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真実の世界

「先に謝っておくけど」レミリネアが飛鳥に言った。「あんたの大切な石の塔、ぜんぶ倒れると思う……ごめんね」


 この期に及んで、突然にそんなことを言われた飛鳥はええーっと思わず叫んでいた。


「ええーっ!」


「だって、我、風の精霊担当だよ?」申し訳なさそうに言う。


 その顔を見た飛鳥は、がっかりしたけど諦めた。塔は惜しいが、そんなものより大事なことをはじめるのだ。

 ここは大人しく引き下がるしかない。


「そっかー、それは残念だねー。アスカがせっかくがんばって積み上げたものなのに」


「でも、しかたないよ。石の塔は確かに大事にしてたけど、こんなもの、世界の命運に比べればなんてことはない」


「いや、当たり前すぎることを言ってるぅ……」レミリネアはやっぱり呆れた。「最初から最後まで意味わからんかったし……その気味の悪い趣味」最後にはっきり本音を言う。


 だが、飛鳥の耳には入らなかった。


「さあ、時間だ」真顔に戻るレミリネア。「アスカとユナミール、絶対にそこから動くんじゃないぞ。一歩でも魔方陣の外へ出れば、身体を持っていかれるかもしれんからな」


 レミリネアの作った防御の魔方陣。そのわずかなスペースの中て、飛鳥とユナミールは身を寄せあい立っている。

 これから行われる大魔術にとって、二人は余計な邪魔者でしかない。

 それでいてなにより大事な仲間である。レミリネアは万が一の間違いも起こり得ない強固な防護陣を作ってくれていた。その中にいる限りは、いかなる脅威からも守られるように。


「なんかちょっと怖くなってきたかも……」


 ユナミールがアスカの腕にしがみつく。


「う、うん。いや、大丈夫だ。レミリネアは失敗しないし、オレたちもきっと大丈夫だよ」


 なにが起きるかわからないが、そう信じるよりなかった。


 レミリネアはもう喋らない。

 すでに詠唱がはじまっている。


 風が集まりだしていた。


 猛烈な勢いと音。それが急激に高まっている。

 あっという間に、目に見える範囲の石の塔は崩れ落ちた。飛鳥もがっかりして崩れ落ちそうになったが、しがみつくユナミールのおかげでなんとか持ちこたえた。

 家の壁が震えている。

 窓ガラスが割れて、破片が飛ぶ。

 町を取り囲むように━━上空に、無数の影が射していた。


「あーっ! 竜巻がきちゃった!」ユナミールが叫んだ。


 かつてネムールと一緒に乗り越えた、風の大地最大の脅威である竜巻。それが、町を取り囲んでいた。そのまま、範囲を狭めてくる。

 町の上部、穴の周囲が崩れはじめていた。


 大岩が飛んできて、家の壁を破壊する。


「きゃーっ!」悲鳴を上げたのは飛鳥だ。太い声で、女のように絶叫した。


 レミリネアから聞いていた以上の状況に、飛鳥とユナミールは震え上がった。しかし、もはやどうすることもできない。ただ目を開けて、目の前の風景を見続けるだけだった。


 *


 後方にある二つの気配。飛鳥とユナミールの位置は、見なくても感じることができる。防御の魔術も問題なく、心配はいらなかった。


 自分は大魔術に集中すればいい。


 遥か遠方の大地にいる、それぞれの姉妹たちの気配もまた、すごく近くに感じる。

 手を伸ばせば届きそうな、すぐそばにある感覚。


 レナリエルが大地の精霊アルスベルグを。


 レムリアーナが水の精霊ミズレインを。


 レイミットが火の精霊ドラグマギアを。


 それぞれの大精霊の力が最大限に高まりつつあるのが、はっきりとわかる。


(我は、イルフィームの力を━━)


 風の大地に存在する、すべての力を集めるように。

 イルフィームの力を借りる。


 ━━キャハハハハハ


 ━━ハーハッハッハッ


 ━━〈〈〈アハハハハ ウフフフフフ アハハハッアハハハッ〉〉〉


 何者かの笑い声が聞こえる。いくつも、いくつも。何人いるかわからない。上下も、左右も、奥行きもまるででたらめに、さまざまな角度から小声で、大声で、男の、女の、声が響く。


(ああ、これがイルフィームだ)


 レミリネアは悟った。

 風の精霊イルフィームは、無数の小さな精霊たちの集合体。一つ一つは小さい精霊が無数に存在しており、その集合として大精霊となり得ている。


 個々の力はわずかだが、その数はあまりにも膨大だ。

 ゆえに、これほど恐ろしい力もないだろう。


(耐えきってみせる……!)


