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短い人生だけど、わたしたちは幸福に暮らしています   作者: 鈴木智一
第二章 異世界アドベンチャー
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奇跡の実

 レミリネアの風避け魔術は凄かった。

 ただの指輪にしか見えないが、込められた魔力はとてつもないもので、風避けとしての役目を完璧に果たしている。魔術で護られたユナミールとネムールは、風の影響をまったく受けていなかった。本来ならば簡単に押し戻されてしまうような強風の中を、なんの苦労もなく歩けている。完全なる無風状態だ。


「すごいねー、風の音は聞こえてるのに、わたしたちのとこだけ全然吹いてないよー」


「……うん」


 ユナミールはいつもの調子で話しかけるのだけれど、ネムールはもうかつての元気は失っていた。もはやいくら元気づけようと、その顔に笑顔が戻ることはなかった。

 それでもユナミールは話しかける。

 いつもの、明るいユナミールのままで。


「これなら行けそうだね、竜巻があるところにも。大丈夫だの、絶対に変な……ん? 不思議な奇跡の……命の? なんかの木の実はあるよ!」


 それを食べれば寿命が延びる。長生きできるという以外、謎の木の実。ユナミールは正式な名称を知らない。それも当然のことで、レミリネアすら本当の名を知っているわけではなかった。ただ、奇跡の実が存在するという“噂”があるだけのもの。


 でも、今はそれしかすがるものがない。

 希望が、そこにしかなかった。


 ネムールの命は必ず尽きる。これは、言葉にはしなくともユナミールですらはっきりと認識している「事実」だった。

 それは絶対に避けられない。不可避の未来。

 だからこそ、ユナミールは必死なのだ。

 なにもしなければ、ネムールはすぐにでもいなくなる。時間はもう残されていない。

 考えないようにしても、考えないわけにはいかない。それでも、必死で明るく接している。自分まで悲しみと不安に押し潰されてしまうわけにはいかなかった。ネムールを救えるのは、世界でたった一人だけ。自分しかいないのだから━━その気持ちだけが、今の彼女を支えていた。


 フィーガウルワの町付近では遥か遠くの地平に見える竜巻。歩けばそれなりの距離であり、簡単にたどり着ける場所でもない。

 歩き続けること丸3日。二人の目の前には無数の竜巻が荒れ狂う景色。天と地を繋ぎ、けして消えることなく動きつづける驚異の力。精霊の力が集まる中心地だからこその現象だ。


「さすがに厳しそうね……」珍しく、ネムールのほうから口を開く。実に数時間ぶりに聞いた声にユナミールが頷く。


「うん、なんかちょっと風が吹いてきてる……レミリネアちゃんの魔術でも、全部避けられないくらい強いんだね」


 果たして風避けの道具は大丈夫なのだろうか。途中で壊れたりしたら、もうその瞬間に命はないだろう。今から竜巻に向かっていくのだから。


「少しだけ、わたしたちの魔術も使おう。足してやれば、なんとかなるよ。レミリネアちゃんもそう言ってたし」


「わたしはどうせ……だから、構わないけど。ユナミールまで危険な目に会うことはない」


 ネムールはユナミールを引き返させようとすらしたが、確固たる意思で拒否される。


「一緒なら大丈夫だよ。もし道具が壊れちゃっても……別にいいよ。ネムちゃんと一緒なら」


「うん……」


 二人は手を繋ぐと、ゆっくり、荒れ狂う竜巻の中へと歩を進めた。

 尋常ならざる暴風は、レミリネアの魔術すら透過して二人を襲う。髪が、スカートがなびく。歩を進めるたびに、その揺れは大きく、激しくなってゆく。

 風避けの効果が失われてしまったのではないかと思えるほど、風の影響を受けていた。歩くのも大変で、しっかり踏ん張っていないとすぐに傾きそうになる身体。しかし、風避けの魔術があってなお、それほどの影響があるのだということもわかっていた。

