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短い人生だけど、わたしたちは幸福に暮らしています   作者: 鈴木智一
第二章 異世界アドベンチャー
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エルエスデイ

 ユナミールとネムールがいなくなったことで、いよいよ飛鳥はやることがなくなってきていた。

 話し相手はレミリネアしかいないのだが、そのレミリネアはほとんど仕事にかかっていて、無駄話をするような余裕は……なくもないが、わざわざ話しかける飛鳥でもない。

 なのでわずかな作物に水をやるのと、やはりここでも凄まじいまでの生命力で育ちやがるトモカズを根絶やしにするくらいしか仕事がない。

 あとはユナミールたちの無事を祈って、家の中で正座していたりする。ちょっと引きこもり気味になっていた。


 そんな感じで2日、3日と日は過ぎて。

 4日目の朝。飛鳥はちょっと頭がおかしくなってきたので、その辺の平らな部分のある石を集めて、こつこつと積み重ねていた。

 なんの意味もない。そこになにか祈りが込められているというわけでもない。ただ無意味に、半ば無意識で積み上げているだけ。


「あららぁ……あんた、なにをやっとるのよ」現れたレミリネアが告げる。


「あ、レミリネア……え?」


「それ、なに?」


「これ? これは……石……だね」


「あんた大丈夫か。ネムールたちの心配をするのもわかるが、おかしくなったって仕方ないだろう。しっかりしろ」


「うん、はい、ごめなさい。でもオレなにもやることないし、できることもないし」


 飛鳥は石を積むのを止めない。これはいよいよ危ないのではないかと考えたレミリネアが一つの提案をする。


「仕方ないなぁ。よし、エルエスデイでもやってみるか? “あのお方”に触れれば、あんたの意識がユナミールたちの姿を捉えられるかもしれんぞ。今どうなっているのか、気になるのだろう?」


 レミリネアの提案に飛鳥はなんとなく「はぁ」と返した。


「まったくぅ。ほんとに大丈夫かあんた。ほれ、こっちへ来い。我の家でエルエスデイを試させてやる。我ら魔術師にとっては慣れたものだが、はじめてはちょっとキツイかもしれんけど、ま、死にはせんから。あんたに死なれたら困るし、本当に危ないものならやらせんよ」


 飛鳥は言われるがままレミリネアに従った。でも、確かにユナミールとネムールが今どうなっているのか、どこでなにをしているのかはとても知りたい。それは事実だった。


 レミリネアの家に入ると、なんだかとてもふわっふわなクッションが敷いてあり、そこに座るよう指示された。自分の家にはない。いつの間にこんな良さげな代物を調達したのか……飛鳥はちょっと羨ましい。でも、多分これも魔術で作ったものだろうと想像する。それにしても自分の分も作ってくれなかったのだろうかと思う。ぶっちゃけ、欲しかった。


「ちょっと待ってねー。エルエスデイをやるのにも準備がいるのだ。我は手際が良いからそんなには待たせんけど、少し待ってね」


 少し……とはいかず、およそ三十分はたっぷり待たされた飛鳥は足が痺れたので立ち上がろうとしたら立ち上がれず転倒した。

 足の感覚がなく、強烈な痺れが襲う。


「おっほほっほほーんっ!」


「えっ! どうしたんだアスカ!」慌てたレミリネアが姿を見せる。


「あっしが! あっしの足があああーあ、しびれっおほーっ!」


「なーんだ……」


 また奥の間に引っ込んだレミリネア。少しすると、盆の上にいろいろ乗せて戻ってきた。その頃には飛鳥の痺れも回復しており、大人しく転がっている。


「お待たせー」盆を床に置く。筒状のなにかとコップに入ったなにかが乗っている。


「これがエルエスデイ?」


「うん。エルエスデイはこの中に粉末状にして入っておる。火ぃつけて煙を出すのだ。で、こっちはいろいろな野草や薬草をいっぱい混ぜたやばい汁」


「いや……やばい汁かよ……」さすがにそこは突っ込む飛鳥。見た目だけでやばそうなのはわかったけど、いらぬ裏付けも取れた。飲みたくない。でも多分飲むのだろう。そう思う。


