⑩殴り合いしに行こうじゃないか。
ながら、でここまで執筆前の予測から離れまくったのは初めてです。
一切の反応を示さないホストサーバーに業を煮やしたビトーは、自らの武装を改めて確認する。該当箇所を指先でなぞる度に字幕が浮かび上がり、名称と効果、そして装着済みを表すアスタリスクが表示される。
【六眼のゴーグル】 頭部装備。視野範囲増強及び知覚力倍加。*
【ロキの手袋】 両手武器。雷属性及びスタン効果付与。*
【這い寄るブーツ】 脚部装備。隠密性及び移動速度倍加。*
【黒龍のジャケット】 胸部装備。防御力及び反射速度倍加。*
【加虐のベルト】 胴部装備。防御力及び腕力倍加。*
(……問題は無いみてぇだな。ただ、相変わらず何も応答が無ぇか)
軽く舌打ちした後、傍らの友理に向かって顔を回しながら訊ねる。
「おい、そっちはどうだ?」
「ダメね……全く反応無いみたい」
頭の横に掌を宛がいながら、友理も同じように反応が無い事を確認して肩を落とす。
「ねぇ……異常が感知されて、サルベージが入るまでどの位だと思う?」
フルダイブ型VRゲームには様々な救済処置が存在する。体温脈拍、脳波等の異常が検出されれば自動的に救急機関へ連絡される。そうした緊急対応を設定する事が義務化されている筈で、友理は落ち着いた様子でビトーに尋ねた。
「そうだな……早くて半日、時間が掛かっても一日以内で最初の引き揚げが始まるか?」
自らの装備を点検しながら答えるビトーの様子に、友理は眉を潜める。
「……ねえ、あんた何か考えてるでしょ?」
掌を開閉し小さく放電させながら、表情を悟らせない義眼付きゴーグルの向こう側で小さく笑い、ビトーは答えた。
「……まだ呼ばれてねぇが、自分から出向いてみるのさ」
口元を歪ませながら腰掛けていた椅子から立ち上がり、軽く伸びをした後、
「……帰って来なかったら、上手く抜け出したか【ロスト】したかのどっちかだ」
宿屋の代金を懐から取り出して主人の元に差し出すと、ビトーは出入口へと歩き出す。
「抜け駆けするつもりッ!? ……だからワンマンゲーマーは独り善がりで嫌われるのよ……」
「知ってるさ……でも、頭数ばっかで殴り込みかけんのは、性に合わねぇんだ」
友理の言葉を背中で受け止めながら、戸口を抜けたビトーは、いつの間にか傍らにアンティカが居る事に気付き、
「……んだよ、俺は付いて来いなんて言ってねぇぞ?」
「あらぁ? つれない言い方ですこと……私はただ、久々に姉の顔が見たくなっただけですけどぉ♪」
「……知るか、そんなもん」
しかし追い払う気配の無い彼の態度に小さく笑いつつ、小柄なアンティカが小さくジャンプして背中の真ん中にしがみつくと、
「お、おい! 幾らなんでも背負って走れとか無理だっての……!?」
ビトーは背後を振り返ろうと身を捩るが、彼女の重さが全く感じられない事に驚く。
「……【重力操作】の術式は如何かしら?」
「……ったく、ヒトの事を馬車馬としか思ってねぇだろ」
まるで羽根のように軽いアンティカを背中に乗せたまま、彼は呆れつつ走り始めた。まだ夜明けからは遠い時間だったが、そんな二人を見咎める者は誰も居なかった。
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「……で、二人ともそのまま行かせちゃったんですか!?」
翌朝、恵利はビトーとアンティカの脱退を友理から聞き、思わず声を上げてしまう。
「仕方無いでしょ? どうせアイツは止めても聞きやしないし、元々ホーリィ探しには消極的だったんだから……」
宛がわれた部屋で頬杖をテーブルに突きながら返答し、そのままクリシュナへ言葉を掛ける。
「あなたはどうするの? ……まあ、私達の事を含めて余り関係無いでしょうけど……」
