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短い人生だけど、わたしたちは幸福に暮らしています   作者: 鈴木智一
第二章 異世界アドベンチャー
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風避け

 翌日からさっそく、レミリネアによる『道具』づくりがはじまった。

 話を聞く限り、わりと大きめな装置のようなものであると飛鳥は理解したが、実際どのような物ができあがるのかは、想像できない。見てみるまではわからないだろう。


 とにかく材料からすべて魔術により生み出さなくてはならないということで、とても一朝一夕でどうにかなる仕事ではない。道具をつくるだけで一年はかかりそうだと、レミリネアは語った。


 数時間かけて、ようやく板チョコほどの大きさの鉄を生み出したところを見ると、これはほんとに時間がかかりそうだと、飛鳥は思った。

 そんなレミリネアの作業現場を横目に、ユナミールとネムールに従い、町の外を目指す。

 三人の仕事は━━というか、他にやるべきこともないので━━とりあえず町の外へ出て、なにか食べられそうな植物か、あるいは動物がいないか探すことだった。

 山まで戻ればドリモグがいたことはわかっているので、なにも収穫がないという事態はなさそうだが、それでもドリモグだけに頼るわけにもいかない。町の中で栽培をはじめた分があるとはいえ、とても足りる量ではない。なにかしら自生する植物を見つける必要があるのだ。


 直線的な急斜面階段は使わずに、外壁に沿うようにして緩やかに傾斜している階段のほうを使う。町の外周をまるまる一周分かけて地上へと到達できるようになっているので、時間はかかるが問題ない。なにも急ぐ必要なんてないのだから、安全なほうを選択するのは当たり前の判断だった。というかぶっちゃけ、ネムールたちも危ないほうの階段には、飛鳥ほどではないにしろ多少の危険性を感じていたのだ。

 レミリネアが同行しないこともあるし、万が一のリスクを避けることを選んでいた。


 地上に出たとたんに、ユナミールのスカートが盛大に捲れあがって、飛鳥の眼前に綺麗な白色の下着がお目見えした。

 もう見慣れた感もあったが、それでも至近距離で目撃し、平然としていられる飛鳥ではなかった。すぐさま視線をそらせるのだが、その先に今度はネムールの下着が現れる。彼女が一番好んで着用する、黒色の下着だった。

 もう視線を外す先もなく、仕方なしに下を向くのだが、そんな飛鳥本人のスカートもめくれて自らの下着も露出している。いくら異世界でも見るに耐えない状況のような気はするが、それは飛鳥本人だけが微かに思う程度で、当の住人たちはなにも気にすることがない。

 男女問わず、主な服装がこのスカート姿なので、たとえ強風が吹き荒れる大地へ行くということがわかっていても、この服装で来るしかなかった。まあ、彼らの場合は風のことなど考えてはいなかったから、いずれにしろこの状況は避けられないものだったのだが……。


 ほとんどずっとめくれたままのスカートに、下着丸出しのままで歩く三人は、なんだかそういう生物のようにも見えた。遠目から見る者があれば、おかしな異次元生物だと思うかもしれない。そういう知識があればの話だが。


「アスカちょっと……」と、ネムールが飛鳥の腕を引いて自分の前に立たせる。風は進行方向から吹いているので、つまりは風避けにしたらしい。「あ、いいかも」とか言って、飛鳥の背中に隠れる。

 男である飛鳥は、当然といえば当然だが、少女であるネムールよりは体格がいい。風避けとしての役割を果たすことができそうだった。本人の意思とは関係なく。


「あ、ネムちゃんずるいよ。ずるずる、ずっこいよ~」


 飛鳥の背中に張り付いたネムールに、さらにユナミールが張り付いた。


「ぐにっ」


 ネムールが潰される。が、自業自得なので文句は言わない。そこはネムールの偉いところだ。

 それよりも文句を言っていいはずの飛鳥は、もちろんなんの文句も言わずに、ひたすら強風に耐えている。

 ちゃんと目を開いているとすぐに乾いてしまうので、薄目を開けた状態で。

 これでは植物探しどころか、ただ前進するのにも支障があるのだが、仕方ない。三人で強風をまともに受けるより、男である飛鳥が二人の壁として彼女たちの風避けになるのなら、それは歓迎すべきことであると結論したようだ。

 ただ、あまりの強風は視界以上に、実際に進むことを阻害する。同じ距離を歩くのに、通常の倍以上の力が必要だった。無風であればなんてことのない動作が、ここでは難しい。一歩足を踏み出すのにも、しっかりと力を使う必要があった。正直、体力が削られる。

