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悪業淫女《バッドカルマ・ビッチ》  作者: 稲村某(@inamurabow)
第二章・ワタシはワタシ?
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②エサと捕食者。

正体不明、そして。



 「……な、何だコイツッ!? 瞬間移動しやがった!!」


 狼狽うろたえる兵士の言葉が聞こえたのか、一瞬だけ戸惑いの表情を浮かべたものの、直ぐに表情は消え失せてしまう。そして女は武器を持たぬまま、目の前の相手に肉薄する。


 余りにも接近し過ぎ、戦闘礼装の間から白く伸びた脚が相手の股の間に入り、自らの胸を相手の腹に預けるような姿勢になる


 「どけッ!! いつまでも戯れてると道連れになるぞ!!」

 「す、好きで付いてる訳じゃねぇよ!! この女が離れないんだッ!!」


 他人から見ると、若く小柄な女性と絡み合うようにも見えて、背後に居た仲間から怒鳴られたものの、当の本人はそれどころではなかった。長槍では埒が開かず、止む無く腰の長剣に手を伸ばそうとした刹那、


 がりゅっ、と鈍い音が響き、脇腹に掌大の穴が突然開いたのだ。


 「ぐっ!? な、何が起きて……ッ!?」


 鎧ごと腹部がごっそりと欠落した兵士は、戸惑いながら意識を失い膝から崩れる。だが、それはこれから始まる虐殺の幕開けに過ぎなかった。




 細く弱々しい指先から血の雫を滴らせつつ、手にした肉片と鎧の断片をしげしげと眺めていた女は、感情の欠片も現れぬ顔をじわじわと変化させていく。


 く、ふ……ふふ、くふふ……ふひゃひゃひゃひゃひゃ……あはははははははははッ!!!




 唐突に狂ったような笑い声を上げた後、女は破顔一笑しながら、何かを悟ったように頷き、そして周りを見回してから言葉を紡いだ。


 「あー、そっか……ワタシ、こういう事が出来るんだぁ……あはは♪」


 ひひゅん、と風鳴りの音と共に身を翻し、背後に居た兵士の懐に入ると同時にしゃがみ込み、両手を地に付けながら大胆に開脚廻し蹴りを繰り出す。しかし相手の脚部は頑丈な鎧の装甲に覆われている上に、体格も遥かに上回っている。傍目から見ても何も起こる筈も無い事は明白である……が、


 ぼきゅっ、と鈍い音を響かせながら、女の足が兵士の(くるぶし)を打ち砕き、犠牲になった兵は巨大な槌で殴られたかのように身体を回転させながら倒れるが、女は更に追い打ちを掛ける。


 目にも鮮やかな後転宙返りで倒れる兵士の脇腹を捉えると、藁人形を蹴り上げるように舞い上げて浮かし、そして仕上げとばかりに片足立ちで狙いを定め、


 「 と ん で け ぇ え え ぇ ー ッ ! ! 」


 ごぱっ、と硬い物を砕く音と共に、振り回した足先が落下する兵士を捉えると、腹部に直撃を受けた肉体に衝撃波が伝わり、目と口、そして耳や鼻から血と脳の飛沫を噴出させながら背後の兵士を巻き添えにし、無惨な姿を晒しながら絶命させる。



 次々と繰り広げられる徒手空拳の殺戮劇は、先刻までの楽観的で他人事のように眺めていた兵士達へ強烈な印象を刻み込みながら、


 (……このままじゃ……次は俺が狙われるかもしれない!!)


 そう思わせるだけの説得力に満ちていた。そう、それは肉食獣と同じ空間に押し込められた人類共通の【恐れ】を彷彿させる、原初の記憶を呼び覚ます程に。




 しかし、逃げ出そうと踵を返した一人の若者の前に立った女の取った行動は、彼に戸惑いを与えた。その指先は今までの破滅をもたらす接触とは違い、柔らかく、そして撫でる程度の触れ方だったのだ。


 ふわり、と掌を胸元に押し当てられて、鎧越しに女の体温を幻視したのも束の間、突然全身の力が抜け、逃げる事も反撃する事も出来なくなっていた。


 一体何が起きたのか、と思う間も無く脱力感が倍加し、全身に力が入らない。やっとの事で相手の目を見て…… 全てを悟った。自分はこの女に……魂を吸い取られている、と。


 標的にされた若者が仰向けに倒れるまでの一瞬で、彼以外に何が起きているのかを理解出来た者は一人も居なかった。ただ、女に触れられた兵士が、突然倒れたようにしか見えなかったのだ。


 「くそ……精神操作系の魔導か!? 距離を保って包囲しろ!!」


 交代した指揮官に代わり、下士官が周囲の兵士に指示を出しながら懐に手を入れて、小さな護符を取り出す。白い紙に包まれた筒状のそれを手で割って、中身を女の足元に投げ付ける。