 ユナミールとネムール、二人分の魔力を追加してようやく前進が可能な状況だった。

 レミリネアの魔術がなければ、竜巻に入った時点で吹き飛ばされていたことだろう。

 それを思うとゾッとする。


 歩けど歩けど、終わりは見えない。

 もう、どこをどう歩いて、どこへ向かっているのかも二人にはわからなかった。ただ、前へ前へと進んでいった。

 その先に、なにかがあると信じて。

 やがて━━


 町を出てから4日目の朝に。

 二人はついに、竜巻の地獄を抜け出したのだった。


 *


 突然の光が視界を奪う。

 瞬間、風の勢いが失われた。竜巻を抜けたのだ。

 風は強く吹いていたが、竜巻の中と比較すればその差は歴然。レミリネアの魔術に二人の魔術も足された風避けで、完全に防ぐことができる程度のものでしかない。

 二人の前方には、信じられないほど美しい光景が広がっていた。


「うっ、わぁぁぁ~」


「すごい……なによ、ここ」


 見たこともないような美しい花たちが、見たこともないほど大量に咲き誇っている。

 不毛の大地だと信じていた風の精霊の居場所に、まさかこんな場所があったなんて。二人とも、同じ驚きを感じていた。


「メルールルーストゥのお花よりきれいだね。それに、知ってるお花がないよ」


「うん、こんなの、見たことない……」美しい花の群れを見て、ネムールは感動していた。さらにその先に視線を移すと、ようやくそれに気づくことができた。「あそこ……あっちに、木がある」


「本当だ! あれだよネムちゃん、行こう!」


 他に方法がないので花を踏みつけながら駆ける。一直線に、その木を目指して。


 近づいてみると、幹が螺旋状になっている不思議な形状の木で、やはりこれまでの人生で見た覚えはない。細く長い葉が垂れ下がるようにしてまばらに生えている。高さはそれほどでもなく、てっぺんまでよじ登ることもできそうだ。けれど……肝心の木の実が、一見してどこにもなかった。


「うそ……せっかく来たのに」ユナミールが悲しい声で言う。見上げても、葉っぱしかない。


「…………」


 ネムールはぼぉーっとして立っていた。はじめから期待などしていなかったように、なんの感想もなかった。


「なんで、なんで、なんでなのっ!」


 ユナミールが気に手をかけた。よじ登ろうとしている。


「あ、危ないから!」気がついたネムールが止めに入る。「そんなことしたって、ないものはないのよ」


「でもっ!」


「仕方ないわ、レミリネアの言ってた奇跡の実なんて、本当はなかったのよ……ん?」ユナミールの後方に、なにかを見つける。「あれって……実じゃない?」


「あにょ?」変な角度で曲がった首から、変な声が飛び出した。


 ユナミールも、それを発見する。

 垂れ下がった葉と葉の間に、小さな赤い丸がある。本当に小さくて、親指の先ほどしかないような実である。奇跡の実という言葉から勝手に想像していたサイズより、はるかに小さい。

 もしかしたら未成熟なものかもしれない。そう考えながら、それでも効果を期待せずにはいられない。

 とにかく、それが本当に木の実なのかどうか、二人は近づいて確認する。


「これだよネムちゃん、間違いないよ!」


「他にはひとつもないけれど、確かに、木の実といえば木の実だし……これなのかな。まさか本当にあったなんて」


「さあ、ネムちゃん」ユナミールがうながす。


「う、うん」指でつまみ、ねじ切るようにして実をとった。血のように赤く、キラキラと宝石のような輝きを放つ実だった。

 奇跡の実という言葉も、今は信じられる。


 ネムールは口に近づけると、それをひと噛みした━━


「うっわ……あっまぁ~い!」


 とろけるようなドロッとした果汁は、これまで味わったことのない甘く優しい味わいで、一瞬にしてネムールの気持ちを上向かせた。

 すべてのネガティブな感情が消え失せて、本来の明るさが戻ってくる。


「そんなに?」


「ユナミールも食べなよ。半分こ。ユナミールも長生きするように」


「え、でも……」


「いいから、食べなさいよ!」


 半ば無理やり押し付けるようにして、ネムールはユナミールの口に残りの半分を入れてやる。もう、自分の命のことなど忘れていた。


「うんぐっ……もぎゅううう~ん……お、お、お……おいひぃぃぃ~っん!」想像すらしていなかった美味に、ユナミールの味覚は快感すら覚えるほどにその衝撃を脳へと伝えた。

