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短い人生だけど、わたしたちは幸福に暮らしています   作者: 鈴木智一
第二章 異世界アドベンチャー
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予感

 あれは、フラニャの母親だった。

 名前はフリナ。その名を思い出せば、ありし日の彼女の姿も思い浮かぶ。ユナミールはけして忘れない。もちろんネムールもそれは同じだ。確かにこの世界に生き、共に暮らしていた人たちを忘れない。


 フリナが、当時まだ一歳だったユナミールと一緒にいた時のことだ。一歳当時の出来事だけれど、ユナミールは鮮明に記憶していた。

 生まれたばかりのフラニャを抱っこしながら、川で遊ぶユナミールの面倒も見ていた。そんな中、ふとフリナの顔が曇った瞬間があった。その時に彼女が呟いた言葉も「なんだか嫌な予感がする……」というものだった。


 その一週間後に、彼女は亡くなっている。

 フリナだった砂の上で、赤ん坊のフラニャが泣いていた光景も記憶している。


「ネムちゃん、それって……」


「いや……わたし、まだ……」それ以上はなにも言葉が出ない。しかし、言葉にしなくても、二人ともすべてわかっていた。

 呆然とするネムールに、ユナミールもかける言葉が見つからない。なにを言うべきかもわからないし、なにも言うべきではないという気もしている。


「わたしだっておぼえている。ユナミールもわかるでしょ……あの時、フリナが言った言葉と同じ。わたしもユナミールも、まだ小さかったから、なんとも思わなかった。その一週間後にフリナがいなくなった時だって、あの言葉を思い出したりはしなかった。でも、今ならわかるの。みんなそうだったんだから、わたしだって同じ。その時(・・・)が近づいたんだって、きっと、無意識にわかってるんだと思う。まさかフリナと同じことを言っちゃうなんて想像もしていなかったけど……」


「ネムちゃん……」


 別れの時が近づいている。

 誰が言ったわけでもないのに、わかってしまう。死にゆく人間は、その前兆を感じ取るのだ。ただの一人の例外もなく、なにかしらの予感を覚える。あるいは急に穏やかな性格になったり、食欲がほとんどなくなったりなどといったパターンも見られる。人によって死への予兆はいろいろあった。


 そんな中で━━ネムールは「嫌な予感」としてそれを感じ取ったのだ。


「もう、あと一週間くらいなのかな……まだ十六になったばかりなのにな」


 ネムールの悲しげな声に、ユナミールは涙をこらえきれなくなっていた。

 すびびびっと鼻水をすすり、ネムひゃん、と声を上げた。


「だいじょーびだよっ、あだすがっ、なんとかっ、するからぁ!」言って、玄関から出て行く。


 ユナミールが目指したのはレミリネアのところだった。彼女ももう家に入っており、くつろいでいる時間だった。

 勢いよく開けられた扉に「どっひゃん!」と驚き湯の入ったコップを中空に放った。コップが上下逆になり、中身の熱い湯がレミリネアの頭上にこぼれる。


「あっちゃーん!」とっさの魔術も間に合わず、ちょっとやけどしたレミリネア。「なんで脅かすぅ~」とユナミールを睨みながら、魔術で頭部を冷やしている。


「ぐしっ、ずびっび」涙まみれの顔をしたまま、ユナミールは言うべき言葉を探す。


「えー……なんでユナミールが泣いておる。泣きたいのは我のほうだぞ、まったく」


 ずびび、ずびと呼吸を整え……しかしすぐに涙が溢れるユナミール。


「ネムひゃん、ネムひゃんが、すんざうかもずべばい!」


「なぬ?」ずんざうかもずべばい、とはなんぞや?

 レミリネアの顔が歪む。


「嫌な予感がするってぇ、ずびぃー、するって言うからぁ、嫌な予感がずびるぼば、あだすがちいちゃい時のずびび、フラニャのママが言っべばやつずべぇー!」


「なぬぅ……なんだろう、難しいぞぉ、我の耳ではちょっとよくわからんなぁ」


 ただでさえめちゃくちゃなことを喋っている上にずびずび言ってるので、まったくなにを言ってるいるのか伝わっていない。

 ユナミールが伝えたいことがレミリネアに伝わるまでは、たっぷり小一時間ほどが必要だった。ようやく理解したレミリネアは「そうか」と言って難しい顔になった。


「残念だが、どうすることもできん……と言いたいところだが、わずかばかりの希望はないこともない。というのも━━」


 レミリネアの言葉を最後まで聞くより先に、ユナミールは彼女の肩を掴み激しく揺らす。


「なになになになにずびばずびっば! ネムひゃんがいなくならないようにでびぶ方法?」


「おう、おうおう、おーう……」揺れがおさまるのを待ってから、とりあえずユナミールから離れて話しを再開する。「昔聞いたことがあるんだ。風の大地、その中心にある木には不思議な実がなるらしくてな、それを食せば寿命が延びるとか延びないとか、そういう話。ほんとに我も噂程度に聞いただけのものだから、確証はないし期待も薄いが━━」


「いぼおっ!」行こう、とユナミールは言った。ユナミール汁で顔面びちょびちょなので水っぽくてなにを言っているのかは依然として聞き取りづらいが、レミリネアには伝わった。


