⑦恵利と友梨。
タイトルだけだと百合だな。しかし違う。
馭者を失った馬車は、まだ速度を落とさずに進み続けていた。
恵利はそっと残された足を横に倒すように退けてから、ヒラヒラと棚引く手綱を手に取ってから暫く考えて、
「……友梨さん、乗馬とかした事有ります?」
「そんなの有る訳ないでしょ……【騎馬操作】のスキルみたいなの持ってないの?」
当然のように返されて、取り敢えず(……止める時は両方いっぺんに引っ張れば止まりそうだけど……)と以前見た映像の中で、馬車を御す人の姿を思い出しながら前方を見る。
すると、かなり前方の道の真ん中に、大柄な何者かが蹲って抱え込んだ物を前肢で押さえ込みながら、がつがつと噛み付いていた。
「……残念だけど、馭者は助けようが無いみたいね」
「判ってます……それに、アイツも満足して帰りそうにも見えないし……」
恵利が手綱を左右同時に引き付けて馬車を停めるのと、前方の何者かが獲物の臓腑を喰い尽くし、新たな餌を漁ろうと顔を上げたのは同時だった。
「キモいわね……ああ言う奴は【ギルティ・オーバー】では普通に出てくるの?」
「まさかっ!? 私もあんな奴は見た事無いですから!!」
二人が話す間に、その化け物は自らに近付いて来た駅馬車の方へ威嚇の叫びを発しながら、手にしていた馭者の死体を投げ棄ててゆっくりと動き出した。
見た目は胴の長い蛙、といった姿だが、長い手をだらりと垂らしながら後ろ足で立ち上がって歩き始める。両棲類特有の薄い皮膜とは欠け離れた細かい鱗に覆われた筋肉質の身体で、何より異様さを際立たせていたのが、感情の類いを一切感じさせない虚ろな眼の上から生えている、一対の捻れて長く伸びた角だった。
「うーん、ツノガエルって言ったらもう少し愛嬌の有る顔だけど……口に牙が生えてるから全然可愛く見えないね……」
「イヤだなぁ……私、ああ言う化け物っぽい奴とは戦った事無いし……」
気味悪そうに駅馬車から降りる恵利を尻目に、そんな皮肉を言いながら友梨は双眼ゴーグルとマスクを装着し、前に出る。
「【マギ・ストライク】じゃ、魔物退治は普通に起きるイベントよ……ただ、リアルさはココとは比較にならないけどね……」
綺麗に頭部から腹腔まで喰い尽くされた死体を視界に入れないようにしながら、友梨は背嚢から見慣れぬ小さな拳銃二挺を取り出し、更に細い給弾ベルトを引き出して握りの下へと装着する。
「うわっ? 何だか凶悪な装備じゃないですか……そんなモノまで【マギ・ストライク】って有るんですか?」
「……ん……これ……? 転移イベント参加時の配布アイテムの【無質量化ポーチ】って、好きなアイテムを三つまで入れられるのが有って、そこに『給弾ベルト』『弾薬9999発』『22mmフルオート・ハンドガン』を入れてあるだけ……誰もやらないけど、そのうちパッチ貼られて対策されちゃうかもね」
ジャコッ、と拳銃のスライドを各々引いて装弾を終えた瞬間、目の前の化け物が勢い良く友梨に向かって跳躍した。
重い質量の物体が着地する衝撃が恵利に伝わると同時に、巨大な顎を瞬時に閉ざした化け物が一瞬動きを止め、道の側方に向かって顔を向けて再び威嚇の凶声を上げようと口を開いた瞬間、
「あれだけ食べてもまた腹ペコなら、好きなだけ鉛玉を食べさせてやるよ」
耳をつんざく強烈な発射音を絶え間無く轟かせながら、友梨の両手に握られた二挺の改造拳銃が長いマズルフラッシュを発し、無数の弾丸を化け物の口中目掛けて発射する。
恐ろしい量の弾丸は、狙い過たず化け物の口へと撃ち込まれ、更に小さな爆発を伴い損傷を与え続け、瞬く間に化け物の眼と口の端から血を噴き出させる。その呆気ない死に方を油断無く眺めつつ、足元に転がる薬莢を踏み締めながら、
「……と、簡単に倒されるから、群れで獲物を狩るって訳なの……?」
マスクの中で溜め息混じりにそう呟き、林の向こう側から次々と奇怪な姿を晒す化け物達に、宣戦布告宜しく二挺拳銃を向け、
「……恵利さん、援護はするけど自分の身は自分で守って貰えたら嬉しいわね」
と、言ってから駅馬車を離れ、見通しの利く街道の真ん中へと走り始める。
「言われなくても……そうしますけどねッ!!」
応じながら恵利は、二刀の双剣を抜きながら身を低く構え、久々に行う【身体強化】の術式を発動させる。
《……巡れ、巡れ……春の息吹き……》
恵利は自らに課した【起動呪言】を発声し、緑色の光に染まりながら《身体安定》を具現化させる。
《……照らせ、照らせ……夏の日射し……》
