地底世界の秘密
ユナミールが瞑っていた目を開けると、そこはもう山岳地帯の景色ではなくなっていた。
見た目、故郷メルールルーストゥにある催事場のひんやり洞窟に似ていたが、それよりも広大で奥までずっと続いている。なにより洞窟の中なのにまったくひんやりしていなかった。
それについては、レミリネアが説明した。
「かなりの地熱を感じるほど地中深くに、こんな大空洞があったとは……我も知らなかったぞ」
「ここって、地面の中なの?」ネムールが警戒しながら尋ねた。
「そうだ。本来なら我らが住まうような場所ではないはずなのだが……こんな場所に、高度な魔術を操れるほどの何者かがいるらしいな」
三人は行く手に広がる大空間を見ながら、しばし立ち止まっていた。後方にも道は続いていたが、なんとなく前方の広い空間を目指すべきだと思えた。
いずれにしろ動かなくてはなにもわかることがない。飛鳥の痕跡を探さなくてはならないのだから。
「では行くか。あんたら、なるべく我から離れるなよ。なにが起こるやもわからんからな」
言われて、ぴったりとレミリネアの背に張り付いたユナミールと、そのユナミールに張り付いたネムールの三人は移動を開始した。
「これは……動きづらい」言いながらも、気にせず進むレミリネア。彼女の周囲には不可視のバリアが張られているので、その範囲内にユナミールたちを置いておくにはやむを得ない。多少の動きづらさには目を瞑るしかなかった。
地上では見たことのない輝きを放つ岩の壁は、とても硬そうに見える。精霊の力を使っても、そんな場所に大空洞を作れるとは思えなかった。とすると、自然にできた空間なのだろうかとレミリネアは考える。世界のすべてを見てきたわけではないので、ここがどんな場所なのかははっきりしなかった。
橋のようになった足場は、先へ行くほど細くなっている。その下方には、燃え盛るマグマの海があった。足場となっている道はかなりの高さがあり、マグマははるか下にあるにも関わらずとてつもない熱量で三人を焼き殺そうとする。
やや薄まってはいるものの、それでも地底にさえ存在するミズレインの力を借りて、レミリネアは温度調節をする。その上でまだ汗ばむほどの熱を感じるのだから、無防備に歩けば炎に焼かれることは想像に難くない。
故になおのこと、こんな場所に人がいるとは思えなくなってくる。
「あっついねー、あのドロドロした火はなんなのかな?」マグマを見たことがなく、知識もなかったユナミールは不思議そうに下方を見ている。
マグマ地帯を抜けると、再び別の大空間へと辿り着いた。
一瞬、地上へ戻ったのかと思うほどの明るい空間は、それまでレミリネアが展開していた魔術の照明を見えなくするほどのものだった。
「わー、すごーい。お空も見えないのに、なんでこんなに明るいんだろう」
ユナミールが言うように、広大ではあるが、はっきりと閉ざされた空間であるはずの場所は、まるで地上の昼間と大差ないほどの光に満ちている。
「太陽がある……ような、ないような?」ネムールがそれを見つけて、小首を傾げる。
確かに、一見して太陽のようなものが見えるけれど、地上のそれとは明らかに異なっていた。だから、ネムールにはそれが太陽であるとは思えなかったのだが、他に言いようもない。
空に近いほどの高さに天井があるとは言え、あくまでもここは地中の空洞である。空ではないのだ。にも関わらず、その中空に太陽のような光源体が浮いている。空間を明るくしている原因は、明らかにその太陽のようなものだった。
「あれはすごいぞ……おそらくだが、我の照明術を何千倍、何万倍にもしたような人工の太陽とでも言うべきものだ」レミリネアが驚愕の声を発する。「もしあれを生み出した者を相手にするとなると……もしかしたら我でさえも瞬殺される可能性があるぞ」
「しゅ……瞬殺ってあんた……マジ?」ユナミールのうしろのネムールが、ちょっと震えた声で言った。こうなってくると、レミリネアがいてもまったく安心できない。唯一の戦闘力と言っていいレミリネアが敵わなければ、もちろんネムールもユナミールも敵うわけがない。攻撃に利用できる魔術が使えないわけではないが、そんなもの、レミリネアのものに比べれば子供のイタズラレベルの威力でしかない。それを自覚しているからこそ、すぐさま恐怖に支配された。
「まあ、最悪あんたらはなんとか逃がせるように努力しよう……努力はな」
