④遅いぞ、バカ野郎。
明けましておめでとうございます。
不意に姿を現したパムに、ホーリィは一瞬だけ目を見張ったが、直ぐに何時もの調子を取り戻して切り返す。
「あんだよっ!! 今まで何処に行ってやがったんだ!?」
【それはコッチの台詞よ!? アンタが変な称号貰ってから、全然コッチの声が伝わらなくなるし、アンタから魔力が供給されなくなったから大変だったのよ!!】
売り言葉に買い言葉で言い合う二人だったが、ホーリィよりも小さなパムの方が言いたい事が溜まり切っていたようで、一度口を開き始めたら止まらなくなる。姿が現せなくなった後、どれだけ心細かったか、どれ程ホーリィが心配だったか、そしてやっと姿を現せるようになったかと思えば捕まってしまうし、散々だったと愚痴を零すパム。そして、怒りも治まったかに見えたのだが、少し色合いを変えながら彼女の愚痴は続いた。
【……まぁ、まだまだ言いたい事は山程あるけどさ……アンタはねぇ……悩んだり考えたりするよーな柄じゃないわよ!? 何時だってエロい事ばっか言って、下らない事ばっか考えて……強そうなヤツをバシバシぶっ殺す脳筋おバカじゃん!!】
「……ひでぇ言い方だなぁ……ワタシだってたまにゃ、考えたりすっぞ?」
パムの言葉に顔をしかめつつ、反論を試みてみたものの、彼女の勢いは止まる事は無かった。
【あのさぁ……この際言わせてもらうわっ!! あのエリって娘が絡んで来た時から、薄々感じてたんでしょうにっ!! 自分がホントは誰かの影武者みたいな存在なんだってさ……】
そう断じながら、しかし自らの言葉が果たして自分自身の思考から生み出されている物なのか自信の持てないまま、尚もパムの言葉が続く。
【……でも、だからなのよ!! アンタはそう思っていても、一生懸命になって目の前に現れた相手を……情け容赦無くぶん殴ってきたじゃん!! それってさ……生きたいから、死にたくないから……じゃないの?】
ちっぽけで曖昧な存在のパムだったが、必死になって自分を引き戻そうと懸命になって、言葉の限りを尽くしてホーリィに語り掛ける。
【……つまりそれってさ! 自分の事が大切じゃなければ出来ない事でしょ? それだけじゃないよ……アンタの仲間だって、アンタが居なくなったら、きっと嫌だよ!?】
「そ、そりゃそうかも知れないけどさ……」
【だから!! それでいーじゃん!! 私達やみんなが《誰かが何かの為に作り出したモノ》だったとしてもさ……私もアンタが必要だから……心配だってするしさ……それで、いーんじゃないの?】
思い起こす人々の顔が浮かぶ度、ホーリィの中で燻っていた心の疼きが俄に沸き上がり、次第に大きく渦巻きながら彼女を鼓舞していく。
そうした感情の起伏はパムにも感じられたらしく、今までの怒りの表情は和らぎ、次第に落ち着きを取り戻しながら、不意に何かを思い出したようで、
【まぁ……判ればいいんだけどさ。ねぇ、それはともかく、アンタは私と契約した時に言ってた事、忘れてないでしょーね?】
「はあぁ!? そ、そんな昔の事なんかいちいち覚えてねぇけど……何か言ったっけ?」
本当に忘れていたホーリィに、パムは心底呆れながら情け無さそうに眉をしかめつつ、
【ホントーにッ! ……アンタってマジで最低ね……『バンバンぶっ殺しまくってガンガン稼いでジャンジャン飲みまくってやる』って言ってたのよ!? サイテーで最悪な宣言よ、ホントーにさ……】
そう言うと、ほんの少しだけ勢いを削ぎながら、
【……だからさ、今はそーすればいーじゃん……どーせアンタの頭じゃ難しい事なんか考えたって判りゃしないんだから!!】
最後はやっぱり、ほんの少しだけホーリィを貶しつつ、言葉を締め括るパムだった。
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そうして狭い檻の中で、天井を眺めながらパムの言葉に耳を傾けていたホーリィは、その間、じっとして身動きせず聞き続けていた。
