し、放たれた魔弾がビトーの身体目掛けて再び襲い掛かる。
だが、かなりの至近距離で発砲されたにも関わらず、ビトーは飛来する弾丸を尽く捕捉して的を絞り、瞬く間に拳で叩いて打ち消してしまった。
「……くっ!! 全く芸の無ぇ連中だぜ!!」
強がるビトーだったが、何発かの弾丸が掠めたのか、彼の身体の端々に銃創が残り血が流れていく。
(……あら? これはこれは……お怪我の具合は如何ですか?)
「……んあ、そんなもん……痛えに決まってるだろ!」
【痛覚感覚ON】でプレイしているビトーにとっては、ゲーム内とは言えど傷を負う事は著しく集中力を欠く筈だが、軽口を叩き強がってみせる。
「でもよ、痛みがねぇと、リアリティに欠けるだろ?」
(あら……それは大変ですわね……でも、ウフフ……♪)
アンティカは妖しげに笑い、顔だけ出したまま、傷口に舌を這わせる。チロチロと舌先を踊らせる度に、ビトーの身体を異様な脱力感が襲い、思わず彼女の動きを見てしまう。
身体の影から顔だけを覗かせてまま猫がミルクを飲むように、幾度も傷口の上を舌が蠢き血を啜る。その表情は蕩け切り淫媚さに満ち溢れ、まるで背徳的な行為に耽るかのようだった。
「こ、こら!! 何やってんだよ、お前!?」
(……御免あそばせ? 血の香りに惹かれて、つい我を忘れてしまいましたわぁ♪)
感情の籠らぬ謝罪を口にしながら、そう告げたアンティカは突然、彼の影から身を乗り出して地表へと滑りように降り立った。
「……うふ! 失礼致しましたわぁ……でも、久々に血の滾りを得られましたから、もしかしたら元の姿に戻れるかもしれませんわ!!」
幼女の姿のまま、アンティカはそう言うと、束ねていた金髪を解き、朝日に溶ける月を見上げる。
一瞬の間を置き、夥しい兵士達が迫る只中にも関わらず、動じる事も無いまま腕を広げ空に差し出す。
「……ああ、やっぱり……男の血なんて受け入れたく無いけれど……身体は正直ですねぇ……ッ!? あああああああぁっ!!」
アンティカは声を振り絞って野獣じみた雄叫びを上げた後、か細く弱々しかった身体が見る間に膨らみ成長し、あっと言う間に随所のボリュームが増して成人女性らしい括れと膨らみを備えた、蠱惑的な容姿へと変化した。
「……おいおいっ!? ミニスカどころじゃねー!! 半ケツ出てっぞ!?」
「あら? それは失礼致しましたぁ♪」
先程まで身に付けていたシンプルな長袖のワンピースは、今の彼女には小さ過ぎてビトーの指摘通りの破廉恥な格好と化していた。見るに見かねたビトーが自らのジャケットを放り投げて渡すと、面積が明らかに足りない小さな布に包まれた彼女のお尻が、何とか視界から隠されて事なきを得たのだが、やはりビトーは彼女から目を背けた。
「やれやれ……一張羅だから返してもらうからな?」
「畏まりましたわぁ! さて……それじゃあ、私も遊ばせて頂けるかしら?」
悩ましい胸元を押し込めるように前のジッパーを引き上げながら、アンティカが宣戦布告する。
そこで初めて状況を理解した兵士達が、二人の元に殺到する。
前線維持を司る自陣の使い手が退けられた彼等にとって、一矢報いる為にも全力で挑まなければ勝ち目は無い。だが、そんな事は二人にしてみれば瑣末事でしか無かった。
それではまた次回も宜しくお願いします!