⑤偽者が現れれば本物。
お待たせ致しました。
「アンティカさん! ……あれ、どう思います?」
「……ん~、どう見ても偽者ですねぇ……」
二人は馬車から飛び出した自称ホーリィが、周りから現れた兵士の目の前に駆け出して行くのを眺めていた。
「……ホーリィだと? 笑わせるじゃねぇか……どうせ吐くならもう少しマシな嘘を吐きやがれ!! あんなカラスみてぇなメス餓鬼の真似なんぞしても、誰も靡きゃしねえって!!」
兵士の一人から放たれた悪態を聞いてか聞かずか、相手に双剣の一刀目が重なる。……だが、その動きは明らかに稚速且つ不慣れ丸出しで、先頭に現れた甲殻類を彷彿させる鎧を纏まった兵士が、肉薄して斬り掛かって来るのを退ける事も出来ずに苦戦し始める……と、思うや否や、
「だあああああああぁ~ッ!! ちょちょちょちょちょっとタンマタンマッ!!」
先程までの威勢の良さは何処に行ったか、相手が振り下ろした戦斧をギリギリで避けた勢いのまま、横転しながら叫び、そしてバタバタと走り出してあっと言う間に馬車へと戻って来てしまった。
「はぁ……はぁ……、すっごく強いよ!! マジで強いんですけどッ!?」
気付けばクリシュナの後ろに隠れながら繰り返し強い強いと言う姿に、ホーリィの面影は微塵も見当たらない。その様子にアンティカ共々、思わず苦笑いしてしまうのだった。
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「……さて、貴女に伺いたい事は沢山御座いますが……まずは目前に迫った火急の用を先に済ませてから、ですね」
背後の偽ホーリィにそう告げながら、クリシュナは馬車の外へと降り立った。
一見すると丈の長いコートを肩から羽織り、手を出さぬまま戦う意思を微塵も感じさせぬようにも見えたので、取り囲む四人の襲撃者達は互いを見合いながらも一歩、また一歩とクリシュナへと近付いて行く。
「……そう言えば、先程は御姉様を罵倒していた者が居ましたね。それは捨て置けません……今すぐに正して頂きたいものです」
待ち受けるクリシュナは、そう言うと地味な茶色のコートを脱いで、馬車の中に放り込む。
「……うぇっ!? 【戦闘礼装】……それも【邪剣のジャニス】仕様じゃない!!」
「あら? あなたご存知でしたかぁ?」
「知ってるも何も、貢献度を何万も積んで予約しても全然手に入らない代物でしょっ!! 簡単には手に入らない銘品中の銘品……あなた達、いったい何者!?」
狼狽える偽ホーリィに、アンティカはクリシュナのコートを畳みながら、
「んしょ……っと。何者、ねぇ……まぁ、そのホーリィさんの所縁の者、って所かしらぁ?」
「……げっ!? わ、私……地雷踏んだん……じゃっあっ!! あ、あの人、腕が四本有るぅ!?」
すっかり最初の勢いを無くした偽ホーリィが、意気消沈しながらクリシュナの姿を目にし、【四つ手】である事に気付き、その狼狽え振りも更に拍車が掛かるのであったが……。
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(前に二人、左右に一人づつ。一対一なら苦も無く勝てそうですが、四人同時となると……楽に勝てそうには有りませんね……)
一瞬、アンティカと共に戦う事も思い浮かぶが、即座に却下する。そして、出発する直前にローレライが告げた言葉を思い出す。
【……貴女がホーリィさんに固執する理由は存じませんが、出会いと別れは表裏一体、これからもホーリィさんと共に居られるか否かは、誰にも判らない事です。ならば、貴女は一人でも歩める道を見据える事も必要では有りませんか?】
クリシュナは幼い頃から騎士として育てられた。同年代の子女が蝶よ花よと扱われるのを横目に、日々を厳しい剣の鍛練を課せられて生きてきた。
