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短い人生だけど、わたしたちは幸福に暮らしています   作者: 鈴木智一
第二章 異世界アドベンチャー
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続・地底世界の秘密

「それにしても、その男性はすごかった。見てみろ、結晶が三つも生まれている。こんなことは初めてだ」


 ピロットの隣に立つ緑色の女が持つ箱の中に、虹色に輝く不思議な結晶があった。雫のかたちをした、小さな宝石のようなもので、それが確かに三つある。


「なにこれー、これで子供が生まれるの? どうして?」


 ユナミールの質問に、ピロットは「詳しいことはわからない」と簡単に答えた。


「アスカは特別な男性だからな、それも当然の話だろう。あんたらは手を出してはいけない男性に手を出したということを、自覚しなくてはならんな。あるいは世界の希望を潰すところだったんだからな」


 レミリネアの再三の言葉に、ピロットも反省の色を示した。「悪かった」などと言ってはいるが、貴重な結晶がいっぺんに三つも手に入ったことに対する喜びは隠しきれていない。レミリネアから顔を隠して、にへらっと笑った。


「まあ、アスカが無事に戻ったのであれば、我らとしては問題ない。これ以上この場所にとどまる理由もない。そろそろ地上に戻るぞ」


 レミリネアの言葉に、ユナミールとネムールが頷いた。飛鳥はまだどこか上の空で━━エネルギーを搾り取られたことが理由か━━ぼおっとして突っ立っている。精気が回復するまで時間がかかりそうな様子だ。


「戻るのか。元の場所へ戻るのもいいが、どこか目的の場所があるなら、その方角へ送ることもできるぞ?」と、ピロットが申し出た。


「送る? どういうことよ」ネムールが返す。


「この場所は我々の聖地だ。ここを中心として、東西南北それぞれの“穴”までトンネルが通っている。とても歩ける距離ではないが、移動手段がある。高速で移動する神の箱だ。それに乗り込むことで、歩けば数ヶ月はかかる距離を半日で移動することができるぞ。どうする?」


 なんと、とレミリネアは驚愕する。

 そのような乗り物は聞いたことがなく、また、レミリネアの魔術をもってしても不可能と思われる技術だったから。

 たとえばバイチャリの速度を上げるようなことなら可能だが、数ヶ月かかる距離を半日で移動することなどできない。大魔術師ですら未知の技術が使われているとしか考えられなかった。


「そんなものまであるとはな、さすがに恐れ入ったぞ。あんたらの祖先は、とてつもない存在だったようだ。その遺産を見れただけでも、我としてはありがたかった。

 そうだな、我らは西の方角を目指している。風の大地にある、フィーガウルワあたりがよい。行けるのか?」


 フィーガウルワという場所は、元々は町があった跡地で、今は無人の廃墟だということを、レミリネアはあとで語った。


「西か、西の穴はちょうどポッチヤオ山の場所にある。フィーガウルワという町は、その近辺ではなかったか」


 地上には干渉しないながら、けして無知ではなかった緑色の女たちはほとんどの地名を把握していた。

 レミリネアは、これは好都合だと語り、他の三人に同意を求めた。もちろん、誰にも異論などあろうはずもなく、ピロットたちの移動手段を利用させてもらうことが決まった。

 飛鳥によって作られた三つの結晶に舞い上がっていたのだろう、出会った時とは正反対なほどに親切になったピロットは「足元に気をつけろよ」と注意してくれるほどだった。


 大空洞から細い横穴に案内され、四人はただピロットに従い、そのあとを追った。

 鏡のように鏡像を映す岩肌の通路は、かなり奥まで続いている。十数分かけて歩いたすえにたどり着いたスペースに、硬質な素材でできた箱のようなものがあった。ユナミールはなんだかわからないそれを躊躇いもなく触ったが、なにも変化はない。

 飛鳥にはその箱が、ロープウェイで人を運ぶための搬器(はんき)に見えた。真っ白なボディの四角い、地面に降ろされたゴンドラ。そんな印象だ。


「これは……なに?」ユナミールはとうとう足で、軽くではあるが蹴り始めた。

 ピロットさえ注意しなかったので、その程度で壊れるようなものではないのだろう。


「これも、男性水晶と同じ、(いにしえ)の遺物である。我々はこれを“フネ”と呼んでいる。フネは特定の地点間を高速で行き来することができる乗り物だ。ただし、途中で止まることがない。この地点から、もう一つの地点までしか移動ができない。これが、東西南北にそれぞれ一つずつ用意されている。この場所を中心にした長大なトンネルは、我々のはるか祖先の時代には、すでにあったものなのだ」


 ピロットの説明が終わると、さっそく四人は箱に乗り込む。もちろん、ピロットも。動かしかたを理解している彼女がいなくてはならない。フネの内部は五人が収まってもまだスペースに余裕があった。コの字型の座席は、十人くらいなら座れそうなものだった。