 ユナミールの口からヨダレがだらだらこぼれたが、それはネムールも同じだった。


「なんなのよ、これ……ちょっと逆に危ない食べ物だったんじゃ……」


「もっと食べたい~ん」


「なんかもう依存症みたいになってるし……」


 いろいろ心配だったが、とても美味しい実を食べ終えた今、ネムールは確かに元気になっていた。もしかしたら本当に延命できたのではないかと、そう思い始めるほどに。


「もうないわね。たったひとつだけあるなんて……本当に奇跡の実だったのかもね」


「ないかな~、もう一個くらいないかな~?」


 ユナミールはしつこく探し回っていたが、もう木の実はどこにもないのだった。


「帰りましょう、ユナミール。ありがとね。なんか元気出たし、来てよかった。この木にもお礼を言って、もう帰ろ」


 二人は木の前に並んだ。

 その時、ふとネムールは誰かに見られているような感覚がして辺りを見回し、上空を見上げたがなにもなかった。気のせいだったのだろう。

 祈るように目を閉じると、奇跡の実を与えてくれた木に感謝して、来た道を戻った。


「って、またあの竜巻の中を歩かなきゃいけないんだったわね……」


「あー、忘れてたぁ……行けるかな?」


「行けなきゃ帰れないんだから、行くしかないでしょ。大丈夫よ、来れたんだから、きっと帰れる」


 とは言え、やはり竜巻地帯を歩くのは命懸けだった。レミリネアの魔力はまだ充分に残っているが、それとは別に二人も本気で力を出さなければ吹き飛ばされてしまいそうな状況だ。必死に風避けの力を維持しながら、あとはひたすら前へ前へと歩を進める。魔力を使いながらなので、話す余裕もなにもない。バランスを取るためにユナミールが先行し、すぐうしろをネムールが歩く。横に広がるよりも、縦列で歩いたほうがいいことを学んでいたのだ。


 どれほどの時間を歩いただろう。行きと帰りとで、まったく同等の時間だったのか、行きよりも帰りのほうが早かったのか、その逆か。わからないが、二人はついに竜巻地帯を突破した。


「やったぁ! これでもう安心だねネムちゃん! あれ、ネムちゃん?」


 すぐ後ろにいたはずのネムールが、すぐ後ろににいない。まだ竜巻を背にして、ユナミールと距離が離れたネムールは立ち尽くしていた。


 その顔に、笑顔。


「ごめん、ユナミール。やっぱりわたし、もうダメだったみたい」


 その言葉を最後に━━


 音もなく。声も上げずに。

 あっという間に枯れ枝のように……身体が、急激に萎れていき……その瞬間、ユナミールの目にはそれが見えていた。


 ネムールの身体から抜け出したネムールのすべて(・・・・・・・・)が空へと昇ってゆくのを。いや、まるでなにかに吸いとられたかのような速度で、軌道で、飛んでゆくのを。

 はっきり見たわけではない。

 そもそもそれは、肉眼で見えるようなものではない。

 それでも、その瞬間、ユナミールは確かにそれを確認した。

 ネムールが、なにかに吸われてしまった。そんな思いを抱いた。


 枯れ枝のようになったネムールは倒れ、さらさらと砂状になって消えてゆく。


「あ……あ……」身体が動かない。気持ちもまったくついていかない。

 目の前の出来事が、信じられない。


 なんで……木の実を食べたのに……どうして!


 ただ、それだけは思った。

 現実を受け入れたユナミールは、それからしばらく狂ったように泣き続けた。

人間の世界なんて、どこを見回したところでさほど上等なものではない。誰も彼もが、似たような言葉と行動で、顔や性格すら一定のパターンや系統、傾向があって、その組み合わせやバランス、場所や時代が違うだけで、みんな、一緒なんだって思う。有限の視界や思考に惑わされているだけで、本当は、あいつもそいつも、どいつもこいつも大差ないんだよ。だから、すべては神の掌の上にある些末な出来事なのかも知れないんだ。

きっとわたしたちの現実なんて、夢の中の夢なんだよ。

でも━━

お金はあの世まで持ってはいけないけれど、心は、わたしたちの想いは、きっと、ずっと、どこまでも行けるし、絶対に消えないとわたしは信じてる。

みんな、死んでも、終わらないよ。


次回「いなくなっちゃった」


チェックしてくださいね!

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