続けて体内の経路を加速させて《筋力増強》へと繋げていく。その術式が放たれる度に身体を中心に、炎のように下から上へと視覚化された呪印が舞い上がり昇華していく。
《……揺らせ、揺らせ……秋の風……》
自由奔放な緑と赤の術式と異なり、紫色の《反射強化》の術式は恵利の身体を中心にしながら、ゆっくりと回転し放射される。群れ成す化物の爪先が踏み締めて枝を折る瞬間まで、鋭敏化した聴覚が拾い上げ、闇を見透す視線が相手の姿をくっきりと捉える。
《……降らせ、降らせ……冬の雪……》
最後に具現化される銀色の《精密動作》は小さな煌めきを伴いながら、恵利の頭上まで僅かに舞い上がり、そこからゆっくりと地上へと舞い降りる。効果を確かめる為に、指先に掛かる【ヨウ】と【ホト】を指間に巡らせながらクルクルと回し、最後は背後から頭上へと器用に回し投げ、宙を舞う二刀を弾くような勢いで受け止めた。
「……まぁ、こんなモンね。友梨さん、そっちはどう?」
「……いつも通りに『撃って当てて倒す』だけよ……」
……手にした二挺拳銃から、闇を切り裂く橙色の火炎を噴き出させながら、友梨は【笑いガンマン】と化して、湧き出すように出現する化け物目掛けて破砕弾の猛射を再開した。
最接近している蛙共に次々と着弾、直ぐに体内で小さな弾頭が極めて小規模な爆発を起こす。しかし数が数だけに、倒れて絶命する傍から新しい敵が群がるように現れる。
「……うむぅ、これは分隊支援火器じゃないと分が悪い……か?」
「友梨さんッ!! 前に出ますッ!!」
後退りながら交互に標的を撃つ友梨の背後から、恵利が双剣を揺らしながら前進し、前に立ち塞がる敵の目前まで軽く跳躍し、
「……邪魔するなッ!!」
逆手に握り締めた【ヨウ】を突き出して、化け蛙の顔面に叩き付ける。
ざぐっ、と突き刺さる脇からもう片方の【ホト】を振り払い、大きな目玉付近を斬り払う。黄色い脳髄を弾き飛ばしながら仰け反る相手を足蹴にして薙ぎ倒し、新たな相手へと歩を進めて噛み付こうと迫る真下から【ヨウ】を突き上げて顎を割り、よろめき前屈みになった瞬間、
「……飛んでけッ!!」
両手に双剣を握り締めたまま、全身をバネのように縮めながら諸手突きの要領で渾身の力を籠めて一気に突き出す。
《身体安定》と《筋力増加》、そして《精密動作》に因って、小さな身体からは想像も付かない程の膂力へと転化され爆発的な力を生み出し、体格的に大きく上回る相手を遥か後方へと飛ばす。
相手は絶命しながら四肢を振り回して宙を舞い、同類を巻き込みながら地面に転がる頃には、もはや原型を留めてはいなかった。
一瞬、相手の動きが止まったので、怯んで逃げ出すかと思った瞬間、威嚇の鳴き声と共に再び前に進み始め、恵利は思わず舌打ちしてしまう。
「……ちぇっ! 怖がらないとか、やっぱり頭ん中身はカエル並みだよなぁ……?」
だが、彼女の願いが通じたのか……押し寄せる化け蛙の最後尾に何か異変が生じたようで、漣のように動揺が走り、二人を放置し四方八方に算を乱して逃げ出し始めた。
「恵利サンがそんなに怖かった……訳、無いか……?」
「し、失礼な事を言わないでくださいッ!! ……でも、なんで……」
二人がそんな事を言う中、林の奥底から……封印を解かれた霊廟の風のように、禍々しさを孕んだ凍てつく冷気が迫り来る。
そんな最中、二人とは反対側に逃げ出した化け蛙の一匹が、げごっ、と踏みつけたような鳴き声を上げた瞬間、白い靄のようなモノが真上から降り立った。
犠牲になった化け蛙を組伏せたそれは、背後から馬乗りになり、掴んだ首をばきりと砕き折りながら引き抜くと、あろうことか細かく噛み砕く音を立てながら中身を啜り始めたのだ。
「うげぇ……ゲームとは言え、流石に何してるか想像もしたくないや……」
「……何なのよ、アイツは……」
二人が警戒する中、不快な食事を終えたものの満足に至らなかったようで、その何かは周囲を見回してから気配を察したのか、立ち上がってゆっくりと二人の方へ歩き出す。
【……モット、タベタイナ……オイシイモノ、タベタイナ……チョウダイ……チョウダイ……モット、チョウダイ……ッ!!】
ぞぞっ、と背筋が凍るような囁きを呟きながら動き出し、白い影が加速する。
「……ッ!? 【赤頭巾】!!」
友梨の言葉を耳にしつつ、恵利は逆手に持った双剣を交差させながら、前傾姿勢を崩さずに迎え討つ。
恵利の身体から新たな【身体強化】が放射されると共に、第二の戦いの火蓋が切って落とされた。
ではまた次回も宜しくお願い致します。