 護符は瞬時に光の破片と化し、螺旋状に広がりながら女の周囲を舞い上がり、小規模な結界を形作る。短時間だが対象者の魔力を光の粒子が拡散させて、効果を発揮出来なくさせる物である。


 女は自らを取り囲む兵達と、新たに施された魔封じの結界を虚な眼差しで眺めていたが、槍が再び燦きながら四肢を狙って突き出された瞬間、


 「……そんなモノささったら、死んじゃうじゃん……()()()()()()……」


 危機感の欠片も感じられない語調で断じながら、左右の槍に向かって無造作に手を振り向ける。そうして穂先の付け根に手刀を叩き付けると、きん、と小気味良く澄んだ音を響かせながら穂先が地面へと落下する。


 「ば、馬鹿な……鋼の柄を素手で切り落とすなんて……」


 先を切り落とされた槍を投げ捨てながら後退する者に代わり、新たな兵が女を狙って次々と突き出すのだが、手刀や肘、時には膝や踵で合わせる度に槍は無力化されていく。被害こそ未だ軽微であり、兵士達は現場を仕切る上官からの指示に従い、手を休めずに女を捕らえようと前後左右から攻撃を繰り返し続ける。



 だが、終わりの見えない状況に終止符を打ったのは、やはり女の方だった。


 「……ふわああぁ……つまんないや、こんなの……もう、終わりにしよっと」


 欠伸しながら間延びした言葉を吐いて、女は両手を打ち鳴らす。


 ぱんっ、と乾いた音が鳴った瞬間、彼女に絡み付いていた光の粒子が吹き飛ばされて、砂塵が舞うように辺りに飛び散って消える。それを合図に軽やかな足取りで進むと爆発的な踏み込みに移行し、宙を舞いながら包囲する兵士のど真ん中に着地すると、無造作に一人の兵士の顔面を平手打ちした。


 ぱんっ。


 兜越しに頭部を叩いただけである。打たれた者は痛みすら感じる事も無いだろうが、生身の平手打ちにしては奇妙な打撃音が生じ、打たれた兵士は暫し動きを止めていたが、


 ぶばっ、と血潮を兜の開口部から噴出させて、糸の切れた人形のように倒れる。殴打された兵士の鎧から夥しい血が溢れて地面に広がる中、女は更に新たな犠牲者を生み出す為に動き出す。




 突き出される槍を掴み引き寄せて、手繰り寄せながら懐に飛び込み掌底を鎧の中央に捻り込む。べごん、と歪な音と共にひしゃげる鎧の中で内臓を破壊されて吐血し、一人が倒れ、


 槍から持ち替えたであろう長剣で斬り付けられて、無造作に刃を掴み拘束しながら乱暴に前蹴りを見舞うと、蹴られた者は鎧越しに心臓を砕かれたのか胸を抑えて膝を突き、泡を吹き出し身体を震わせながらやがて動かなくなり、


 今しがた仲間を蹴り殺したばかりの女の背後から、袈裟懸けに斬り付けた兵士は躱す動きを認める間も無く兜を掴まれ、細く束ねられた指先で眉間を貫かれて死を迎える。



 もう、女を止める手立ては無い。


 そう、誰もが思った瞬間、女の背後から意図せぬ声が耳を打つ。



 「……強いな。しかし、やり過ぎたな……だから、()()()()()()()



 女が振り向こうと首を(めぐ)らせた瞬間、白い首筋に手を当てられて、一瞬で意識に幕が掛かり、そのままの姿勢で後ろ向きに倒れてしまう。





 「全く……随分と暴れてくれる。妾がこうして居なければ……全滅していたぞ? さぁ、すぐに立て直せ」


 戦場に似つかわしく無い涼やかな声が、突然の来訪に唖然としていた兵士達を再び動かすと同時に、足元に横たわる女を一瞥してから、


 「今まで散々と偽者ばかり掴まされて、諦めかけた矢先に出くわすとは……蜃気楼か何かかのぅ?」


 懐から煙管を取り出すと、無言で咥えながら爪を弾き、無詠唱で火を点けて喫煙し、



 「…………じゃが、また偽者かもしれぬし、のぅ……」


 言葉と共に紫煙を吐き出しながら、口角を吊り上げる。




 (……しかし、この女……魔剣と一体になっておるか……面妖な)


 遅れて現れた御付きの者が羽織らせるコートに袖を通しながら、グロリアーナは幾度目かの検分を行う為、女を檻に入れるよう下命する。




 その後、犠牲者と血痕は運びそして埋められて、痕跡は全て綺麗に消え去っていた。






やっと名前持ちのキャラが……と思ったら、作者もまだ出す気が無かった人が。それではまた次回も宜しくお願い致します。

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