寝台に腰掛け瞑目したまま彼女の言葉を聞いていたクリシュナは、眼を開きながら立ち上がって友理の方へと向き直り、
「……状況は理解致しました。その……二人が元の世界に帰れないと言う事を改善する方法は存じませんが、気になる事が一つだけ有ります」
二人の視線を集めつつ閉められている扉を一瞥し、それから脇に置かれた自らの荷物を肩に掛けながら、
「……アンティカさんは、この状況を予測していたように見受けられます。そして……お二方のような【自由兵】が多く参られる事も」
ちらりと二人を見る。その視線に促されて、彼女の言葉を反芻していた恵利は、不意に思い付き、
「……あっ!! き、金曜日のイベント開催か!!」
「それ……こちら側で知ってるのは誰なの?」
「うぅ~ん、たぶん……アンティカさんは知ってたわね……チーター狩りの時もアンティカさん、居た筈だから……」
次第に様々な事柄が重なり合い、恵利の中で確信が深まっていく。そして出された結論は……
「……ビートさんみたいな【強いヒト】が必ずやって来る!?」
「そうね……私達、きっとその【グロリアス】って奴に、踊らされてるのかもしれないわ……」
指先を噛んでいた友理は自分達の置かれた状況を考えて、直ぐに身支度を始める。その落ち着いた様子に恵利も慌てて中空を撫で回すが、
「……あ、そっか! サーバーダウンしてたんだ……えっ? でも、そうだとしたら……」
「……そうよ、今までみたいに《プレイヤー待遇》は期待しない方がいいと思うわ。それと、寝癖付いてるわよ?」
「うそっ!! ……って、このアバターに寝癖付く訳ないじゃん!!」
未だにゲームのクセが抜け切っていない恵利に微笑みながら、友理は背嚢から重く、そして武骨な一対の武装を取り出してコッキングする。
ジャコッ、と金属がスライドする硬質な音が響き、滑らかな動きで空の薬莢を排出させるチャンバーが露出して、鈍い光を放つ。
「……ホストサーバーから切り離されていても、装備品に変化は無いみたいね」
友理は確認を終えて、恵利へと向き直る。
「……さて、ウチの慌てん坊が粗相する前に追い付けるといいんだけど……」
最後に物憂げな言葉を口にした後、彼女は愛用のゴーグル付きマスクを装着し、全ての表情を漏らさぬ【笑いガンマン】へと姿を変えた。
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ビトーは自らの身体が【重力操作】により、アンティカを背負ったままでも軽々と跳ね進む様に驚きつつ、闇に包まれた町から林、そして森から開けた原野を抜けて疾走を続けていた。
持ち前の柔軟な適応性を発揮し、ふわりと舞い上がりながら木々を跨ぎ越し、背負ったアンティカが落ちないように手を回そうと気遣ったのだが、
「ああ……いきなりそんな所を! ……いけない殿方ですねぇ♪」
「うっせぇ!! そんなペッタン娘に欲情すっかっつーの!!」
何時も通りの調子を崩さぬ見た目だけ幼女に、苛立ちながらも円滑な道程を提供されている手前、文句の付けようがなかった。
幾ら黎明前と言えど、敵地グロリアス内である。余計な遭遇は時間の無駄でしかなく避けたかったのだが、まるで道筋の全てを把握しているようなアンティカの指示を受けながら、ビトーは一度も兵隊と遭遇する事も無く、王都の城下町が広がる平野まで辿り着いた。
だが、滑りながら林と町とを隔てる丘を降っていったビトーが目の当たりにしたのは、
「……成る程ねぇ……随分と用意周到だな。だから途中で出くわさなかったって事か?」
ブーツにこびり付いた土を蹴り落としながら、アンティカに手を回して背中から降ろす彼の視界全体を埋め尽くす、緋色の軍団旗を随所に掲げたグロリアス正規軍の姿だった。
それはそれ。次回こそガチバトルです。ではまた!!