⑥二人で探す意味。
気付けば百話も超えていました。
……ジ、ジジ……と、僅かな実像のゆらぎを伴いながら迷彩服に身を包んだプレイヤーが薄暗い通路に出現し、足裏の感触を確かめるように一歩進んでから、ゆっくりとそして次第に歩みを早めて行く。
そのまま通路を進み行くと、吹き抜けになった大きな共通ホールへと辿り着き、中心に鎮座する水晶柱の四面に時計を取り付けた【待ち合いの場】を目指すと、すぐに『アクセスしているフレンドPCの現在地までナビゲートします』と頭の中に声が響き、水晶柱の下に腰掛けている女性の頭上に矢印が示された。
「……お待たせ。随分予定より先に着いてたんじゃない?」
「待たせるよりも待つ方が好きなんで……さ、行きましょう!」
立ち上がり出迎えた恵利とやって来た友梨は挨拶を交わしつつ、二人で一緒に歩き出す。
恵利はホーリィと瓜二つながらスカートとスパッツの女性的な装いの魔導人形仕様アバター、そして友梨はいつもと同じ、性差の目立ち難い赤い双眼ゴーグルを額に着けた迷彩服姿。やや背の高い友梨と恵利が並んで歩くとカップルのように……見えなくもなかった。
「それ、イベントで配られたタイプ……じゃないか……って、いやいやマジかよ! ……魔導人形のアバターなんて一度も見た事無いぞ?」
「友梨さんも良く見たら、色々細かく仕様が違うんですね……それ、秋迷彩って奴じゃないですか?」
「おっ! 知ってるんだ!! これって季節感が有ってさ……」
そうしてお互いのアバターを改めて確認しつつ、話しながら雑然としたロビーを抜けて、各箇所へ移動する為に設けられた転移門が並ぶ大きな部屋へと向かい、やがて【ギルティ・オーバー】の世界へと踏み出して行った。
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「……着いた……それにしても、ここ……どこ?」
「え? 恵利さんはこーやって来るのは初めて?」
二人は世界移動用の転移門を抜けて、帝国領内の街に降り立った。しかし、友梨はともかく恵利は到着すると同時に首を巡らせながら周囲を見回し、暫くその場で辺りを眺めていた。
恵利はその景色に見覚えは無く、一般的なゲーマーならば見慣れたスタート地点の筈なのだが、いつもはローレライ経由でやって来る事が多かった彼女にとっては全く未知の場所だった。
対して友梨は、目的地に向かう為のショートカットで良く利用している為、迷う事無く街の中心部に恵利を促し、多くの【自由兵】がたむろする界隈へと案内する為に歩き出した。
中堅都市の様相に映る街並みは、宿や商店が入る二階建ての建物が通りの両側に途切れる事も無く続き、この街が古くから移動する物資や人員を多く通過させて発展してきた事を物語っている。
そうした街並みのそこかしこを歩く人々には、腰や背中に武器の類いを提げた【自由兵】、つまりプレイヤーキャラが目立つ。中には友梨と同じ【マギ・ストライク】からの参加者を示す近未来的な兵装を身に付けた者も垣間見え、通りは混沌とした様相を呈していた。
「へぇ……こーやって見ると、帝国領内もゲーマーが沢山居るのね……」
「当たり前じゃない! 公称で常時一万のユーザーがアクセスしてんのよ? それも平日も深夜も関係無くね……」
「深夜もっ!? そ、そうなんだ……」
今までは只のバーチャルゲームだとしか認識していなかった恵利だが、環境や行動の再現度に定評有る人気ゲームならば、それだけのユーザーがいつも張り付いていておかしくはない。
しかし、それも仕様に因る訳で、一般普及レベルはともかく、痛覚レベル開放のハードモードとなるとユーザーも少なくなり、過去にプレイした【ジェノサイドモード】となると、ゲーム開発者か極めて一部のユーザーのみしかアクセスする事は無く、恵利はその違いを初めて知ったのだ。
「さて……前に来た時は、あんまり収穫も無かったけど……今回は違うのよねぇ♪」
「……えっ? な、何が違うんですか……!?」
ゴーグル越しにニヤッと笑う友梨に、思わず問い掛ける恵利だったが、その思惑を後で知った彼女は納得すると同時に、上手く担ぎ出されたと思ったのだ。
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「……おい、見ろよ……」「ああ、さっきの……」「同じ奴か……?」
ざわつく人の群れの中を二人は進み、街の外れに在る【イベント参加ユーザー】とは別に用意されている【在来者混乗馬車】乗り場へと近付くと、また別のざわめきに迎えられた。
「……ありゃっ!? さ、さっき出た馬車に……アンタ、乗って行かなかったのかい?」