 レミリネアは歯を食いしばり、途方もない数の精霊たちをその身に集め続けた。


 レミリネアの魔力。その上限、最大値で。

 四姉妹すべての魔力が、四大精霊すべての力が同時に解き放たれる━━


 タイミングなど合わせていない。それにも関わらず、まったく同じ時、同じ瞬間に姉妹たちもその力を解き放ったことがわかった。


 最初で最後の大魔術が、ついに発動した。


 *


 その魔術には、名前などない。


 ただ、この世界の本当の姿を見るために、この世界が持ち、魔術師たちが集められるだけのエネルギーを集め、解き放つ。それだけの大魔術。


 レルカニアという大魔術師が用意した、この日のための大魔術。


 南から放たれたアルスベルグの力が、北から放たれたミズレインの力が、東から放たれたドラグマギアの力が、そして西より放たれたイルフィームの力が、その中間地点、天空の一点に集まり、融合し、衝突し、裏返った。


 人の目には見えない、存在するかもわからない。

 それでも、その一点を始点として━━世界の“膜”が剥がれていった。


 現象として、変化が見えたわけではない。それが完全に剥がされるまでは。しかし、魔術師たちは感じていた。光のような、色のような、なんらかの波が天空より迫ってくる。それこそが、世界の皮膜であると。


 いつの間にか剥がされていた。

 現象が終わってはじめて、魔術師を含めた人間たちの目にもようやく、世界の膜が剥がれたのだという事実が認識できるようになる。


 ━━時間が、止まっていた。


「これが……この状況が、皮膜を剥がした真の世界というわけか!」レミリネアが震えている。


 時が止まった世界の中で、それでも人間たちは止まっていない。飛鳥もユナミールも、魔方陣を抜け出して、レミリネアの横にいた。


 そして、動いているのは人間たちだけではなかった。


 小さき精霊、イルフィームの欠片たちも飛び回っている。

 しかも、魔術師ではない飛鳥の目にもはっきりと映る姿で。


「なんか飛んでるのが……見えるよ」飛鳥は一変した世界に戸惑い、ユナミールにしがみつく。先ほどまでとは逆の立場になっていた。


「すごいねー、どうなってるの?」


 風もない。植物の動きも止まっている。

 最もわかりやすいのは、空中で静止している石や岩、砂粒などの存在だった。


「どーゆう状況なのか、正直我にもはっきりとはわからん……」


 レミリネアもまた、戸惑いはあった。言葉だけ、想定だけはずっとあっても、実際に目の当たりにした現実は想像したものとは異なっている。

 直立したヌクモフが列をなして、空中を行進している。


「なんだあれは、あれも精霊の一種なのか……実際のヌクモフではないようだが」


 他にも見たことのない、不思議な色の生き物や半透明な存在、そこら中を飛び回る黒い影や虫のような何かなど、様々なものが飛び交っている。

 静止した時の中で、動く生き物たちがいる。いや、生き物だけが動けているのか。

 レミリネアにすらわからない現状。


 円筒状の何かが横切ったことに気をとられたユナミールが視線を向けた先に、信じられない光景があった。

 いるはずのない━━その姿。


 建物の陰から現れたのは、忘れもしない、あの日の姿そのままの━━ネムールだった。


「ね、ネネネネネ」


「なに、どうしたのユナミール落ち着いてててててててて」ててててと言って、おかしくなった飛鳥は震える指でそれを示す。


 何事かと顔を向けたレミリネアも、こちらに近づいてくるネムールの姿に気がついた。


「なんと、ネムールじゃないか!」しかし、驚きと同時に、冷静な思考も死んではいない。ネムールの姿を観察し、それが生きている人間とは明らかに違うということを確信する。


