新しい世界
「のわあああああああうわあああああああどわあああああびょええええええあひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃぎょびええええええええーっ」
声の限りに叫び散らし、異世界の空に打ち上げられた飛鳥は涙と鼻水でぐちゃぐちゃになりながらも、この世界に来た時のように━━そう、死ぬつりでビルの屋上から飛び降りた、まさにあの時と同じように、けして目を閉じることはなかった。
かつては下へ向かい、今は上へ向かっているという違いこそあったし、気持ちもあの時とは真逆のものを持っていたが。
着用したスカートはもはやその中身を隠そうとはせず、下着丸出しの状態で不様に足をばたつかせている。
ふと思ったのは、この姿で元の世界へ帰った場合に、ほどなくして逮捕されるのではないかという心配だったが。その考えも一瞬のことで━━現時点においては、それどころではなかった。
そんな飛鳥が見ているものは━━
この世界すべてに覆い被さっている、半透明ななにか。謎の生命体。その身体の一部であるはずの波打つ空だ。
そこまで飛ばされるのかと思った。
未知なる生命体を破壊するために、自分が弾丸となりダメージを与える。
その様子をイメージしたのだが━━飛鳥が未知の生命体と接触することはなかった。
その直前で。
異世界の、宇宙空間へと飛び出す寸前で。
飛鳥そのものが鍵となり、レミリネアの大魔術が発動し、彼を中心として次元の扉がブチ開いて━━ほとんど瞬間的に現れた飛鳥と同じサイズの暗黒の中に━━その姿をこの世界から完全に消し去ってしまった。
そして、その時━━
レミリネアが言っていたように、理の歪んだ世界の反動で、目には見えない衝撃波が発生した。それは、地上で生きる生命にはなんの影響も与えることはなかったが、しかし惑星に寄生する超弩級宇宙生命体にとっては話が違った。
惑星そのものと一体化するようにして寄生していたその生命体は、時空の歪みから発生した衝撃波に過剰な反応を示した。
痛みと衝撃。
それにより瞬間的な拒絶反応を起こした生命体は、無意識に自分と惑星との接続を切断していた。
それはすなわち、餌場を去るタイミングでもあったのだ。
ここはもう離れるべきだ。
今が、その時だ。
身に迫る危険がある。
次の惑星を探さなければ━━
考えたわけではない。
それは、そういう生命体なのだ。
言うなれば、本能に従った結果である。
惑星はひとつではない。
宇宙に、他に、いくらでもある。
そのことを、それはしっていた。
ただ、見つけるのは難しい。
この惑星のように、条件のいい星となればなおさら。そのことも、充分に理解している。だが、それでも━━
身に迫る危険を感じたのならば、そこは離れなければいけないのだ。離れて、次の惑星を探し、またそこに寄生する。そうやって、生まれてからずっと、生き続けてきた。
それは、そういう生き物だった。
*
「やった……やったぞ、ユナミール」
波打つ空が薄くなる。
それが世界から離れ行く瞬間を目撃しながら、レミリネアは感動にうち震えていた。同時刻、姉妹たちもまた、使命を果たし世界の運命を変えたことを悟り、しばし呆然としていた。
ほとんど涙を見せたことのないレムリアーナが号泣し、彼女を取り囲むミズレインがやさしく包み込んでいる。
精霊たちもまた、この世界が救われた事実を理解していたのだ。
天空の十字は崩れ、溢れていた精霊たちのエネルギーも鎮まってゆく。
世界が温かさに満ちている。
「光が……陽光の色が違う。あれがいなくなったことで、あれを透過しない、本来の光が届いておるんだ……あぁ、これが本当の世界の色か!」
すべてが終わったころ、世界の皮膜もまた元通りに戻っていた。
見えていた精霊や、謎の生き物、ネムールの気配も今はなく。
世界は本来の姿を見せている。
新しい世界。