「まずはこれを飲む必要がある」


 やっぱりなと内心がっかりした飛鳥。とにかく暗色の泥かコールタールかなにかみたいな汁は、とても飲み物の色をしていない。身体にいいと言われてもお断りな代物なのに、身体に悪そうだけど飲まされるなんて、これはなんの罰なのだろうという疑問が生まれる。そして疑問は死んでいく。


「身体を変えるんだ。刺激を与え、“あのお方”に近しいところまで意識を持っていく。毒を清め、五感を殺し、六感を生かし、また再び五感を研ぎ澄ませる。己が世界の一部であり、世界もまた己の一部であるという感覚を得る。そうなってからのエルエスデイで、キメるわけだ」


「キメんのかよ……」レミリネアは命の危険はないと語るが、飛鳥はこれひょっとしたら死ぬこともあるんじゃないかと思い始める。ちょっと嫌な予感がしていた。ネムールのそれとは違っただろうけれど。


「今日は我はやらん。あんたの分だけだ。それに、キマっちゃったあんたを引き戻すためにも、我はエルエスデイをやるわけにいかんし」


(なにかから引き戻さないといけないほどのもんなのね……いや、それってヤバくない?)思うけれど、もう後戻りはできない。気がする。

 いや、断れば断れたのだろうけれど……飛鳥はなんとなくこれに立ち向かってみようという気分になっていた。これは、かつての自分にはなかった判断だろう。いつでも、なにからも逃げてばかりだった昔の自分。そこから変わったのだという自負が、前向きな判断をさせる。後ろ向きな判断を許さなかった。


「まずは深呼吸だ。気持ちを落ち着かせろ。なに、心配することはない。我が導く。さあ、準備ができたらぐぐっと飲み干せ(野草の)ミックスジュース」


 言われたので、飛鳥はコップを手に取ると、それを口に近づける。

 物凄い━━口に入れてはいけないような━━臭いに鼻が曲がりそうになったので、鼻での呼吸を諦めて口をつける。

 ちょろっと、その液体が口に入った瞬間に身体が拒絶反応を起こしそうになるほどの感覚が走る。味などわからないが、とてつもなく苦くクソ不味いのはなんとなくわかる。そして舌がちょっと痺れていた。


「いや、そんなちろっとじゃなしに、ぐっといけよー」レミリネアが煽る。


 これの一気は本当に死んでしまいそうだなと思いながら、逆に身体は動いていた。わずかなためらいを上回る、正体不明の勇気が湧いていた。危険なほどの味は体感したはずだが、その液体をコップをまっ逆さまにして流し入れた。

 悪意の塊のようななにかが喉を流れ落ちる。ゆっくりと、痛みにも似た感覚を伴いながら。


「うんんっん、ぶはぁーっ!」すべて飲み干した飛鳥の身体がガクンっと沈んだ。一瞬にして腰が抜け、ほとんど力が入らなくなる。かろうじて両手は後ろについているが、いつ寝転がってもおかしくないほどに床の上でガクガクしていた。ガクガクブルブルしている。


「ガクブルしたままでよいから、そこに座っててね。その汁が身体に行き渡れば、準備は完了だ。いよいよエルエスデイの出番だな。今火ぃつけるから、待っとって……あんた、大丈夫か? すごいガクブルだな。なんか、懐かしいような……そうかぁ、レナリエルがはじめてやった時も、確かこんな感じだったなぁ。アスカほどではなかったやもしれんが。よし、煙が出てきたぞ。さあ、口と言わず鼻と言わず、穴という穴から吸い込むといい」


 飛鳥はガクガクブルブルしたまま、まったく煙くない不思議な煙を吸い込ませられた。なんとなくフルーティーな感じもする、なんとも吸いやすい煙だった。飛鳥は煙草をやらなかったので、それとの比較はできないが、もしこれが煙草だったら、そりゃおいしいよなぁと、薄れゆく意識の中で考える。