停車場に居た人の良さそうな馬場係の男性が、恵利の顔を見た瞬間に驚きながら尋ねてくる。言われた恵利の方は勿論来たばかりで驚きながら、
「い、いえ……今しがた着いたばかりなんですけど……私に良く似たヒトだったんじゃないですか?」そう尋ね返す恵利に彼は、
「ふぅむ……それじゃ、別人だったって事かぁ……いや、前にもこんなことが有ったから……まさか二度も同じ事が起きるとはね……」
と、言いながら顎に手を当てつつ、しげしげと恵利の姿を確かめるように眺めていた。
「……ね? 早速、効果が有ったじゃない?」
「う~ん、それはそうなんですが……たぶん、前回の方が本物のホーリィなんだと思いますけど……」
恵利はそう談じつつ、おじさんに前に見た良く似た人物の風体を尋ねる。すると一度目に現れた者は、今の恵利より若干背丈も高かったが、虚ろな眼でさ迷う様にやって来て、まるで吸い込まれるように馬車に乗り込み前線に程近い町に向かって行ったらしい。そして二度目に現れたホーリィ風の女は、今の恵利よりも男性ウケしそうなグラマラスな肢体で騒ぎながら現れて、気がついたらいつの間にか居なくなっていたらしい。
「まぁ、今から思い出せば、二度目の奴は無賃乗車したのかもしれないなぁ……金持ってなさそうだったし」
「そうなんですか……あ、私達はキチンとお支払いしますからね!?」
恵利が慌てて料金交渉を始める様子を見ながら、友梨はやはり恵利と共に動いて正解だった、と内心ほくそ笑んでいたのだが。
恵利が交渉していた料金の折り合いも付き、比較的早い時間に馬車は進み始めた。まだ夕闇には程遠い時では有ったが、走り始めれば直ぐに夜の帳が降りる頃合いを迎えるだろう。そして、彼女は当然ながら知らなかったが、早い時間に出発する馬車が、最も高い確率で遭遇イベントが発生すると言う事を……。
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「……じゃあ、ホーリィが最後に戦ったのは、プレイヤーキャラじゃなかったんですね」
「そうみたいだけど、これだけ参加人数も増えて来てると、いつかは対人戦に遭遇して、居場所も突き止められちゃうかもしれないわ」
友梨はそう結論付けると、進む馬車の後方へと流れる景色に視線を送りながら、
「でもさ、最強だとか、無敵だとか言ってた連中も、仕様変更やら何やらで姿を消したりするし、いつまでも強いってのはなかなか居ないもんなのよね……」
そう呟き、装具を背嚢から取り出して、各部をチェックし始める。
「……こうして間近で見ると、重そうな武器ですよね……」
「まぁね……アバター補正が無かったら装備出来ないし、もし現実にこんなモンが有ったにしても、持ち上げる事すら出来ないでしょうけど……」
外国の警官等が持つ【トンファー】に似た、鉄製の筒に把手を取り付けた独特の《対人零距離12.7mm射出装具》を持ち上げて、把手を引き装弾口に弾薬を挿入し、再度把手を引いて内部に送り込む。
かしゃ、と乾いた金属音と共に初弾を装填し、再度同じ動きを繰り返して装填を終えて、安全装置をロックさせる。
「……リアルですね。私、あんまり銃とか知らないんですけど、映画とかで良くそんな感じで弾を入れてるシーン、ありますよね?」
「そーねぇ……最初は『面倒臭いなぁ』って思ったけど、一発で相手を倒せる代償だと思うと……仕方無いかな、って今は割り切ってるかな……」
もう片方にも同様の装填を繰り返し、最後に機関部分に注油し、作業を終えた友梨は傍らの恵利に向かって、
「そう言えば、あなたは何を使ってるの?」
「えっ? あ、あぁ……私ですか?」
問われた恵利は、以前ホーリィに貰った《人造魔剣》の【ヨウ】と【ホト】を取り出し、飾り気の無い鞘から抜き出すと、
「……久々に見るけど、何だか気持ち悪い剣だよね、これ……」
「うっわ、なかなか良い趣味してるわね……悪役が持つ剣っぽい……」
鍔から柄尻まで護手が伸び、その全体に鋭いスパイクが付けられた短剣。しかも揃いの設えの双剣【ヨウ】そして【ホト】を握りながら、恵利は前に使った時の事を思い出す。
(……そう言えば、前回の時はホーリィと別行動だったかしら……)
二刀を交互に回しつつ、油を流したような独特の積層波紋の輝きを眺める恵利だったが、不意に馬車の進む速度が遅くなり、まさかと思いながら馭者台に近付いて、
「何か有ったんですか……ッ!?」
「……こりゃ、激しいね……」
問い掛けようとした恵利、そして傍らに歩み寄った友梨が見た物は……
「……馬車、止めない方が良いみたいですね……」
馭者が居た筈の台には、膝から下を残して綺麗に切断された人間の足が、ブーツを履いたまま二本揃って直立して残されていた。
これからも宜しくお願い致します。