異世界召喚術
成人の儀に豊穣祈願、健康祈願にジャンケン大会、その他もろもろの儀式やなにやらに使われているヒンヤリ洞窟の広間に、ユナミールとネムールはやってきた。
「これ、ほんとに必要?」
川で捕ってきたキモッシーの尾ビレを摘まんだネムールが、難しい顔をしている。
頭には脱いだ下着を乗せているので、落とさないようにバランスを取っていた。
「わかんない。でも、書いてあるから必要なはずだよ。お供え物みたいな? 異世界の人って、神様みたいなものなのかな」
「ランプに火をつけてっと……キモッシーは置いちゃっていいのよね?」
「うん、そこにお供えして。ええとぉ、服を脱いで頭に下着は乗せたし、あとはトモカズを円形に並べてっと……それでそれで、大きめの石を、こう? こんなふうに配置して?」
「なんだか魔方陣というより、刈り取ったトモカズと石を散らかしただけに見えるんだけど……これ、ほんとにインチキかもよ、ユナミール」
「そうだね━━わたしも不安になってきた! でもせっかく用意したんだし、やってみようよ、ネムちゃん。短い人生、なにが起こるかわからないって、ネムちゃんのパパも言ってたんだよね?」
「まあね、ママからはそう聞いてるけど。でも、これほどなにも起こらない気しかしないってことも、珍しいんじゃないかしら……」
地面のトモカズを整えて、石の位置を微調整しながらネムールはブルッと震えた。
「風邪ひいちゃいそうだから、はやくやりましょうよ」
「だよね、寒いよね。でも、たぶんこれで準備は大丈夫だと思うから、やってみようよ。異世界召喚術」
準備を整えたふたりは、いよいよ召喚術を開始する。すでに一通り、やり方には目を通してはあったけれど、それでもすべて暗記するには至らなかったので、本はそのページを開いた状態で、見えるように置いていた。
目と目で合図を送ると、まぶたを閉じ、裸の胸の前で両手を合わせたユナミール。精神を集中して、四大精霊の力を借りるための、祈りを込める。言葉にできない魔法の言葉を、頭の中に展開させて━━火の精霊・ドラグマギアの熱を呼び寄せた。
同時に、隣のネムールが水の精霊・ミズレインの力を呼ぶと、その相反するふたつの属性が衝突して、多量の水蒸気が発生する。
急激に高まった湿度の中で、そのまま詠唱をつづける。
書物に記された通り、一字一句間違えずにやらなければいけない。
それに集中するためにも、ネムールの助力は不可欠だったのだ。ひとりで別々の魔術を使用するとなれば、かならず意識はそちらに傾く。母のように、魔術を器用に扱えないユナミールにとっては、それはとても難しいことなのだ。
「われはここにねがう、つながるときをつなげるひじゅつ、ときのかわをながれるなんじ、とりのこされしこどくなゆめに、りゅうのおをおいひかりをなげる」
書いてある文言をそのまま読み上げるが、もちろん独自の韻は踏んでいる。読み方まではわからないのだから、そこは仕方のないところだった。
文字を読み上げながら、水滴がしたたるからだを動かし、トモカズの円に沿って歩きはじめる。
ユナミールのあとに従うかたちで、ネムールも一緒に行進した。
「さいているはなはにじいろのかぜに、おもいのはてでかすみたるせかい、こころのきょりをちぢめしひがは、いまこのときにむすばれる」
行進をやめ、円を中心にして、向かい合うふたり。
ユナミールが地の精霊・アルスベルグの力を呼び、ネムールは風の精霊・イルフィームの力を呼び寄せる。
苔むした地面に緑が増えて、湿度がわずかに低下した。
空気が不安定になったのを感じながらも、ユナミールは異世界召喚術をやり遂げるために、祈りを捧げる。
地面に座って上体を折ると、祈りのポーズで文言を読み上げた。
湿気で重くなった本のページは、空気が動いてもめくれることはなかった。召喚術の最後の部分として書かれているその呪文を、ユナミールは目で追いながら言葉を発する。
祈りを込めた━━切なる願い。
(誰か……きてください。男性がいなくなってしまう……子供が、生まれなくなってしまうの……)
たとえば世界全体が、この町と同じような状況に陥れば、その時こそが本当の終わりの時で━━それは、けして遠い未来の話ではなく。
(たすけてください、誰か、この町を、この世界をたすけて━━)
ふっ、と━━その瞬間、周囲の温度がなくなった。
暑くもなく、寒くもない、なにも感じない空間が生まれる。
変化はそれだけじゃなかった。
空間に滞留していた炎と水の精霊の力と、土と風の精霊の力がなにかに吸い寄せられるように、トモカズでできた魔方陣の中心へと集まっていく。
それぞれが異なる特性を持つ四大精霊の力は、けしてひとつにすることはできない━━はずなのに。
空間の一点に集中したすべての力は、ぶつかり合うこともなく、混ざりあっている。
「なんなのっ、これ━━」
はげしく明滅する光が放たれて、融合した四大精霊の力は高度な次元魔術へと昇華する。けれど、ユナミールとネムールはそのことを理解していない。
切実な願いの力と、書物には記されていない、強固な信頼関係で結ばれたふたりの人間で魔術を実行するという正解を選択していたことで、ついに、異世界召喚術が完成したのだった。
眩い光に包まれて、ふたりの視界が真っ白に染まる。
ユナミールです!
なっ、なっ、なにが起こったのーっ⁉
次回「おっさん、アスファルトの海にダイブする」
チェックしてくださいね!




