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約束の時

 ついにその時が訪れる。


 ユナミールは二十歳を迎え、それでもまだ消えることなく生き続けている。とうに寿命の範疇は越えているのだが、嫌な予感など微塵もないまま時は過ぎ、レミリネアと飛鳥と共にこの時を迎えることができた。


 大切な友達は失ってしまったけれど、同じく大切な仲間と一緒にいられる毎日が、なにはなくとも楽しく幸せで仕方なかった。


「わたしは死なないよ!」全然まったく、死ぬ気がしないんだよー、と笑う。

 その笑顔は、ネムールがいなくなった直後には失われていたものだった。けれど、数年が経過する頃には取り戻していた。いわく「なんだかネムちゃんがいる気がするんだよね。いつも近くで、見てくれてる気がする」らしく、レミリネアすらそんな気配は感じない中で、確信に満ちた表情をしていた。


「きっと、見守ってくれてるよ」飛鳥もそう信じて、言葉をかけた。


『来るで来るでーっ、段々と近づいて来とるわ! 見えとるな━━昼間だから見えにくいけど、目ぇひんむいてよく見ろやぁ━━闇の谷間の三ツ星と、天馬の尾が並びそうやでぇ!』


 興奮した様子の声は、水鏡の魔術で通信しているレナリエルのものだ。

 肉眼でもギリギリ確認できる星々の、代表的なものが明らかに整列しはじめている。誰も見たためしのない並びかた━━西と東、北と南方向のそれぞれに━━真っ直ぐに並んでゆく星たちが見えている。

 すでに何日も前からその形には近づきつつあったのだが、今はもう完璧な直線になりかけていた。


『我も緊張してきたな。我ら姉妹、この日のために生まれ、生きてきたようなものじゃからなぁ。あぁ、いよいよ約束の時か━━』


 ウェーブがかったくせっ毛を頭の上で巻き、なんだかウ〇コを乗せているみたいに見えるレムリアーナが言った。髪からは水がしたたり、顔も濡れているのは彼女が担当する北の大地の精霊・ミズレインの領域にいるのが理由だ。

 背景は雨模様で、遠くに水柱が見える。まるで水の竜巻、もとい水の龍が荒れ狂っているように見えた。風の大地同様に、危険極まる場所のようだ。


 片や、レナリエルのほうは薄暗いだけで、岩場しか見えない場所にいる。ただし、その姿が常に震えていて━━映像がブレていた。


 最後の一人、レイミットとの通信も繋がる。


『んぐっ、ごっくん!』


「は?」レミリネアの顔が歪む。「腹ごしらえとは……そろそろ時が来るというのに」


『むぐぅん……ごめぇん、お腹空いたから!』食事を終えたレイミットの映像。背景は真っ赤で、それがマグマであることがすぐにわかる。あちこちで火柱が上がり、火の粉が舞っている。『ラビリンのお肉、おいしいよ~』と、骨付きの肉など見せながら。


「って、あんたラビリンは友達じゃなかったのか! あんなに気に入っとったのに」


『もちろん好きだよ。でもそれは、食べ物としても好きなのであって、連れてきたラビリンは今の子でもう最後━━』


「まあいい、気を引き締めておけよ。失敗なんてできないんだからな!」


『わかってるよ! 我だってこの日のために生きてきたんだから、失敗なんてしないもんっ!』


 肉を食べ尽くしたラビリンの骨をポイッと放ると、空中でそれが燃え尽きた。なんだか、とんでもない高温の中にいるらしいレイミット。おそらく魔術の防壁を展開しているのだろう。でなければ、無事でいられるはずもない。


『もうほとんど真っ直ぐやけど……まだ小一時間かかりそうやなぁ。天体おっっっそ』レナリエルが文句を言った。その姿はずっとブレていて、見ていると目が痛くなってくる。


「レナリエルさんの姿だけ、なんでこんななの?」飛鳥がレミリネアに尋ねる。


 ユナミールも一緒になって顔を近づけた。「目がおかしくなるね」と、目を細める。


「南は、大地の精霊だからな。影響力という意味では、一番すごいぞ」レミリネアが言う。


 次いで、レナリエルが説明した。


『我らが立っていられるのはなんでやと思う?

  物が下に落ちる理由は?』


 突然の質問。それに、自分が訊かれているものと認識した飛鳥が答える。


「えっと、重力があるからですか?」


『それでもええけど、じゃあ重力ってなんやねん?』重力という言葉自体は共通しているらしい。


「えっとぉ……解明されてないですね。なかったですね、オレが元いた世界では。重力子グラヴィなんちゃらがあるとかないとかって話くらいは聞いたことあるけど、それも見つかってなさそうだったし。わからないですぅ」諦める。


『なんやねん。いや、冗談や。知らんのは当然やね。我ら姉妹くらいしか、知っとるモンおらへんもの。ええか、この世界でもどの世界でもそうやねんけど、中心には核っちゅうもんがあんねん。とは言うても、おそらくあんたが頭ん中で考えたような鉱物的なもんやない。一種の、エネルギーやねんな。星そのもののパワーっちゅうか、もっと解りやすく言うなら、心臓みたいなもんや。世界の中心、すべての源、世界を維持するための根元がそこにあるんや。

