異世界だからまあいいか(よくない)
飛鳥は見慣れぬ異世界の景色に夢中で、右へ左へと忙しく視線を動かしながら歩いた。もちろん股間を隠すことを忘れてはいない。忘れるわけがない。
ユナミールが町だと言ったその場所は、確かに点在する家々は多く見えたが、飛鳥の主観では、どちらかといえば『村』に近いような気がした。
━━まあ、異世界だからな。
自分がいた世界の基準で考えてはいけない。もしかしたら裸で堂々と歩くべきかもしれない。たとえそれが正解だとしても、飛鳥にその勇気はなかったが。
「あれがわたしの家だよ」
ユナミールの家に到着するまで、結局誰にも会わなかった。人口が少ないのだろうか、と飛鳥は考える。
「さあ、入りなさいよ」ネムールの家ではないのだが、ネムールが招き入れる。
「お、おじゃましま~す……」
飛鳥は恐る恐る、といった様子で家に入る。乾いた土の上を歩いてきたので、あまり気にならなかったが、裸足の足は汚れている。このままでいいのだろうか。ふたりの少女を見ると彼女たちも裸足で、そのまま家にあがっていたので問題はないようだ、と判断する。
ユナミールが木製の階段に足をかけたので、飛鳥もそちらに向かおうとした時だった。
「ユナミール? おかえりな……さ…………え?」
腕にエミリーナを抱えて、片方の乳房を露出したままのエレーナが呆然として立ち尽くした。子供を落とさなかったことはさすが母である。
「そのかたは……どなたなの……まさか、男性」
「驚いたようね、エレーナ。そうよ、このアスカはユナミールとわたしが異世界召喚術で呼び出した、異世界の男性よ!」これ以上ないようなドヤ顔で、ネムールは説明した。
「このかたは、男性なの? はじめて見るような顔だから、てっきり魔物かと━━」
「実はわたしも、最初はちょっとそう思ったんだけど、どう見ても人間だよね」と、ユナミール。
なぜか魔物だと思われていたのかと、飛鳥は少しだけ悲しくなったが、自分がそれだけ珍しい存在なのだろうと思い直した。思い直して、自己紹介する。
「あの、はじめまして。オレは飛鳥といいます。たぶん、異世界からきました。よろしくお願いいたします」謙虚で勤勉な性質はどんな世界にこようとも変わることがない。飛鳥は勤め先でするような挨拶で、エレーナに頭を下げた。
「は、はい! わわわたしはエレーナですっ、この子はエミリーナ。ここ、こちらこそ、よろしくお願いしますね……」
なぜか慌てたエレーナも、飛鳥とまったく同じ姿勢で頭を下げる。今度こそ腕の中のエミリーナを落としそうになるが、ぎりぎりで堪えた。
「じゃあ、きてアスカ。わたしの部屋は二階にあるの。そこで、服をあげるね」
「あ、ちょっと……」エレーナはまだなにか言いたそうにしたが、ユナミールは構わず階段をのぼって行く。飛鳥はそれに従うしかなかった。さらに後方からネムールもついてきて、飛鳥は前と後ろを隠さなければいけない状況に苦心する。
「ここがわたしの部屋だよ」
二階にはふた部屋あって、手前側がユナミールの部屋。奥にあるのはエレーナの部屋ということだった。
わりと殺風景な部屋の中は、飛鳥のイメージする女の子の部屋とは違かった。それでも、部屋の主を教えてくれるような、いい匂いがふんわりと漂っている。
「とりあえず、下着はいるよね?」
「あ、はい。あれば……」と言いかけて、
━━待てよ、まさか!
その可能性に気づいた時には、ユナミールが引き出しから取り出したかわいらしい女性用の下着が、飛鳥の前に差し出されていた。
「これでいい?」
「はい、いや━━」
━━よくないっ!
思ったが、断ればノーパンということになる。飛鳥は混乱する頭の中でいろんなことを考えて、できる限りの自己正当化をはかると「ありがとうございます」と受け取りかけた━━が、やはり思い直す。
「あの、男性用の下着って、ないんですか?」ユナミールのパンティを指先で触れながら、訊いてみる。
「え? 男性用って? 下着って、みんなこれだよね?」
違うの? と、不思議がるユナミールの顔はいたって真面目だ。そこから察するに、きっとそういう世界なのだろうと諦める飛鳥。
「男性も、これ着けるんですか?」
「当たり前じゃないの、他になにがあるっていうのよ」ネムールは面倒くさそうに怒る。
「いや、でも、これも?」ブラジャーを指し示し、飛鳥はしつこく訊ねた。
「もちろんよ。なに言ってるのよ、さっきから。アスカ、もしかしてユナミールのやつが嫌だとか、そーゆーことなわけ? それだったらわたしのやつを━━」
「いえ、いえいえ! そーゆーわけではないです! ユナミールさんのやつで、いいです! もういいです、これでっ!」ユナミールの見せた悲しそうな表情を見た飛鳥は、慌ててすべてを受け入れた。もう、この世界のルールを全肯定するしかない。そう、覚悟を決める。
で━━下着を着用して姿見の自分を見た飛鳥は、
━━オワタ。
命だけはまだあるが、あるいはそれ以上に大切ななにかを失ったような心地がしながらも、受け入れ難い現実を受け入れるより他になく。
ブラジャーとは、膨らんだ女性の乳房を保護するためのものであり、男にとっては機能的にも見た目的にも完全に無意味なもののはずなのに━━という疑問を抱えたまま、それでも流れに身を委ねるのだった。
大地の日の朝、いかがお過ごしですか? ユナミールだよ!
アスカって、よくわからないことばかり言うの。異世界人だから、仕方ないのかな?
次回「似合うかな?」
チェックしてくださいね!