 光の粒子に包まれたような姿は、神々しくも儚い印象を抱かせた。


 そのネムールの身体が、浮かび上がった。

 完全に近づく前、三人の目前で、悲しそうな笑顔を残して。

 その行き先を見やる。

 三人を、ネムールが見ている。やがて顔を上げ。そして、天空を指差した━━


 直後、光の粒となり空へと吸い込まれるように消えたネムールの姿。その身体が向かっていた方角━━


 空に、なにかが、いる。

 というよりも、見える限りの空全体に異変があった。

 見渡す限りの空一面に、薄く透明な膜がかかっているようにも見える。

 しかもそれは、ボコボコと泡立つように、絶えず(うごめ)いていた。


 ━━生きている。レミリネアは直感で、そう思った。


「なにあれ、お空が気持ち悪い……」


「世界の皮膜が剥がされたことで、今まで見えなかったものが見えるようになった。我らが誰も気づかなかっただけで、あれ(・・)はずっと前から、我らの頭上にあったのだ」


 姉妹たちとの意識が統一されている影響で、その魔力もまた高まっているレミリネアの意識はそれ(・・)に到達し、さらには惑星の外から俯瞰した映像を見せていた。


 それは、生き物だった。


 惑星を━━この世界そのものを包み込むほどに大きな、未知なる生命体。

 その身体は半透明で、惑星そのものを包んだ泡立つ膜の一部に、球状の頭部があった。

 位置的には、レミリネアのいる西の大地と、レムリアーナがいる北の大地の中間あたり。

 もっとも近しい天体である月と同じくらいの大きさがあって、目や鼻や口らしきものは見当たらない。いや、認識できないだけで、それに相当する部位はあるのかもしれない。

 ただ、観察するレミリネアにも、姉妹たちにもそれはわからなかった。

 水に浮いた油のようにも思える模様のようなものが、頭部であろうその中に見え隠れしている。あるいはそれが目なのか、それとも脳のような機能を果たすものなのか。


 なんにしろ見たことのない、そして非常識な大きさの生命体が実在していた。


「あれは……どうやら生き物だ。なるほど、だいたいわかってきたぞ」レミリネアは飛鳥とユナミールを手招きし、それぞれの額に手を当てる。自分の意識が見ている映像を、彼らにもそのまま見せてあげた。


「うわっ、なんだこれ!」急に惑星の外からの映像に切り替わったこともそうだが、惑星をコーティングしている半透明の膜とタコのような頭の存在に驚いた飛鳥が叫ぶ。


「???」ユナミールは理解できない。想像したこともない映像は、なんだかよくわからない景色だった。


「なんなのか、正体はわからない。ただ、おそらくだが、あれは『宇宙』と呼ばれた世界の外の暗黒で生まれ、そこに生きる生命体なのだろう。この世界そのものと同じ大きさという、信じられないものだが……外の暗黒には、きっと我らには想像もできない生命体がおるのだろう。その中のひとつ、というわけだ」


「この世界を乗っ取ろうとしている?」飛鳥は思い付いたことを口にした。


「まあ、そうとも言えるが……そう言うならば、とっくに世界は乗っ取られている。

  あれ(・・)はこの世界に寄生して、我らのエ(・・・・)ネルギー(・・・・)を食って(・・・・)おるんだ(・・・・)


 レミリネアの中で━━姉妹たちの中では、すでに答えが出ていた。


 惑星に寄生する得体のしれない超弩級の生命体。その存在が確認できた今、すべての解答は出揃っていた。


 短命な人間。

 命を落とす男性。

 残された子供。

 二十歳やそこらで、死にゆく少女。


 すべては、あれ(・・)が原因だった。


 レミリネアたち姉妹の━━大精霊たちとの力をあわせた━━魔術は、未知の生命体と同期して、その思考を読み取ることに成功した。

 それが頭で考えているのか、あるいはただの本能か。その判別はできずとも、なにをしているのかは理解した。


「あれは━━己が生きるため、そのためだけに惑星へ取りつき、そこに生きる命、生命体のエネルギーを吸い上げている。それがやつの食事(・・)だ。

 ただし、けして食べ過ぎることはしない。すべての生命力をいちどきに吸収して、根絶やしにするようなことはしないんだ。

 (つい)住処(すみか)、いや、生涯にわたる餌場(えさば)ということなのかもしれない。

 とにかくあれ(・・)は、長きに渡ってこの世界の人間から、その生命力を吸い上げ生き続けておる。要するに、我らの生(・・・・)き死にを(・・・・)コントロ(・・・・)ールして(・・・・)いたのだ(・・・・)


 人間とて同じ。

 過ぎれば毒となり、不足してもいけない。

 あれ(・・)は、自分に都合がいいように、人間の個体数を調整している。


 この世界の住人が短命である理由。


 たとえ人間が長く生きても、どれだけの人数がいようと、問題ないのではないか?

 そう考えた。

 けれど、読み取った答えはまったく違うものだった。


 あれ(・・)は意識的に、任意の時点で人のエネルギー━━人間の、すべての生命力を吸い上げることができる。しかしそれとは別に、寿命(・・)で死んでしまった人間のエネルギーは自動的に吸収されてしまうらしい。

 ここで言う寿命は、あれ(・・)が意図せず、自然的な死を迎えた人間のエネルギーということなのだが、それは仮に不必要なものだとしても、勝手に吸収されてしまうようだ。

 あれ(・・)にとって、それでは都合が悪かった。

 吸収過多となり、問題が発生してしまうのだ。

 そしてなにより━━生きすぎた人間のエネルギーなど不味くて(・・・・)しかたない(・・・・・)