人間のエネルギーを吸い上げるもののいなくなった世界は、それまでのものとはまったく違う世界だった。
元々そうであった、元来の姿を取り戻した、今を生きる人間にとっては未知なる世界。
死は遠ざかり、これより先、人々は本来の寿命をまっとうすることができるようになる。
ユナミールはもう死なない。少なくとも、病気や事故以外では、ある日突然いなくなる心配はもうない。
レミリネアも同じ。
今この時、存在している者はみんな、突然にしてその生涯を終えることはなくなったのだ。
男性も死なない。
子供を作ろうが、それが複数人であろうが、なんの問題もなくなった。
人口は爆発的に増えるだろう。
ただ、当面の間は、少ない男性たちの取り合いなども起きる可能性がある。男性たちは大変な目にあうかもしれない。現状、女性の数が多いのだから、それは仕方ない。
そこまで想像して、レミリネアは動きだした。あとのことはわからない。とにかく、すべてが終わった。やるべきことを、全部やった。そして、ここから、この日から、またすべてがはじまるのだ。
レミリネアの背中に、ユナミールが飛び付いてきた。
「やったね、やったね、やったねレミリネアちゃん!」
「ああ、すべてが終わった。あんたも、アスカもよくやってくれた。あとのことはこれから考えればいい、アスカもいつか呼び戻そう。さあ、我らも帰るか━━姉妹たちにはすでに伝えておるんだけど━━もちろん、メルール・ルーストゥにな。我らも共に生きようぞ」
レミリネアにも故郷はある。が、それは一応あるという程度のもので、そこへ帰る理由はさほどなかった。
かつて母と過ごし、使命のために修行を続けた場所でもあるが、それでも今さら帰る場所ではなかった。母関係の、持ち出せる物は持ち出していたし、残してきたものはほとんどない。
新しい世界を生きるには、新しい場所を選ぼう。それは、姉妹たちに共通した意見だった。誰の反対もなく、メルール・ルーストゥに集まることが約束された。
まあ、レイミットはラビリンの繁殖を試みるようではあるが……町民たちが反対するとも思えないが、ひと波乱くらいあるかもしれない。
いずれにせよ、ここから先は希望しかない。
新たな問題も絶えないだろうが、今はなにも考える必要はないだろう。
人の世は、続いていくのだから。
「みんなの町に帰ろう━━アスカ、本当に帰っちゃったんだね……」
「うん……多分ね」断言はしない。本当の本当に帰れたのかどうかは、飛鳥当人にしかわからないのだから。
帰れたものと、信じるしかない。
「なんかどっか、変な世界に行ってたらアレだから……なるべく早く、召喚術を試してみよう」なんとなく目が泳いでいるレミリネアは、そう言って歩きだした。
「そうだね、そうしよう!」
「そうと決まれば、急いで帰るぞ。まずは地底に戻るとするか」
「はーい!」
二人の少女が去った町で、鹿守飛鳥が積み上げた石の塔。そのひとつが奇跡的に崩れずにあったことを知る者はいない。
新興宗教ユナミールの踝、その御神体である踝が特徴的な、足の形をした奇妙な木には不思議な力が備わっていた。その木から滲み出る樹液を舐めると、体内の結石が消えるとか、黒ずんでいた乳輪がピンク色になるだとか、衰えていた視力がちょっとだけ良くなったとか、人により様々な効果をもたらした。その事実は瞬く間に拡散し、やがて事件が起こる。不埒な輩が御神体の一部を剥ぎ取り、持ち去ってしまったのだ。しかしその翌日、御神体の一部を手にした木乃伊が発見される!
それがさらなる噂となり、ユナミールの踝の信者は爆発的に増加した。
教祖である鹿守飛鳥氏は、事件についてこう語る。
「悪いことをすれば、それ相応の罰を受けます。なにもないということは、あり得ない」
わたしも、ユナミールの踝に入信しようと思います。
次回、最終回「短い人生だけど、わたしたちは幸福に暮らしています」
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