「まあ、仕事半ばだが……我とてネムールはもはや家族同然の大切な仲間だと思っている。ユナミールの気持ちもわかる。ダメ元で行ってやってもいいが……やはり使命が優先されるのは、変わらんのだ。アスカの安全も、それは同じ。我の使命とアスカの存在はイコールだから。つまりな……行くんであれば、あんた一人。もしくはネムールと二人で行ってもらわんとならないことになるんだけど、行く?」


 うん、とユナミールは頷いた。ネムールの命を延ばすためなら、なんでもやるという顔。その決意は確かなようだ。


「わかった。ならば我は我にできる限りのサポートをしよう。通常、人間には到達できないような場所に行かなくてはならんのだからな。生半可な風避けでは無理だ。なにしろ……ここに来る途中で見ただろう、あの竜巻だらけの方向に向かうんだぞ。中心はあの方角だ。そんなところに木などあるのかが、そもそも疑問だが、いや、だからこそ命を引き延ばせるほどのものなのだろうな。奇跡の木の実だな。とにかく、ネムールの命を救う手立てがあるとすれば、我にはそれくらいしか思い付かん。あとは噂が真実であると信じて、祈るしかない」


「あだす、がんばぶ!」


「うん。でも、あれほどの巨大な……しかもひとつやふたつではない竜巻を防ぐ魔術となると……ちょっと2日くらいかかるぞ」


「わかった」


 それから2日。レミリネアは本来やるべきことに費やすはずだった魔力と時間を、ネムールとユナミールのために費やしたのだった。

 死期を悟ったネムールは極端に言葉数が少なくなり、飛鳥もなんと声をかけていいかわからなかった。「大丈夫」などとは言えないし、「死なないよ」なんて、口が裂けても言えない。だって、死ぬのだから。この世界の少女たちの寿命は短い。それはわかっていたことだ。

 でも━━


(ネムールに死んでほしくない!)


 飛鳥は心からそう思った。そして、ユナミールの気持ちが、自分のそれ以上であるということも理解している。ゆえに、彼女の決断を止める(すべ)はない。応援するより他にないのだ。そして、二人の無事を祈るしか。


 ちょうど2日目の夜に、レミリネアの「風避けの道具」が完成した。

 と言っても、見た目それは指輪にしか見えず、実際に指輪だった。ただし埋め込まれた小さな石が魔術を内包する特殊なもので、そこにレミリネアの魔力と風を避けるための魔術が込められている。それも、かなり膨大な量が。

 それが二人分。

 ユナミールと、ネムールが指にはめる。


「つけているだけで効果は発揮される。とは言え、あんたらの精神力と、いくらかの魔力は必要になる。完全に効果を発揮するのにな。まあ、ちょっとがんばればいい感じだから、あんまし気にしなくていいよ」


 飛鳥にはよくわからない説明だったが、ユナミールは頷いた。理解したかどうかはわからないが。

 そしてネムールは……ここにきて、いくらか明るい表情を取り戻した様子だが、それでも本来持っていた元気は見られない。とても大人しい、まるで別人のようだ。


「ありがとうね、レミリネア……やらなくちゃいけないことがあるのに、わたしなんかのために」


「いいや……そんなことを言うな。我だって、あんたのことはもう家族同然に思っとるんだから。うまくいくことを願っておるよ」


「うん、ありがとう」やさしい微笑は、やはり本来のネムールにはなかったものだ。横に視線を移し、飛鳥を見やる。「アスカ、今までありがとう。本当に楽しかった、アスカに出会えてよかった。本当の、男性と一緒にいられて、わたしは幸せだった」


 ネムールは飛鳥のような人間こそが、本当の男性であると結論づけていた。レミリネアによって与えられた知識の影響なのだが、それを受け入れて、納得したのだ。自らの世界の男性が、ネムールにとってはどこか物足りない存在であったことも理由にある。それは小さなころからずっと感じていたものだった。


 ━━ネムール、そんなセリフ……。


 言いかけて、違う言葉を選ぶ飛鳥。「必ず無事に帰ってきてね」と。

 もちろん、奇跡の木の実とやらを獲得し、しっかりと延命を果たすことを期待して。


 だが、ネムールはわずかな間を置いて━━「うん」と弱々しく返事をしただけだった。

 本当にらしくない。

 こんなのはネムールじゃない。

 絶対に、元気になって戻ってほしい。


「じゃあ、行ってくるね」


「ユナミールも、気をつけて!」


「うん、それじゃ」


 ネムールと手を繋いだユナミールが離れて行く。町の外まで見送りにきていた飛鳥とレミリネアだが、やはり風の影響が強く、立っているのもままならない。

 そんな中を、二人は普通に歩いて行った。レミリネアの道具が効果を発揮している証拠だ。


「さて……戻るか。あとはもう、事が良きほうへ転がるのを祈るしかない。我らのやるべきことは、やらなくちゃいけないから」


「うん……戻ろうか」


 階段を降りる感覚も、どこか重々しく感じられる。とても楽しい気分には、なりようがなかった。

今も未来もかつても、いつも人間は同じ疑問を抱き続ける。どうして世界は存在するのか。自分はなぜ生まれたのか。死んだらどうなる。どうして死ななくちゃいけないの?

ユナミールにはわかりません。なにもわかりません。いつか誰か、わかる日が来るのかな。そうしたら、ユナミールにも教えてほしいな。


次回「エルエスデイ」


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