 それが一番の理由ではないのか。


 レミリネアは思う。


 少女たちが二十歳も前に死にゆく理由。

 ネムールが消えたしまった、その理由。


 あれ(・・)が人間の生命力、そのすべてを吸い上げる時━━それは、その人間のエネルギーが生涯でもっとも高まった瞬間であり、もっとも美味しい(・・・・)瞬間であった。


 また、それは女性に限った話であり。

 男性には別の理由が用意されていた。


 男性は子供をひとり作った時点で、それ以上増やすことがないように、殺される。


 それゆえに、生命力が最高潮に達する以前であっても死ぬことがある。


 これは、どのような方法かはわからないが、ある種の呪いのような力なのではないのか、とレミリネアは語った。まさか意思の力だけで殺せるとは思えないし、思いたくないが━━明らかに魔術の類いではないだけに、解明は難しかった。ただ、未知の生命体が意識的におこなっているということだけは、どうやら間違いないらしい。


「我らはただの餌だった……その事実がはっきりしたぞ。そしてそれは、あれ(・・)をどうにかせん限り、この先も変わることはない」


 地底世界の女たちのように、あれ(・・)の目を逃れ、隠れて暮らし、本来の寿命を生きる方法もある。けれど、それができるのはごく限られた人数でしかない。まさか、世界中の全員が同じことをできるわけではないし、仮にできたとしても、さすがにその時には気づかれてしまうことだろう。


 問題は解決しなくてはいけない。


 正体が掴めた今、このままなにもせずにいることなどない。


 そもそも、そのために真実を暴いたのだから。


「さて、正体がわかり姿が確認できた今、あれ(・・)をどうにかしなくちゃいけない。

  アスカよ、いよいよその時がきたぞ」


「いよいよアスカの出番だね! それっていったい」


 ユナミールが前のめりで訊く。

 飛鳥はただならぬ緊張を感じていた。かつて、会社勤めの中で感じた、いかなる前世の緊張よりも大きく重いものを、全身に感じている。


 レミリネアが口を開いた。


「残念だが━━あんたに(・・・・)は帰って(・・・・)もらわな(・・・・)くちゃな(・・・・)らない(・・・)」と。


「え?」


「は?」


 ユナミールも、飛鳥も、思いもよらなかったレミリネアの言葉に、きょとんとする。

 ちょっとなに言ってるのかわかんない状態だ。


「帰るって、メルールルーストゥの町に?」


 ユナミールの言葉に、レミリネアは首を振った。


「違う。元の世界に(・・・・・)だ」


「え……なんで? あれ、でもレミリネアちゃん、召喚術はできないって、確か」


「できんよ。でも、それとは別に『異世界人を強制送還する大魔術』は我が母より受けついでいるし━━試すのははじめてだけど、やり方は完璧に把握しているから問題ない」


 自信ありげに、断言する。

 しかしユナミールは納得できなかった。

 飛鳥もまた、要領を得ていない。


「で、でもそれと━━オレが元の世界に帰ることと、この世界を救うことになんの関係があるの?」


「そこだ。そここそが重要なんだ。

  我の魔術は『異世界人を元の世界に送り返す』ことはできるが、『この世界の人間を異世界に送る』ことはできない。だから、あんたでなくてはならない。

 そして、異世界人を異世界へ送り返すということは━━そこには、とてつもないパワーが生じるはずなのだ。

  この世界とは別の場所。そこは、時間も空間もまったく異なる、本来であれば絶対に行き来することなどできないはずの場所だ。それを繋ぐということは、その瞬間、そこには想像を絶するエネルギーが生まれることになる、それが狙いだ」


 あれ(・・)を倒せるやもしれない。そう締めくくったレミリネアに、ユナミールは悲しそうな目を向ける。


「それしか方法ないの?」


「ない」


「なにか他に━━」


「ない。思いつかないし、多分存在せん。これしかないんだ。このために、我らは生きてきた。今ここで、やるしかない」


 ユナミールは飛鳥を向く。飛鳥もまたユナミールと見つめ合うが、言葉は出ない。

 別れたくない。

 互いが同じ気持ちであることを理解しても、どうすることもできなかった。

 世界を救うためには、もう、避けられない運命と決まっていた。


「気持ちはわかるが……やるしかないんだよ」


 レミリネアの言葉に。

 ユナミールはとうとう泣き出してしまった。

とうとう真の姿を現したユナミール。

その正体はなんと、半魚人だった!

右半身が魚で、左半身が日本人男性なのだ!


「こ、こいつがユナミール!」


「ユナミールとは仮の姿━━我は反社会的宇宙人エラシメリ星人のシメカズである!」


シメカズは半分魚なので、そっちの半身だけとてもバランスが悪い。つまり、弱点であった。

あっけなく地面に転がされたシメカズは火炎放射器で焼かれ灰になったという。


次回「この世界を救うために」


チェックしてくださいね!

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