やがて親元を離れて宗主国の騎士として生き、家督を継がぬ代わりに与えられた余禄を元に【四つ手】へと身体交換し、自らを刃に変えて戦場を駆け抜けて来た。
……そんな日々に終止符を打ったのが、ホーリィだった。
恵まれた環境と身体構造、そして積み重ねて来た鍛練を用いて容易く倒せる筈の敵……に負けて虜囚と化し、そのまま戦奴(戦争で使い捨てにされる奴隷)の類いとして地に臥せるまで、過酷な生き方をすると思っていたのだが、
【……ああ? 恭順するのかよ!? ……まぁ、好きにすりゃいーんじゃねぇの?】
黒く長い髪をわしゃわしゃと掻き乱しながら、ホーリィが面倒そうに告げた次の日、送検されたのがホーリィの所属するローレライの強襲部隊だった。
まさか自らが負けた相手の部隊に組み込まれる事になり、驚くクリシュナを前にホーリィは、
【……まぁ、ワタシに負けた訳だから、お前の身体はワタシのモノってとこだな。でもよ、死なねぇ程度に可愛がってやっから心配すんなって!】
等と軽口を叩きながら頭一つ背の高いクリシュナを前に、胸を反らしてニヤリと笑ったのだ。
(……ああ、私は只、戦いに負けただけでは無く……人間としての器の大きさで、負けていたのですね……)
そう思った彼女は、ホーリィと共に戦場を駆ける事を選んだのだ。少しでもホーリィのように成りたい、器の大きな人間に成りたい、と思いながら。
(……なら、答えは一つでしたね。相手がどう動こうと、自らは乱れず……有るがまま、戦うのみ……)
クリシュナは迷いを捨てた。胸の前と背中、そして腰の左右に提げた四枚の【竜麟の四方剣】を手にし、力を抜いて半眼のまま中空を見据えて動きを止める。
それから経ったのは一瞬だけだったのか、それとも焦れた相手が動くまで暫しの時が経ったのか、
……ちゃり、と砂を踏む音が止んだ瞬間、前方の甲殻鎧の戦士が振り下ろす戦斧がクリシュナの頭部目掛け、大気を別つ唸りと共に肉薄する寸前、
……ぎゃりりりッ!! と、激しく金属同士が擦れる音が鳴り響き、戦斧の柄が切断されてクリシュナの耳元を回転しながら飛び去っていった。
「……ぶふっ!? な、何だよ……そりゃ……」
左右の上腕が戦斧を斬り落とし、そして下腕の四方剣を無造作に振り上げて相手の鎧ごと胸板を切り裂き、同時に充分に体重を乗せた側方蹴りで相手を突き放すと、
「少しだけ判りました……私に足りなかったのは、更なる強さを得る為に『捨てる』事だったのですね……」
そう言いながら、勢い良く四方剣を手中で回転させて血振りをし、ピタリと停止させ、
「……命を惜しむ弱い心を『捨てる』、つまり危地に身を投げ出して……」
言葉を続けながら更に一歩進み、新たな相手となる巨剣を構えた鬼相の戦士に身を向けて、
「……御姉様と同じ場所を目指すのではなく、勝つつもりで自らを磨き……更に研ぎ澄ませる……」
躊躇無く進むクリシュナに向かって烈迫の気合いと共に、手にした巨大な凶器を横薙ぎに振り込む戦士だが、その一刀は彼女には届かなかった。
……とんっ、と足を縮めながら宙に跳ね、鮮やかに巨剣を避けながら小気味良く前転。その勢いを削がずに四方剣を振り下ろし、次々と頭頂から腹下まで一気に通過させていく。
水気を含む裁断音、そして金属を切り裂く激しい切断音を響かせながら、あっと言う間に相手を両断し、ぐじゃりと音を立てて血溜まりに倒れる屍の上に降り立ち、ふっ、と止めていた息を吐き出しながら、
「……あと、二人ですか……」
返り血を浴びて白い肌に点々と朱の華を開かせたクリシュナは、そう呟いてから二対の腕を広げ、歩き出す。
……その後、残された二人の兵士をクリシュナが討ち取るまでの時間は、一分も掛からなかった。
そろそろ百話に近づいて参りました。次回も宜しくお願い致します。