第6話 「シスター」
「つまり、より強い従魔を求めるために、深い階層に行き過ぎた。
そのために戻るのに時間がかかったということですね?勇者ユウキよ。」
「ええ、その通りです。シスターエブリル。」
ユウキはいつもこの修道院長を見るたびに昔テレビで見た天使になんだかっていう映画を思い出してしまう。
厳格で、お堅く、筋金入りの生真面目人間で、ユウキから見るとプロレスラー、しかも男の方のようにゴツイ。
主に顔が。
ただでさえ年配の白人の顔の見分けなんて分からないところに髪を隠すようなベール(で、いいのかな?)を被っているいるのだから、もう男だか女だかわからない。
修道服がスカートだから辛うじて女だとわかるようなもので、これをバサッと脱いだら実はレスリングの衣装の禿おやじだったとしても驚かないだろう。
いや、驚くか。
そんな事を考えながら修道院長の御小言を聞き流すユウキ。
「…ですから、勇者ユウキとシスター・ファーリーには身を清めるために、翌朝まで聖堂で祈りを捧げなさい。」
聞き流している間に何やら罰が決まってしまったようだ。
身を清めるために、とはいっても、実は肉欲におぼれてた件がバレたわけではなく、朝までの祈りを罰と言えないための方便だろう。
ここで逆らうとまた無言の行を追加させられるので、大人しく従うしかない。
「その従魔は古い馬房のすみにでも繋いでおきなさい。」
「シスターエブリル。その従魔の事でご相談が。」
「なんですか?シスター・ファーリー?」
「司教様からいただいたスクロール【隷属の魔法】を使い、勇者ユウキの力でワタクシ達3人を主人として縛った従魔の強さと従順さは迷宮内で確認しております。
賢く強い従魔はワタクシ達には従順ですが、所詮は迷宮内の獣。
一体で繋いでおけば、獣の衝動で何をするかまだ分かりませんわ。
人の世界に慣れるまで、また、心からワタクシ達を主人と自覚するまで、しばらくは目の届くところで管理するのが安全だと思いますの。」
「教会にその汚らわしい獣を入れろというのですか?」
「慣れるまで僕たちの居住区で躾をしたいってことですよ。シスターエブリル。
僕らがいないときは、ちゃんと白梅が主として管理します。」
ファーリーとユウキの意見ももっともだと思ったのか、シスターエブリルが顎に手を当て考えている。
馬房のすみに繋がれることなんて、まっぴら御免なルーガルーは、従順な獣をアピールするかのように、血統書付きの犬よろしくお行儀よく座っており、その頭を白梅に撫でられていた。
「わかりました。貴女方の居住区に限り従魔の行動を許可します。餌や糞の始末も含めて、きちんと白梅にやらせなさい。いいですね?」
「「はい。シスターエブリル!」」
声を揃えて返事をした二人の目が怪しく光ったように思ったのはルーガルーだけだったようだ。
あ、これ居住区とやらでまた相手をさせられるな。と、ルーガルーは思ったが、背に腹は代えられないと諦め、そういえば白梅との約束もあったなと思い直した。
「ルーのお世話は白梅にお任せなのです。」
目下のものが出来て嬉しいのか、そういって、にこやかに笑う白梅の笑顔に何かを返したく思い、白梅の顔をその長い舌で舐めるルーガルー。
「あは、くすぐったいですよルー。」
それでも嬉しそうにルーガルーの頭を抱きかかえてくる白梅。
ペタンコかと思ったら少しはあるんだなと、そんな事を思いながらルーガルーはなすがままになっている。
「随分、白梅には懐いている様子ですね。獣同士通じるものがあるのでしょうか?」
「羨ましいですわ。」
「ぐぬぬ、お祈りが終わったら僕もムフってやる。」
シスターエブリルの亜人族に対する差別発言は、この教会、いや、この街では差別の内に入らないので誰も咎めることはなかった。
▽▽▽▽▽
「ルーはもうお爺ちゃんなのですか?」
「お爺…せめておじさんといって欲しい。若白髪なんだよ。」
お祈りという名の罰にユウキとファーリーを送り出した後、居住区に移動し、ルーガルーは早速部屋の中で白梅に人化して見せた。
異世界からこの世界に呼び出されたルーガルー自体も、実際この世界での自分の姿を確認したいという思いもあったのだろう。
異世界に狼、または人狼として召喚され、暮らすなんていうのは、かなりハードなルートなのだから。
「若白髪…白梅と同じような髪の毛のことなのです?」
「白梅のはアルビノだと思うけどな。
身体の色をつくる力が弱くて色が薄くなるんだ。
そういう意味では若白髪もその仲間か。」
「仲間なのです。」
「白梅の髪の方がずっと綺麗だけどな。」
仲間意識が芽生えたのか嬉しそうにしている白梅の真っ白で細い髪をルーガルーが撫でる。
サラサラと絹糸のようにしなやかで滑らかな髪の毛と、その上にピンとたっている猫耳が可愛らしく、その内側は健康的なピンク色をしていた。
「照れるのです。」
「見ての通りおじさんだけど、よろしくな白梅。」
「よろしくなのですルー…さん。」
「ルーでいいよ、ご主人様。」
「そういえば白梅はご主人様だったのです!」
奴隷の身分に慣れてしまっていたのか、自分がご主人様という立場を忘れてしまっていたようだ。
思い出したように背筋を伸ばす白梅。
「ご主人様は、本当に可愛いなぁ。」
思わず白梅を抱きしめて頭を撫で直すルーガルー。
尻尾の様子を見る限り白梅もそれを嫌がってはいない様子だ。