 世界っちゅうもんは、そこに生きるすべての生物・植物含めて一つのものやねん。それどころか、存在する物はぜんぶ━━それこそ、そこいらに落ちている小石ひとつ、砂つぶひとつに至るまでそうやし、星の外側までその影響は及ぶんや。つまり、星の真ん中にあるエネルギーが、我らを引き寄せてるっちゅー仕組みなんやけど……言葉で言ってもわからんやろ?』


 要するに、目には見えない吸引力が重力というものの正体である、ということなのだろう。レナリエルの言うとおり、言葉で言われてもやっぱり結局わからなかった飛鳥。かと言って、そもそも目に見えるものではないので確認できない。なので、やっぱり振り出しに戻るのだ。レナリエルの言が真実なのだとしても、確かめることもできず証拠もない限り、やはりただの一説として聞くことしかできない。


 飛鳥は「なんとなく、わかりました」と返事だけしておいた。


『仕組みはさておき、その重力がめっちゃすごいねんて、ここ。ナマカねえって。重力ナマカねえって』


 なんのこっちゃわからんかったが、レナリエルのオリジナル言葉「ナマカねえ」は「生半可じゃない」という意味らしい。それはレミリネアが教えてくれた。


『我がブルっとるのは、それが理由や』


 大地の精霊アルスベルグは、レナリエルの言った世界の中心・核の化身とも言うべきものらしい。その影響力は重力というかたちで世界全体に広がっているが、本来の力そのものが影響しているわけではない。強すぎるアルスベルグの力のすべてを行き渡らせてしまうと、それは生物の寿命などにも関わってくる。生態系や環境をつくるためには、エネルギーをセーブしなくてはならない。そのガス抜き的な役割を、北の大地が担っているということだった。

 とてつもない超重力が放たれるポイントに、レナリエルはいるのである。それこそ、生身の人間が立てば瞬時に消滅しかねないような、地獄の環境下に。


『わかったやろ、実は我の担当がいっちゃん激ヤバやねん』


「しかも今は、約束の時だ━━かつてないほどに高まったエネルギーは、ほんとにもうナマカないぞ。我らの風の大地ですら、町の中にまで影響が出始めておるし。こんなことは、今までになかっただろう?」レミリネアが、飛鳥とユナミールに向けて言った。


 そうなのだ。

 今まではほとんど無風だった穴の底の町に、風が吹いている。

 飛鳥の大事な石の塔も、すでにいくつか倒壊していた。直したいのはやまやまなのだが、もうそんな時間はない。

 役目を果たす時は近づいている。


『北の大地もナマカないぞぉ。我はもう半分水没しとるんだが、まだなのかぁ?』本当に半分水没しているレムリアーナの姿が映った。


『こっちも同じく。もうあちこち噴火で、地震も連続してるよー!』いつの間にやらこちらも姿がブレているレイミット。ただ、彼女のほうは重力の影響ではなく、連続する地震によるものらしい。