 中央にコントロールパネルのようなものがあり━━驚くべきことにそれは、タブレット端末のように飛鳥には思えた。いや、それそのものと言ってしまっていい、タッチパネルだった━━ピロットが手を触れると即座に起動した。同時に、壁が透明化して、外の景色が見えるようになる。壁がなくなったわけではない。その証拠に「あれ、壁がなくなっちゃった!」と言って歩みでたユナミールが激突したので、間違いなかった。


「わっ、大丈夫ユナミール?」


「ね、ネムちゃん……なんだか目の前に白くてチカチカしたものが……」言って、ユナミールは座席に倒れ込んだ。


「なんなんだ、この技術は……信じられん」


 レミリネアも透明になった壁に触れる。そこには魔術の痕跡がなく、完全に未知なる技術が使われていた。


「まあ、我々にもなんだかわかってないのだが、使う分には問題ない。安心しろ」


 正体のわからないものを完全に信用できるわけもなかったが、それでも信用するしかない。不測の事態が起きた時、一撃で全滅する可能性もあるが、緑色の女たちが今まで使ってきて大丈夫だったのだから、今回も大丈夫なことに期待するよりないのだ。

 なによりまだまだ距離のあった目的地へ、簡単に速く移動できるのだから、ありがたい。時間的な余裕はまだあるが、道中なにが起こるかわからない。早いのなら早いで、目的地周辺で準備できる期間が長くなるだけの話だ。もとよりその近辺に腰を据えて、約束の時を待つつもりであったのだから、早く到着したとして、なにも問題はない。


「それでは動き出すぞ。最初は慣れないかもしれないが、どうせ外は岩壁しかない、すぐに慣れる」


 その言葉の意味は、超高速で移動する景色だった。乗り心地は悪くない。いや、飛鳥が知る限りにおいては、彼の“前世”にあったいかなる乗り物よりも振動が少なかった。ほとんどないと言っていい。わずかな空気抵抗を受ける感覚が、なんとなく伝わる程度で、揺れらしい揺れがない。フネはわずかに空中へ浮かび、細長いトンネルを信じられないスピードで進んで行った。

 高速で流れる景色は岩肌ばかりで、多少色彩に変化はあるものの、大きな違いがあるわけではない。岩壁の鉱物を見分けられるようなスピードではなく、流れつづける茶色い川のようにしか見えないのだから。正直、見ていても仕方ない。なぜ壁を透明化する必要があったのだろうかと、飛鳥は考えていた。


 ある地点で減速しだすと、その数分後、フネはトンネルを抜けた。

 ひらかれた空洞に出たのだ。そこが終着点だったようで、フネが完全に停止する。駅のようなわかりやすい目印はない。出発地点と同様の、なにもない空間である。なにかポイントになっているメカニズムはあるのだろうが、それは見てわかるものではなさそうだった。


「着いたぞ。ここはもう、ポッチヤオ山の真下だ。お前の魔術で出てもいいが、もっと簡単に出れるものがある。我々が使っている入口だ。それを使うといい」


 体感では半日もかからず到着した。わずか数時間の出来事だった。

 四人はピロットを追ってフネを降りると━━停止と同時に透明化は解除されており、出入口は見える状態に戻っていた━━空洞の奥へと案内された。


「ここに住居はないんだ。地上との通路があるだけ」


 ピロットに案内された空洞の奥は、行き止まりになっていた。ただし、岩壁に扉のようなものがある。岩戸といった感じだ。

 ピロットが「開け~、オープンハロー!」とかなんとか言ったら、扉が横にスライドして開いた。

 ネムールが飛び上がって驚く。


「さあ、入れ」


 飛鳥はここでも驚愕した。それはどう見ても、エレベーターの内部にしか見えなかったから。

 扉のわきにボタンがある。漢字が書かれているわけではないが、それでも一見して階数ボタンとおそらく開閉ボタンだろうと見当をつけることができるものが備わっていた。なんとなく、非常時の呼び出しボタンのようなものもある。いや、それにしか見えない。いったい、どこに連絡が行くのだろうかと、気になってしまう。もちろん押しはしなかったが。


 ピロットがボタンの一つを押す。飛鳥が上階へのボタンだろうと見当をつけていた、まさにそのボタンだった。扉はすでに閉まっている。音もなく、わずかな違和感だけを残して、エレベーターが上昇する時の、飛鳥にとっては懐かしい感覚をかすかに感じた。

 それはつまり、飛鳥が前世で乗っていたものよりも、高度な技術が使われていることを示している。振動の一つもなく、十数秒ののちに扉が再び開いた。その先には、ひさしぶりに見る地上の空が広がっていた。


