⑦二人、そして二人。
長くお待たせ致しました。
「……のぅ、ホーリィよ、孤は思うのじゃが」
形の良い臀部をアルマの背中に預けたまま、グロリアーナが切り出す。
初老の凛々しいアルマは、無言のまま平伏した状態を維持し、背中にグロリアーナを乗せたまま微動だにしない。彼の表情に変化は無く、ホーリィにはその事実が何より奇怪だった。
「孤とそち、似た者同士じゃと思わぬか」
「……はあ!? ワタシとアンタが同じだって?」
グロリアーナの言葉に思わず反応したホーリィに、下から見上げる形でアルマが硬い表情のまま、苦言を呈する。
「女王陛下の御言葉であるぞ? 不遜な物言いは慎め」
「アルマ、良い……そちも立って構わぬぞ?」
だが、グロリアーナは彼女の言葉を諌めるでもなく、アルマに立つ事を許しながら自らも立ち上がり、ドレスの裾を正しながら彼を傍らに控えさせてから、
「……孤はグロリアーナ。我が名を冠するグロリアスの国主である。ホーリィ・エルメンタリア……征伐せんと目指す相手は、孤の事であろう?」
自らが標的である、と大胆に告げたのだ。
「……でっけぇ……」
「……何を言うておる、聞いておったか?」
だが、ホーリィはグロリアーナの胸部に目が釘付けで、何も聞いていなかった。
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ほぅ、と白い息を吐きながら、クリシュナが霜の降りた大地を踏み締める。
大陸は東西に長く、南北の開きは余り無い。にも関わらずグロリアス国の領地は帝国領よりも雪が早い。一説では領地南部の山並みが南からの温かい風を妨げている、と言われているが、真偽を確かめた者は居ない。
「……寒くはないですか?」
「……心配無用ですわよ? 私共【吸血種】は外気の温度差で体温を奪われる事は御座いませんからねぇ」
黒テンの毛皮で作られた帽子を被ったクリシュナが、目の前を歩くアンティカの姿を見て訊ねてみると、振り向く彼女の息は全く白さを帯びていなかった。
薄く陽の刺す寒空の下、レースを散りばめた若草色の薄いロングコートとフリル付きの帽子を被る姿は、何処から見ても上品な家柄の子女にしか思えないのだが。
「それにしても……ホーリィさんったら、随分と食い残して行かれたんですかねぇ?」
アンティカはそう言うと、足で踏み付けていた男の手首に力を込めて、ごきりッと生々しい音を立てる。
「ぁぐうっ!? だ、だからさっきから知らねぇって言ってるだろ!!」
左腕を踏み付けているアンティカは彼の言葉が聞こえている筈だが、全く意に介さぬまま足を上げ、残された右腕を踏み締める。
「う〜ん、違うんです……私が伺いたいのは、知らないかどうかでは無くて……」
腕を組み右手の人差し指を顎に付けながら、困ったように眉を寄せるアンティカだが、彼女の目は笑っていた。
周囲に点在する死体は全て、両手を砕かれて苦悶の表情を浮かべたまま事切れている。無論全員武装していたのだが、乱戦を経て生き残っているのは彼と、そしてアンティカとクリシュナのみだった。
二人はつまらぬ小細工を省いたのだ。ただひたすら、真っ直ぐ進んでグロリアス領地を横断し、遭遇した敵兵を潰えさせながらホーリィの痕跡を探し続けた。
その結果、二回程の接敵を果たし、壊滅させた。しかし成果は芳しくなく、ホーリィの足跡を辿る事には繋がらなかった。
「些細な事で構いませんから、どうか黒髪の女性について教えてくださいませんかねぇ……何処に行ったのか、とか……」
「アンティカさん、もう結構です。次の集団を探しましょう」
焦れたように呟きながら、クリシュナが制しながら男の首を片手で掴み、引き上げるとそのまま吊り下げて、
「これが最後の質問です。貴方の本隊はどちらに行けば遭遇出来ますか?」
「……ぐっ……こ、ころせ……」
苦しげに呻く男に溜め息を吐きながら、掴んだ指先に力を込める。ぼぐっ、と関節を砕く鈍い音が鳴り、男は絶命する。
「そろそろ、このような運任せの行動は限界かと思いますが」
「そうでしょうか? 結構近付いていると思いますよぉ〜?」
クリシュナの言葉に応じながら男の亡骸に近付いたアンティカが、爪の先で首を小さく切り裂き、ほんの少しだけ血の雫を唇へと運び、
「……うええぇ……不味いですぅ」
「……吸血種として、如何なものでしょうね、血が不味いなどとは」
アンティカが整った顔を歪めて不快げに呟くと、クリシュナはやや呆れながら訊ねる。
「仕方ないのです……私は甘くてフワリと良い香りのする、乙女の血を好むだけですから!」
控え目な胸を反らして言い切るアンティカだったが、口の端からチロリと桃色の舌を覗かせて、
「でも、まぁ……たまには粗野で乱暴な匂いの殿方の血も、悪くはないのですぅ♪」
妖しく瞳を輝かせたその姿は、やはり間違い無く吸血種の本性なのだろう。そう結論付けたクリシュナは不意に感じられた独特の波動に気付き、首を回らせて上空を見る。すると遙か彼方に双胴型の巨大な艦影が見えた。
随分離れた場所を航行しているのに、はっきりと見えるその姿と、独特の腹に響く飛行音……グロリアス国が所有する殲滅型の巨大な飛空艦だった。
「……戦闘速度では有りませんね。随伴艇が見当たらない所を見ると、作戦中では無く、示威行為か前線視察の武官が乗っているのでしょう」
「アレはクィーン・オブ・グロリアーナですわ……緋色の艦橋が中央に鎮座してますからねぇ。きっとこれ見よがしに若作りした火トカゲが乗っている筈でしょうねぇ」
艦影で目敏く敵国の艦船と理解し推測するクリシュナだったが、傍で背伸びしながら手で日射しを遮り眺めるアンティカが、詳しく説明すると少しだけ驚き、
「随分と物知りですね、アンティカさんは乗った事が有るんですか?」
「……さぁ、どうなんでしょうか? さて、クリシュナさん! そろそろ進みませんか? たまにはキチンとしたお部屋で休まないと、髪が傷みますわよ?」
フフフ……と、意味有り気に笑いながら、アンティカはクリシュナを促す。
それはまるで、不都合な話に無理矢理蓋をするようにも思えたが、結局言及する事は無かった。
次回も宜しくお願いします。