 しかもこの日は一段と風が強くて、少なくとも風の大地に到着したその日よりは明らかに強い風が吹き荒れていた。


「や、やぱっぱ」しゃべることすら難しく、思うように言葉が出ない。それでも飛鳥はなんとか思いを伝えた。「やっぱり、今日はやめておいたほうがいいんじゃ」


「え?」しかし、ネムールに聞き返されてしまう。風の音は、会話の邪魔もしていた。


「今日はっ、すごくっ、風がっ……」


「あ?」


「つよしっ」


 バビョオヨヨヨッと、更なる強風が襲い飛鳥の動きが止まる。どころか、直立した彼の身体がうしろに傾く。

 張り付いていたネムールの側頭部に、飛鳥の後頭部がごりりっと擦れたので「あたた」と言ったネムールが背を向けるかたちになると同時に、さらにそのネムールに張り付いていたユナミールもくるりと後ろを向く。あまりの風に耐えかねた飛鳥もとうとう風に背を向けたので、この時点でユナミールが先頭になった。

 そして吹き続ける強風は飛鳥の背中を押し、つまりはネムールが押され、ユナミールが押されて……自動的に来た道を引き返すかたちになって進む三人の姿がそこにはあった。


「ちょっと、これ、戻ってない?」ネムールが言うが、言うまでもなくわかっている。みんなわかっている。でも、どうしようもない。だって風が背中を押すのだから。

 進むしかない。

 町に向かって。

 まあ、それほどの距離を進んでいたわけではないので……さっき上ってきたばかりの階段が、すぐに見えてきた。


「戻っちゃうじゃん。戻っちゃったじゃん。なにしに行ったのよ」


 風に背中を押されたまま、階段を何段か下ったあたりでようやく三人は止まった。風による強制がなくなったので、足を止めることができた。が、目的は達成できなかった。


「お散歩……でもなかったね」


 ユナミールがおっしゃる通り、散歩にすらならなかった。

 がっかりして町に戻った三人を、こちらは一仕事終えて休憩中のレミリネアが出迎える。


「あれ、もう帰ってきた? あんたら、なにしに行ったんだ」


「……さあ?」ネムールが無愛想に言って、自分の家に戻ってしまった。


 飛鳥とユナミールはその場にとどまり、レミリネアの仕事の成果を見る。

 飛鳥の足くらいの大きさの鉄板が何枚か重なっていた。魔術で作り上げたものだ。これを、さらにいくつも作らなければいけないらしい。いかに強大な魔力を持つ人間でも、それは大変な作業になる。


 それにしても、わずかな時間で思いの外作業が進んでいる。数時間かけてわずかしかでかなかったはずのものが、あっという間に増えている。これはどういうことなのか。


「なんか、急に増えてない?」


 飛鳥の質問に、レミリネアが答える。


「ああ、調子が出ればこんなものだ。最初はあれだ、ひさしぶりにやったからコツを忘れていただけだ」


 そうなのか、と納得するしかない。


「やっぱり、魔術を使うのって疲れる?」続けて、飛鳥が問う。


「うーん、いや、疲れるというよりは、ダルくなる感じだな」


 その違いはよくわからなかったが、疲れるのだろうという認識でよさそうだ。

 ユナミールも手伝えるものなら手伝いたいと言っていたのだが、彼女にそんな魔術が扱えるわけもなく。結局、レミリネア一人に任せるよりなかった。


「なにも手伝えないけど、がんばってね」


「言われんでも、がんばるよ。我はこのために生きてきたようなものなのだ。自らのやるべきことはわかっている。我が世界を変えられるのならば、この程度のことは苦にもならない」


 いまだ全貌の掴めないレミリネアたちの計画であるが、飛鳥もユナミールも無条件に信じたい気持ちがあった。根拠はないが、疑いもない。レミリネアがなにをするにしろ、それを信じて協力するだけだ。

 それは、この場にいないネムールも同じだったろう。

 食べ物探しが失敗して、ちょっとスネてしまったネムールだが、すぐに元通り、いつもの調子に戻るはずだ。

 三人とも、そう思っていた。


 ネムールと二人で使用している家に戻ったユナミール。「ただいまー」と声をかけるも、返事はない。

 ネムールの背中は、動かない。


「ネムちゃん? 具合悪いの?」


 振り向いたネムールの顔は暗い。


「なんだか、嫌な予感がするの……」


 その言葉は、かつてどこかで聞いたことがあった。

 まだユナミールが幼いころに、メルールルーストゥの川で━━。

時代が変わっても、変わらないものがある。いや、時代が変わっても、変われない。

ユナミールはユナミールでしかないのだから。

人間は、人間でしかないのだから。

この世界がどこへ向かうのか、ユナミールにはわかりません。その終点がいつなのかも。

ひとつ言えることは、わたしが終わるほうが先だってことです。あるいは、わたしが終わる前に世界が終わりますか?


次回「予感」


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