「さあ、効果はすぐ来るぞ」


 その言葉通り━━


 急激に歪みだした視界は、横に揺れ、縦に揺れ、しまいには渦を巻くように溶けだした。

 もはやなにを見ているのかもわからない。景色であり景色ではなく、目の前のレミリネアすら確認できない。飛鳥の意識は夢と現実の間へと導かれる。


 真冬の雪山で遭難したみたいに、全身が凍えるほどの冷気に襲われていた。歯がガチガチと鳴って、震えが止まらない。腹の底にある吐き気は、しかし嘔吐には繋がらない。不快な感覚だけがずっと貼り付いている。舌が痺れ目が乾き心音が両耳に聞こえる。激しい頭痛と鼻の奥を刺す痛みに涙が溢れる。やがて寒気がなくなると、今度は逆にあらゆる感覚がなくなった。痛みも渇きも熱も風も感じない。まったくの無感覚。宇宙空間に魂だけが取り残されたような、なにもない状況。目は開いているにも関わらず、真っ暗でなにも見えない。自分がどこにいるのかもわからず、どころか、己が何者であったのかも忘れている━━わたしは人だ━━何者でもないなにか。


 さらなる変化は突然だった。

 真っ暗な景色が一変、晴れ渡る雄大な景色を眼下に、どこまでも広がる青空を舞っている。

 己の姿は見えない。ただ、視界だけがある。空を飛んでいる。それは、記憶の中の景色や、経験から想像した鳥瞰の風景ではない。実際に、今、己の目が捉えている景色である。そう、確信できる。それ以外のなにかではありえない。感じる風は冷たくも清々しく、なにかを教えようとしている。

 導かれるようにして、視界は大空を飛び続ける。

 すると、遠くに無数の竜巻━━それも、天と地を繋ぐ巨大な竜巻━━が無数に見えた。風の大地だと思った。


『見えるか』声が聞こえた。誰の声でもない。男とも女ともつかない、声のような音。


 それっきり、声は聞こえなくなったが気にしなかった。視界はやがて竜巻へと突入し、さらにそれらをいくつも突き抜けてゆくと、再び温かな光射す空が戻る。辺りを竜巻に囲まれながらも、そこには奇跡的な場所が存在していた。まるで竜巻により護られていたかのように、そこだけ草木や花が溢れる楽園のような場所があった。そして、その中心には一本の木が生えている。滑空してゆくと、その根元に二人の少女の姿があった。


 誰だったろうか。

 わからないが、目的を果たしたという気がした。自分の目的か、少女の目的か。どちらかの。

 とにかく、すべてが満たされた。

 気がつくと、視界は巻き戻されるようにして急激に後退していった。

 そこで、意識が途切れる。


 *


「げほおっ、げほげほおげろげろ!」


 びくんと上半身を起こした飛鳥が喉を押さえ、呼吸を整える。荒い息がおさまると、呆然とした様子で辺りを見回す。すぐ近くに、レミリネアが座っていた。


「戻ったようだな。で、どうだった?」


 と訊かれても、なにがどうなったのか、わからないほど混乱していた。が、記憶は鮮明に残っている。それをそのまま、レミリネアへと伝えた。


「ほうほう、なるほど、あんたはその目で見てきたんだよ。ユナミールとネムールの、今現在の姿をな。つまり、二人とも無事だというわけだ。よかったよかった」


「いや……今の、なんだったの?」幽体離脱とか、そんな言葉を浮かべながら飛鳥は問う。


「“あのお方”に触れたのだ。そして、あんたの意識は空を飛び、ネムールらの元へと向かった。ただ、それだけのことだ」


 レミリネアの簡単な説明には納得いかなかったし、あのお方とやらに触れたという実感もなく。

 わけのわからないまま、わけのわからない体験をさせられた飛鳥は、それからしばらく身体のダルさに悩まされた。丸3日以上経過したのち、徐々に調子を取り戻すまでは。


 飛鳥がすっかり元の調子を取り戻したちょうどその頃━━ユナミールが帰ってくる。

なにかがはじまる時、それはなにかが終わる時。

かつて新しかったものは、やがて古くなり、いずれは消える。今、新しいものも、それは同じ。

ずっと、同じ。

いつまでも、繰り返す、繰り返す、繰り返す。

どこかに終わりはあるのかな。


次回「奇跡の実」


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