 各地で異変ははじまっていたが、それが今、最高潮に達しようとしている。


 話を続ける間にも、天空の星々は真っ直ぐに整列しようとしている。

 もう間もなくだ━━


「なんかもうそろそろ、真っ直ぐな気が━━」


 レミリネアが呟いたと同時。


 ━━世界の雰囲気が変わった。

 空気が一変した。それは、魔力を持たない飛鳥が知覚できるほどに、はっきりとした変化だった。


 土の、草の、空気の匂いが濃くなった。

 大気が澄んだように錯覚する。

 空が、大地が輝いて見える。世界そのものが色濃くなったような、そんな感覚。

 町に吹き込む風が、さらに勢いを増す。

 悲鳴のような、歌のような、遠く風の音が聞こえる。

 ユナミールが「なんだか元気!」と拳を天に突き上げた。


 その時が来たのだ。


「時は満ちた」レミリネアが告げる。顔は真剣そのもので、彼女の気配も一変していた。

 水鏡に映る姉妹たちの表情も、みな一様に真剣だった。


 約束の時だ。


 飛鳥が息を飲む。ユナミールはヨダレを垂らす。

 レミリネアが口を開いた。


「姉妹たちよ、はじめるぞっ!」


 *


「来たで来たで来たでーっ!」


 魔力増幅のための“楔”はすでに打ってある。

 南の大地、その中心地を取り囲むように。

 最も強大なアルスベルグの力場を担当するためには、ナマカない準備が必要だった。

 なにせ己の身を守るためだけでも、相当量の魔力を常時使用する必要がある。その上で、約束の時に過不足なく、いや、限界を越えるほどの魔力を放つ必要があるのだ。


 そのために必要な分の魔力を、道具に込めて用意していた。

 それがなければ、充分な量を満たせない。

 しかも、一度きりの、絶対に失敗できない魔術を行うために━━


 準備は万端。

 失敗など考えもしていない。


 レナリエルは解放の言葉を唱えた。

 超重力のただなかにあるレナリエルの元に、すべての魔力が集中する。

 とても、その場で、たった一人では集められないほどの魔力がいちどきに集約した。

 それはとてつもない力だった。

 元々はすべて自分の魔力であったはずのものだが、全身が、存在そのものが押し潰されそうなエネルギーをギリギリでコントロールする。


「あっかん……けど、あかんくないっ! 我やってレルカニアの娘やねんっ、レミリネアになんか負けるかアホんだらぁぁぁぁーっ!」


 惑星そのものと言っても過言ではない大地の精霊・アルスベルグ。そのエネルギーを掌握し、我が物とする。


「ぬおあああああああーっ!」


 タイミングは合わせるまでもない。

 すでに姉妹たちの感覚は共有されていた。


 *


 完全に水没したレムリアーナだったが、すでに状況は関係ない。

 魔術により、水中でも窒息することはなく、大魔術の行使にも影響はない。

 状況はすべて想定済みだった。

 例外など起こり得ない。


「精霊の力が頂点に達しておる、これはすごい。これほどとは……我にも力がみなぎっておる!」


 北の大地。

 そこは水と氷の大地と呼ばれ、精霊ミズレインの力が集約する場所だ。

 命の源である水を司る大精霊。その力は生命と密接な関係にありながら、厳しさも併せ持つものである。けして人の手で支配できるものではなく、生命を育むと同時に、時として簡単にその生命を奪ってゆく。

 人を生むものでもあり、殺すものでもある。

 アルスベルグにさえ劣らない。


「我の担当が一番楽勝だなどとほざきおってぇ、あの腐れレナリエルめがぁ━━もうそんな口はきけんようにしてやろうかぁぁぁっ!」


 思い出した怒りも加わり、かつてない魔力の高まりを覚える。

 ミズレインの存在を感じる。


(我に力を貸そうとしておるのか……!)


 掌握するまでもなく。

 コントロールを必要とせず。

 大魔術の構成をはじめたレムリアーナに寄り添うように、ミズレインの力が集まってくる。


「まさか、こんなことがあるとは!」


 レムリアーナは嬉しくなっていた。

 ミズレインも、協力してくれる。

 この機を逃さんとするのは、なにも我ら姉妹だけではなかったのだ。

 その事実が、嬉しくてしかたない。


「精霊も、わかっておったのじゃな。この世界には克服すべき難題がある。倒すべき敵がいる。そのためにっ、我ら姉妹っ、使命を背負って生まれてきたのだっ!」


 まさにその時、己の姉妹たちもまた、自分とまったく同じ感覚を共有していることを、レムリアーナは無意識に感じ取っていた。


 *


 腹ごしらえも終わり━━すべてのラビリンを糧として、最後の準備は終わっていた。


 レイミットは姉妹の中で一番のダメなやつと思われてきたし、自分でも自分が一番残念な残念娘だという気持ちはあった。

 それでも、大魔術師レルカニアの娘であるという誇りだけは失っていない。姉妹たちと同様、自分の魔力には自信だってある。ただ、ちょっぴり間が抜けたりしているだけで、それは単なる個性に過ぎない。魔術の才能は、姉妹たちにも劣っていない。


(レミリネアにはかなわないけど……レムリアーナには勝てるはず!)


 根拠のない決め付け。

 でも、それが力になる時もある。

 今がその時だ。キッカケはなんだっていいから、自分の中にあるすべての魔力を解き放たなくちゃいけない。


 すべてを焼き尽くす地獄の火炎に包囲され、飲み込まれながら、大魔術の構成をはじめる。

 たとえ一瞬でも気を抜けば、大魔術を完成させるより先に、自分の身が消し飛んでしまう。

 その状況下で、しかしレイミットはかつてないほどの集中力を発揮した。まるで今までずっと手を抜いて休んでいたけど、ようやく本気を出したみたいに、自分の魔力だとは信じられないほどの力がみなぎっている。


 《魔術師よ……力を使え……我らの上にある……いらざるものを……排除せよ━━》


 声。

 聞いたこともない響きを伴う、重厚な声。

 それが、ドラグマギアの発したメッセージであると気づけたのは、精霊の力とほとんど一体化した境地に達したからだ。


 火の精霊・ドラグマギアですら━━それに対処することはできなかった。

 イルフィームも、ミズレインも、アルスベルグも。世界そのものがどうにもできなかった相手を倒す。

 その時が来たことを、彼らもまた理解していたんだ。


 託されたレイミットは頷いて━━


 姉妹たちの存在を、すぐそばに感じていた。

ついにスタートした新元号の未来。あやうく「鎮歩」になりそうだった歴史を改変させたのは、タイムトラベラー・ユナミールの功績だった。

彼女が生きた「鎮歩」の世界では、終末戦争が勃発。天変地異に野良ハムスター大量発生。神罰あれこれ、異星人襲来に下水菅破裂。とどめとばかりの宇宙戦争巻き込まれ……いろいろあって絶望的だったから、それを変えようとしたのがユナミールたちであり、未来世界のエージェントたちであった。

そのミッションが成功し、この世界線の元号は唯一無二の「令和」となったのです。

よかったネ!


次回「真実の世界」だよよよ~ん☆


チェックしてくださいね!

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