⑨ホーリィの爪痕。
間が空いてしまいましたが、更新致します。
「……しっかしお前も懲りねぇよなぁ!! あんな奴なんざほっときゃいーのによぉ!!」
「ウルサイわね……アンタには関係無いでしょ?」
馬車の荷台に乗り込むと、ドカッと長椅子に腰を降ろすと同時に足を投げ出し、目の前に座った友梨に向かって手を振りながら【ビートキング】は呆れた様子で吐き捨て、カチンときたのか無表情で返す友梨。
「……あ、あの……ビートさんもホーリィの事知ってるんですか?」
「ビートッ!? ソコで切んなよ!! ……あー、まぁいっか……」
調子が狂ったのか、ガシガシと頭を掻きながら恵利に応じつつ、彼は懐に手を入れてタバコを取り出し、指先から器用に火花を散らして火を着け煙を吸い込みながら、
「……知ってるも何も……そいつとオフで顔合わせる度に、しょっちゅう聞かされてんだぜ? 負けやしなかったけど次は絶対勝つ!! ってよ〜」
「そんな言い方しないでよ!? ま、まぁ……確かに、この前飲んでた時に愚痴ったかもしれないけどさ……」
そんな二人のやり取りを見て、恵利は(……何だか二人とも仲良さそうだなぁ)等と思いながら、
「あの、ビートさんはホーリィが強い方だと思いますか?」
そう聞いてみると、彼は仰々しく両手を広げながら、
「ああ!? アイツが強いかって? 知るかンなもん!! だって奴はAIが操ってるNPCなんだぜ!? マトモなゲームなら只の引き立て役の筈なのに、並居るPCを全力でフルボッコにしちまうし、やりたい放題じゃねーか!!」
そう言いながら火の付いたままのタバコを宙に放り投げ、パシンと握り締めてから手を離し、
「……まぁ、強えぇよ、確かに……な。友梨だって、伊達にランカーじゃねぇんだ……なぁ、恵利ちゃんだっけか? ウチんとこの【マギ・ストライク】ってゲームは『報奨金システム』ってんのがあってよ? 報酬ポイントやイベント達成でランキング付けして、上位ランカーへ箔付けしてんだよ」
パラパラとタバコの破片を手から落とし、パンパンと手を打ち合わせてから馬車の幌を見上げて、
「……まぁ、俺も始めっから上手かった訳じゃねーし、【マギ・ストライク】がeスポーツに対応化した後に始めたから、代表枠狙いの連中から狙い撃ちされたけどよ……ま、今じゃ楽勝で返り討ちだけどよ?」
その独白から暫し、沈黙が続いた後、ふと気になったらしく無言のまま左右を見回してから、
「……そーいや、この馬車、全然走り出す気配がねーんだが、いつになったら走り出すんだ?」
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(雰囲気が変わった、と言うよりも、感情の起伏に変化が起きた、と言った方が当て嵌まるでしょうねぇ)
そう思いながら、アンティカはクリシュナの背中を見る。
今までは時折、情動的な態度も多々見られたが、前回の戦闘以来、そうした起伏は全く見えなかった。最早別人だと思える程に。
精神的支柱だったホーリィと言う存在が居なくなってから、やや不安定気味の精神が極端な方向に振り切れてしまっているように思えるのだが、果たしてどうなのか。
コートの襟を高く上げて、目の前に広がる死屍累々の光景を無言で見ていたクリシュナは、ただ一言だけ、呟く。
「……これを、御姉様一人で成されたのですか……」
駅馬車を乗り継ぎ、帝国が支配する地域から次第に離れ、最前線へと向かう道すがら、名も無い丘に駐留していた歩兵隊の後に付き、距離を保ちながら様子を窺っていたのだが、部隊が窪地に現れた合戦跡を検分している場で、クリシュナは自らの立場を明らかにしつつ状況を確認しようと試みた。
「……あ、ああ……たぶん、な。ホーリィ・エルメンタリアが単独でやったのかは判らないが、生き残りの話では此処に居たのは確からしい。但し、この方面に展開していた帝国軍部隊は……我々だけだ」
一人の士官がクリシュナの脇で説明し、それを襟から鼻と目だけ覗かせた彼女は肯首しつつ聞いている。その視線は無残に斬り散らされた死体から、ゆっくりと後ろへ動かされ、
「最後に見受けられた四方剣は、持っていなかったそうです。このような殺戮が出来るのでしょうか?」
「出来ますわよぉ〜? だって、あれは【魔剣】なんですから、同化が進んで一体化されていれば、難無く出来る所業で御座いますわぁ〜♪」
アンティカは答えながら、切なそうに右手の親指を噛みつつ、
「……それにしても、何と素敵な光景なんでしょう!!」
暫しの間、眼を瞑って想いに耽り、やがて眼を開くと両手を広げながら気持ち良さげに深呼吸し、
「……ああ、何と甘くて切ない薫り!! 嫋やかな死が満ち溢れて、胸が張り裂けそう!!」
そう言うと、歓喜の表情を浮かべながら、まだ死して間も無い亡骸を跨ぎ越し、美しい花園に足を踏み入れるよう歩を進めて行く。
捻り切られて苦悶の表情のまま放置された生首を手に取ると、クスクスと笑いながら髪の毛を梳かして整えてから傍に転がる身体に載せ、くるりと身を翻しクリシュナへと手を振りながら、
「ご覧になって! ほらほら此方の御遺体なんて、背骨を掴んで引き抜かれてますわよ? 生半な身体強化では出来ませんわぁ♪」
まるで咲き乱れる花々を愛でるように、一体一体を眺めて周るアンティカの姿に、士官の男は口元を手で覆いながら、
「……な、何なんですか……あの娘は……あれで正気なんですか!?」
「御心配には及びませんよ? ああ見えてアレは【血族】ですから、戦場に転がる亡骸なぞ庭木に等しい存在でしょう」
素っ気無く言い放つクリシュナに、同様の薄寒さを感じた彼は目線を逸らして言葉を濁しながら、
「……そうですか……では、我々は後退しますが、お二人は如何なさいますか? 宜しければ共に……」
「ご心配には及びません。私もアレも、最前線を目指して進みます。それでは無事の御帰還をお祈り致します」
気遣う士官の申し出をやんわりと断りつつ、軽く会釈して踵を返すと、
「アンティカさん、御姉様はもう此処には居ませんから、先を急ぐとしましょう」
そう言いながら士官の脇を抜けて、惨状に茫然自失の偽ホーリィへと近付いてから、
「さて、私達はグロリアスの領地を目指します。貴女はどうなされますか?」
「わっ!? う、うんと……い、一緒に行くけど?」
言葉に詰まりながらもハッキリと答える様子に意外そうにしながら、
「……何故ですか? このまま進んでも、貴女に利が有るとは思えませんが」
「そんな事無いから……だって、ホーリィ・エルメンタリアは何時だって最前線で戦ってるんだから、当たり前じゃない?」
「……そうですね、確かに……そう。御姉様ならば、必ずそう成さいますね」
口許を隠したまま、クリシュナは呟いて、嬉しそうに眼を細めた。
(……私と相見えるまで、ご無事で居てくださいませ)
白いコートを翻し、跳ねるように駆け寄るアンティカの姿を捉えつつ、心の中でクリシュナは祈る。
(……必ずや、私が御姉様を討ち取って差し上げますから)
しかしそれは、狙った獲物を喰らう為に追い縋る、猛獣の如き執念が生み出した祈りだった。
そろそろホーリィさんを出します。御感想お待ちしてます!