だが、パムの最後の言葉を聞いた後、横たわったままの彼女が不意に足を振り上げて首だけで体を支えると、ガバッと天井ギリギリまで頭を振り上げながら一気に身体を起こして立ち上がり、
「……そーだよなぁ……ワタシはワタシ……ホランド・エルメンタリアっつー男がくたばり損なって、何だかんだで女になっちまって、今はこーやって生きてる訳だしな……」
首をコキコキと鳴らしながら回して解すと、深く深く、大きく息を吐き出す。
…… は あ あ あ あ あ ぁ …… …… 、
っ、と吐き出して息を止め、そして大きく、ゆっくりと吸い込みながら、両手を緩やかに突き出して柔らかく触れさせて輪を作り、小さな気の巡りを生み出す。
その流れは次第に脈動を伴いながら勢いを増して、そして更に速く更に力を孕みながらみるみる増幅し、身体中を巡る無限を作り出す。
「……おしっ!! 姉御から教わった事は忘れてねぇみてぇだな……まー、この身体にゃ嫌って程に染み付いてっかんな!!」
気を詰めて身体強化の基本を繰りながら、ホーリィは一人、満足げに微笑む。だが、いつも手にしてきた双剣が手元に無い事実にほんの少しだけ、心細さを感じていたが。
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「……しっかし、なんで俺がお馬さんをこーやって操んなきゃなんねーんだろかね……」
自ら【ビートキング】と名乗った彼はそう呟きながら、しかし真面目に手綱を握り締めて器用に馬車を操っていた。
前線に現れるであろうホーリィを追う恵利、そして既知の間柄の友梨と行動を共にする事になった彼だったが、その思惑は二人とは違っていた。
彼にとってホーリィとの邂逅はさして問題では無かった。それよりも重要な事は、この【ギルティ・オーバー】のNPC達が脇役としての無機質なキャラクターでなく、まるで血の通う人間臭さを帯びて動き回っている事の理由を知る為だった。
彼のホームグランドであるVRゲーム【マギ・ストライク】のNPC達は、あくまで人間が操作するキャラの引き立て役であって、例えば度々姿を見せてはわざと怒りを誘うような行動を取り、最後は討ち取られて終わるのが精々なのだが、この世界の住人達は全く異なり、傍目から見ていても自分達と見分けが付かない程だった。実際に行きずりの女性キャラに声を掛けてみた彼は、その女性を人が操っていたのか、はたまたAIが操作していたのか区別が付かなかったのだ。
どんなゲームでも、リアリティを追求すれば部分的に手を抜く箇所も現れる。【マギ・ストライク】ではNPC達が出番を終えて舞台裏に戻ると、突然姿を消してしまう事も暫し見受けられ、多くの住人が居る筈の街でも一歩裏路地に入ると閑散としていて拍子抜けする事も有った。
だが、【ギルティ・オーバー】の世界は違っていた。何となく入った酒場で同席した男性とゲームと無関係な世間話をしてみた時は、「結婚するなら年下か年上か」で白熱した論議になり、周囲を巻き込む程に盛り上がったそうだ。……まぁ、それはともかく、
(……なんなら、行き着く所まで進んで、この世界の主神とか言う奴と面談してみるって方法もあるか……?)
伝え聞いた噂では、何らかの条件を満たすと【ギルティ・オーバー】を統治している設定の神らしき者が現れるらしい。しかし、彼はあくまでも『ゲーマー』である……それも重症の。
手綱を握り締める力を強めながら、彼はニンマリと微笑む。
(……まぁ、どーでもいいか。邪魔な奴は全殴りでブッ飛ばせば済むってもんさ……♪)
上機嫌でタバコを取り出して火を点け深々と吸い込み、紫煙を吐きながらそう思う彼の背後から、
「……臭いからタバコ吸わないでよね!! ……バーチャルだって匂いは再現されるんだから……」
友梨の苦言を他所に、暫くタバコを燻らせていたが、前方に夕闇に浮かぶ街が見えてきたので吸い殻を弾くと豪拳で消し飛ばしてから、馬の手綱を一振りした。
今年も宜しくです!