⑪男なら真正面を貫く!
ビトーさんは脳内音楽に合わせて動いています。
「流石に壮観じゃねえか……」
広大な平原の城下町を一望出来る丘から降りたビトーは、目の前の軍勢と相対し、言葉を漏らす。
愚かにも単独で大軍に挑んだ自由兵の成れの果てなのか、ズタズタに引き裂かれた屍が何体か転がる平野の先に、整然と並び統一された鎧と兜に身を包んだグロリアス正規軍が待ち構えていた。
盾と片手剣を装備した軽歩兵、そして短槍のような魔装銃を構えた魔装兵の混成部隊を先頭に、幾重にも並んだ夥しい数の兵士達。長方形の単純な陣形だが、その厚みは圧巻の一言だった。
「……女王直轄の正規軍、しかも軍旗はざっと見て、四十ですか……一旗当たり五百人規模ですから……二万ってところですかねぇ?」
最早人数を数える気も起きないビトーだったが、まるで気持ちを見透かしたかのようにアンティカがサラリと告げた。
「……ハッ! そんなもん乱戦になりゃあ、向こうは同士討ちを嫌って撃てやしねぇもんさ」
「それもそうですね~♪ じゃあ、サクッと行きましょうかぁ?」
「ああ……サクッとな!」
彼女の言葉に不安げな様子を微塵も見せず、ビトーは平然と歩き出す。
大軍が巻き上げる土煙が渦巻き、地鳴りにも似た人海が奏でる轟音が地を這う中、彼の足は淀み無く進む。
先頭の兵士の顔が視認出来る範囲にビトーが到達した瞬間、軽装兵が一歩後退し、魔装兵が銃身を水平に構え、照準を合わせる為に膝立ちになる。
「何か付与魔導を御所望でしたら、準備致しますが如何ですか?」
彼の背中から降りたアンティカが影に身を沈め、首だけ出しながら訊ねるが、
「……あ? 要らねぇよ、んなもん……いいか? よ~く見とけって……」
素っ気なく断りながら、両手のグローブを握り締め、紫電を纏わせながら三対の義眼をグロリアス正規軍へと向ける。
「……殴って潰す、なぁに、簡単な事だぜ?」
事も無げに口走りながら、とん、と軽くその場で一跳びし、着地と同時に走り出す。
大きな歩幅で距離を一気に詰めていき、そのまま右の拳を振り絞りながら雷光を縮め、赤から紫、そして白へと変化させていく。
「……単騎駆けか!? 命知らずか余程の馬鹿か……構えっ!!」
大軍を前に臆する事無く走り寄るビトーの姿を捉えた前線士官が指揮棒を握り、背中に付く位まで振り上げた後、初弾を装填した魔装兵達へと命令を下す。
「……狙え……っ、撃てえッ!!」
指揮棒が振り下ろされた瞬間、左右に控えた鼓笛兵が手にした太鼓を鳴らす。同時に魔装銃の先端から灰色の駆式煙が放射され、朝日を浴びて赤く染まった大地を切り裂く勢いで、唸りを上げながら数え切れない魔弾がビトー目掛けて殺到する。
伏せようと跳ぼうと回避不可能な量の弾丸は、瞬時に彼の視界を埋め尽くし、黒い横殴りの雨のように平野を掘り返し、粉々に噴き飛ばしていく。
だが、ビトーは避ける事も身を屈める事もせず、ただ拳を振り絞り、
「…… ご ら あ あ あ ぁ ぁ ッ ! ! 」
……一閃。そう……迷う事無く、ただ一振りのみ。
途端に平野を埋め尽くす弾丸を切り裂くような轟雷が走り、深く抉られた大地を中心に爆風が四方に向かって走り抜ける。
直後、彼の拳が振り抜いた後を追うように、眼を焼く光を放ちながら球形の雷光が走り抜け、前線の兵士を飲み込みながら四散する。
刹那、全身からブスブスと煙を上げながら倒れる魔装兵の元へ到達したビトーが、左右の拳を打ち合わせながら絶叫する。
「 蹂 躙 さ れ て ぇ 奴 は 前 に 出 ろ ぉ ッ ! ! 」
咆哮に等しい雄叫びを発しながら、六つの義眼で次々に目標を選び、先頭に出ていた不運な相手を捕捉。至近距離まで踏み込むと同時に握り締めた拳を頭上から全力で振り下ろし、兜を紙細工のように容易く叩き潰す。
「レベル差が有り過ぎだぜ……弱いモン虐めだな!」
ビトーは言いながら未だに倒れず立ち往生する兵士の亡骸を一瞥してから、身体を回転させ軸足を素早く入れ替えながら円軌道の裏拳を叩き込む。過剰なエネルギーを吸収し切れなかった鎧が爆散し、肉片と共に飛び散りながら新たな犠牲者を増やしていく。
「か、囲め!! 相手はたったの一人だ!」
「甘いぜ……俺にとっては【全員敵】だから楽なんだがなッ!!」
ビトーの進撃を阻もうと兵士達は剣を振るい畳み掛けるが、振り上げた剣を握る腕の肘や手首目掛けて俊敏に拳を合わせ、相手に攻撃させる隙を与えず次々と捩じ伏せて、新たな屍を積み重ねていった。
辛くも避けて直撃を免れた者も、拳に纏わり付いた電光で身体が硬直し、膝を突いて白眼を剥きながら全身を震わせた。そんな挫折者の頭頂部目掛けて容赦無いブーツの踵が降り下され、鎧に首ごとめり込まれて踏み潰されていく。
《……弱者では無いと存じてましたが、中々ですわねぇ?》
ビトーの足元の影に姿を潜めたまま、アンティカが感嘆の声を掛けるが、彼は鼻で軽く笑い、
「へっ……こんなんじゃあ、手慰みにもなりゃあしねぇさ……おっ?」
拳にこびり付いた血をズボンで拭いながら首を回していたが、視界の只中に戦場には場違いな白い衣服を身に付けた女性が、取り囲む兵士を退けながら進み出る。
「初めまして、私は陛下から【第三等魔導銃師】を承るサリスと申します」
まるで白衣にも見えるその姿からは、つい先程まで兵士相手に暴虐の限りを尽くしていたビトーと相対する事は微塵も感じさせはしない。だが、その手にはカタール(突く事に特化した片手剣)に似た武器を両手に持っていたのだが、その中心部には黒光りする銃身が取り付けられていた。
「姉ちゃんよ……悪ぃが、こちとら急いでんだ。手加減出来ねぇから、退いてくんねぇか?」
彼の言葉はやや荒っぽいが、口調は穏やかで怒りの意図は含まれては居ない。だが、行く手を遮る形で前に立つ赤髪を一つ纏めに結ったサリスは、小麦色の肌に似合わぬ凶器をゆっくりと持ち上げ先端を彼に向けてから、答える。
「……退かぬ、と申しましたら、如何なさいますか?」
「そりゃあ、決まってるだろ! ……男女同権って奴さ」
予想通りの返答に、ビトーは拳を構えて外足を廻す。
「どうした? もう始めて構わねぇぜ……それとも、受け身が得意ってご趣味かい?」
「下衆ですわね……強がりも果たしていつまで続くでしょうか……」
舌戦を交わす中、不意にサリスの周囲から小さな薄片が舞い上がり、キラキラと煌めきながら霧散していく。
《あら……【身体強化】の術式ですわぁ♪》
「あぁん? 何だよそりゃ……」
アンティカの言葉に意識を振り向けた瞬間、サリスの身体が水面に流した墨汁のように引き伸ばされて消え失せた。
ではまた、次回も宜しくお願い致します!