「わー、お外に出れたね!」


 ユナミールが真っ先に飛び出す。危険があるかどうかなどという心配など、彼女はしない。

 白い雲と、その上から降り注ぐ光のように輝かしい性格の持ち主なのだ。

 そんなユナミールのあとを追い、飛鳥、ネムール、レミリネアの順に外へ出た。最後にピロットも外へ出ると、扉は音もなく閉まってしまう。見るとすでにその形跡さえ見当たらず、扉があったはずの場所には大きな岩があるだけだった。


「え、扉がなくなったわよ!」ネムールが気づいて声を上げる。


「大丈夫だ、扉はなくなってはいない。ただ、見えないようになっただけだ。これは、我々以外の者が万が一にでも侵入できないようになっているのだ」と、ピロットが説明した。


「つくづくすごい技術だな。さすがの我も、驚きっぱなしだぞ」


 レミリネアが感心する。彼女が岩に触れてみても、扉が開くことはなかった。さきほどピロットが唱えた文言が必要なのだろう。


「ちょっと待て━━」突然、レミリネアの声色が変わった。なにか異変を感じたように、動きを止める。「日にちが進んでいないか?」


 この世界に季節らしい季節はないが、それでも一年の中で、ある決まった周期のようなものはある。雲の多さ。空気中の湿度。わずかな気温の変化など、特にレミリネアのように敏感な人間でなくては気づかないような変化だが、それでも確かな違いがある。その違いを、レミリネアは感じ取っていた。

 山の上だからではない。風の大地だからでもない。飛鳥を追って地中に入った時から、少なくとも半年以上先にならなければ感じられないはずの空気を、レミリネアは感じ取っていた。


「どういうことだ?」


「あ、言うのを忘れていた━━」ピロットがうっかりしていたとばかりに、頭に手を当てる。「我々の世界(地底空間)では、地上よりも時間が遅く流れているのだ。これも、我々の祖先の時代にはすでに存在していた技術で、そのようになっている。我々が長く生きられる理由のひとつでもあるのだが、ただ暮らすだけならば我々の半日が地上の一日━━その程度の違いしかない。だが、さきほどのフネを使えば、話は別だ。あれは単純に長距離を高速で移動するだけのものではない。これも理由はわからんのだが、時間も高速で過ぎるんだ。特に、地上世界へ出た時の時間経過が……」


「なっ!」いつもは冷静なレミリネアが、見たことのない表情になった。「聞いてないぞ、そんなことっ!」と慌ててから、すぐにいつもの冷静さを取り戻す。


「でもまあ、つまりは━━あっという間に目的地へたどり着いたという事実に変わりはないということだな。実際に、この時期にならなければ到着しなかったのだから、結果は同じ……だと思う。ただ、なんか、人生を損した気持ちがほんのちょっとだけある気もしなくはないが……いや、なんでもない」


 どのような感情なのか、レミリネアの顔は左半分が笑顔で右半分が困り顔という、奇跡の表情を(たた)えていた。でもすぐに「いや、世界が半年先に進んだのみで、我は元のままなのだから、かえって得をしたのか?」などと言い、今度は左半分が困り顔で、右半分が笑顔になったので、やはり感情はわからなかった。


「ちょっと……なに言ってるのかわかんないんだけど」ネムールは混乱している。世界が半年先に進んでいたなどと言われても、とても理解ができなかった。


「半年も経っていないのに、半年経ったってことだよ、ネムちゃん」


 意外にもすんなり納得したユナミールは、飛鳥に確認する。飛鳥としてもピロットがした以上の説明はできなかったが、ユナミールの意見を肯定してみせる。


「わたしはこれで戻る。じゃ」


 あっけなく別れを告げたピロットがきびすを返す。


「あ、帰っちゃうの? さよーならー!」ユナミールが大きく手をふる。


 ピロットは振り返りもせずに、岩に隠された扉を開くと、その中へと消えた。


「なんか……なんだったの?」


 ネムールが疲れた様子でため息をついた。その様子を見ながら、まだどこか気だるさの残る飛鳥は異世界の空を見上げる。雲の流れが速い。遠くで風の音が聞こえる。気づけば、スカートをなびかせるほどの風が吹いていた。


 そこはもう、風の大地の入口だった。

「いらっしゃいませ、ご注文はお決まりでしょうか?」

「ユナミールひとつください」

「はい、かしこまりました。ご一緒にネムールはいかがですか?」

「いえ、けっこうです」

「そんなこと言わずに」

「え、いや、いらねっスよ?」

「本当にユナミールのみでよろしいのですか?」

「はい、ユナミールだけでいいですよ」

「チッ!」

「今舌打ちしませんでした?」

「しましたが、なにか?」

「いや、なにかじゃねっスよ。あんた、ちょっと態度悪すぎるでしょ、客に向かって━━」

「えー、だってタダ同然のユナミールだけじゃ儲からないんだもーん!」

「まぁ、それはわかりますけどぉ……」


次回「風の大地」


チェックしてくださいね!

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