③女王の思惑。
女王グロリアーナ回です。
グロリアーナは前線から離れた場所に着陸した旗艦まで戻り、出迎えの近衛兵と共に昇降段に向かう。
「……殿下、わざわざ御足労頂かなくとも我が出向いて検分すれば、事足りたのでは」
「アルマ、【生命吸収】を知っておるか?」
昇降段を登り終えたグロリアーナへ、苦々しい顔で進言する初老の男性に彼女は耳慣れぬ言葉を投げ掛ける。
「……一部の怨霊が生者から生命を啜る、汚れた行為と存じていますが……まさか、先程の者が……?」
まるで目の前にその怨霊が居るかのように、声を潜めて訊ねるアルマだったが、グロリアーナは意に介さず悠然と微笑んでから、
「ほほ……生身の人間が為したのならば、それは最早、人では無いぞ? 孤の見立てでは……自ら魔剣を取り込んだのか、それとも魔剣に取り憑かれたのかは判らぬ。しかし……あれ程の戦い振りにも関わらず、あれは一度として《身体強化》を用いらぬまま戦い抜いたのじゃぞ?」
そう告げながら、アルマが差し出す薄い羽織り物を肩から掛けて、真紅のドレスを靡かせながら女王専用の通路を抜けて、艦橋に繋がる執務室へ辿り着く。
「……のぅ、アルマよ。孤は思うのじゃ……」
自らの玉座に腰を下ろし、再び煙管を取り出すグロリアーナの脇に控えたアルマが、無言のまま女王に頷くのを視野の端で確かめつつ、紫煙を燻らせてから、
「……、魔剣に魔導、異界から訪れる世の理から外れた者共……終わりの無い戦さ。孤だけではない、余りにも常人離れした力を持った者共が溢れるこの世界。一体どのような思惑の元に神々は世を創造したのか……とな」
頭上に消え行く紫煙を目で追いながら、女王の独白が続く。
「あの者は……間違い無くホーリィ・エルメンタリアじゃろうな。じゃが、今は痴れ者と化しておる」
「……お言葉で御座いますが、そのような者を殿下は何故に拘るのでしょうか」
白髪混じりの髪を撫で付けたアルマは、静かな口調で女王に問い掛ける。彼の語調に僅かな非難を感じ取り、小さく鼻先で嗤いながら、
「そう断じるでないぞ? あれは真に良う斬れる刀じゃ。しかも、まだ若い上に世俗にも疎く、擦り込み次第で如何様にも変わろう」
愉しげに論じながら、煙管から灰を傍の灰皿へと落とすと、アルマが音も立てずに手に取りいつの間にか現れた侍者に手渡して、小さく溜め息を吐いてから、
「……畏まりました。殿下の意のままに」
そう告げてから一礼した後、踵を返して玉座の間から退室する。
(……もし、孤と同じように知り得た者で有るならば……是が非でも手に入れておきたい駒じゃ)
グロリアーナは大きな窓一面に広がる、夕陽に染まる空を眺めつつ、想いを馳せる。
いつもならば退屈な前線視察が、思わぬ結果を導いた事に満足げに微笑みながら、玉座に深く身を預けた。
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ガタガタと揺れる馬車の荷台に据えられた檻の中で、ホーリィは目を覚ました。
身を起こし座り直して、飛び飛びの記憶の切れ端を繋ぎ合わせながら、麻布の隙間から僅かに見える周囲の景色に見覚えは無く、そして今の状況から推測し、自らが自陣から遥か離れた敵地にて捕縛されたらしいと察しつつ、脱力しながら床に再び横たわった。
(……判らねぇ……全然、判らねぇや)
天板を眺めながら、自らの手を幾度か握り、そして離してを繰り返す。
小さく細い指先は、彼女の意のままに動く。当然の事で有りながら、ホーリィは力を求めて聞き覚えの無い声に応えて以来、その当たり前の事が疑わしく思えてならなかった。
自らの肩書が《戦場令嬢》へと変化した瞬間、ホーリィは世界の裏側に潜む秘密を垣間見て、心を激しく揺さぶられて、自我を失った。
(……あの時、ワタシは身体から抜け出して空をぶっ飛んで……空の上のもっと上まで行って……)
思い出せる光景は、立ち並ぶ黒い石板が林立する奇怪な景色と、そこに居た見慣れぬ服を着た男が眺める奇妙な箱に映された自らの姿。そして……その男が呟いた言葉。
【……やっと仕上がったぜ……これで八回目のホーリィが完成か……今度こそ上手く動いてくれよ?】
男が呟いた後、箱に映される自分の姿と、身体から抜け出した筈の自らの意思が同調した瞬間、ホーリィの脳内に夥しい情報の奔流が侵食していった。
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【……う、うぅ……】
【うあああはああああああああぁ……っ!!】
【……お母さんッ!? そ、そんな……病気で死んだって……】
【……知らないのに……そんな小さな頃の事なんか知らねぇって!!】
【……違う違う違う違うぅううう……うぅ……知りたくないッ!!】
【知りたくない知りたくない知りたくない知りたくない知りたくない知りたくない知りたくないぃ!!!】
【……ワタシは生まれた時から人間だッ!! 魔導人形みてぇな操り人形じゃねぇっ!!!】
【……止めろよぉ……止めて呉れッ!! 知りたくない知りたくない知りたくない知りたくない知りたくない知りたくないぃ!!!】
【……止めろ…………】
【…………】
【……ホーリィさん……どうしたんですか?】
混乱の極みに在ったホーリィは、肩を叩かれた瞬間……見知った筈のバマツにさえ、恐怖を覚えた。
(見るな……見ないでくれッ!! ……ワタシは、もう……お前の知ってるホーリィなんかじゃない……)
(……誰かが作り出した、誰かの代わりの……身代わりの……存在なんだ……)
……そう、思った時には彼の手を払い除けて、後ろを振り返る事なく走り出していた。
ただ、ひたすら……追い縋る幻の自分から逃げ出そうとするように、見えない筈の何者かの手から、逃げる為に……。
……それから、今居るこの場所に辿り着くまでの記憶は、断片的にしか覚えていない。
フラフラと歩く内、敵兵士に囲まれて茂みに引き摺られて行き、性欲の捌け口になりかけた瞬間、相手の局部を噛み砕き血塗れのまま動く者を全て殺し尽くした。だが、小間切れの断片的な事のみしか覚えていず、果たして自らが単独で行ったのか、確証は無かった。
今までのように、仲間が居れば彼等の言動や行動が記憶の区切りになっただろうが、単独のまま曖昧な記憶の断片しか覚えていない今は、どれが真実で、どれが偽りの記憶なのか……判断は出来なかった。
夕闇が訪れて、自らの記憶に確証が持てぬまま……再び自我の殻に埋没しようとしたその時、耳に馴染んだ懐かしく甲高い声が彼女を呼び覚ました。
【……もう!! 何回も呼んでたのに……やっと気付くとか信じらんないよ!】
……それは【剣の妖精】のパムの声だった。
それではまた次回も宜しくお願い致します!