「えー、別にいいよ。レミリネアが死んじゃう時は、わたしたちも死んじゃう時だと思うから。でも、アスカを取り戻すまでは死んじゃわないようにしようね」と、ユナミールが無茶なことを言っていたら、事態はいつの間にか動いていたのだった。
どこから涌き出たのか、見たことのない服装の人々に取り囲まれていた。
白と黒の配色の、やや膨らんだズボンの衣服は地上にはないデザインに見える。カリスレギアの衣服職人も、考えつかないような代物だ。
よく見れば、その人たちは方々にぽっかりと空いた穴から出てきていた。レミリネアが思うに、そこが居住スペースなのだろう。段々になった岩場は、なるほど人工的な作りをしている。地中では木材もないだろうから、その方法で家を作ることには納得できた。地上でも獣人などに見られる住居である。
「あんたらは……顔色が悪いな?」
青ざめている、という意味ではない。実際に、目の前の女たちは青みがかった緑色の肌をしていた。ユナミールが「ヌクモフのうんこみたい」と言った瞬間、中の一人が激怒する。
「貴様っ、なんということを! 地上の人間ごときが、わたしたちを侮辱するなど、身のほどを教えてやろう!」
「ヌクモフは知ってるみたいね。こんな場所にもいるのかしら?」
ネムールが疑問を口にしたと同時に、緑色の女が右手をかざす。その手のひらから、閃光が放たれた。明るい空間でも、はっきりと認識できるくらいの光は、地上でも滅多に見ることができない雷そのものだった。
光が走った瞬間、ネムールは危険を感じ、ユナミールはぼぉーっとしたまま見つめていたが、その二人をわざわざ回避したように頭上を通りすぎた雷は、かなり後方の地面に炸裂した。
レミリネアの防壁が防いだのだ。
「なんとびっくり……あんた、ものすごく高度な魔術を使うんだな。しかし━━」レミリネアが緑色の女に指先を向ける。「我を凌駕できるほどではないな」
言って、レミリネアの指先からも、閃光。
しかもそれは、緑色の女が放ったものよりも速く正確に、真っ直ぐな軌道で進んだ。
ほんの一瞬の出来事。
女の顔面に直撃し、そのまま後頭部から、まるで貫通したかのように光が走り━━女は「うっ」と短い悲鳴だけを残し、崩れ落ちた。
周りの仲間たちが一斉に駆け寄る。
「ピロットさまっ!」といった言葉から、緑色の女の名前が知れる。他の者たちが誰一人としてレミリネアに反撃を試みなかったことからも、どうやら彼女がリーダー格で一番の実力者なのではないかということも推測できた。
おそらく間違いではないだろう、とレミリネアは様子をうかがう。
「なによさっきの……ピカーって」
「驚いたか、ネムール? すごいだろ、我ら姉妹ぐらいにしか放てない、高等な魔術だぞ……まあ、あの緑色に先にやられてしまったが」使える人間もいるものだな、とレミリネアは呟いた。「あんな色して、人間なのか?」
「微妙なところね……獣人って感じでもないけど、肌の色がおかし過ぎるし……病気?」
「ゴロウ病かなぁ?」
ユナミールはゴロウという青みがかった緑色の根菜を思い浮かべながら言ったが、そのような病気は存在していなかった。
「うぅぅ……」瞬間的に気絶していた女が、よろよろと半身を起こす。
が、まだ立ち上がれるような状態ではない。他の女たちが身体を支えたりしている。やはり女たちのリーダーだと見て間違いはなさそうだ。
レミリネアは一歩だけ近づくと、怯えた女たちに向かって告げる。
「さらった男をどこへやった? あれはただの男ではない、失えば、あったはずの希望がなくなってしまう、重要なやつなのだぞ。すぐに返さぬのなら、ただではおかん。なにかあった場合も同じだ。あんたら全員、毎日お漏らしするくらいの目にあわせてやる」
「すごーい、こわーい!」全然怖そうにしていないユナミールが無邪気に言った。
「……ほれ、どうした?」レミリネアが急かす。
「男性なら無事だ……ただちょっと、男性のエネルギーを提供してもらっているだけだ」
「は?」ネムールの顔が歪む。理解できない言葉を聞いた時に、よくやる表情だ。
「ちょっとなに言ってるのかわからんな」レミリネアすらピンとこなかった言葉は、その現場を見るまで三人には想像もできない儀式のことを示していた。
*
一番高い部分である先端が丸い、水晶の巨大な柱━━その内部に、全裸の飛鳥が閉じ込められていた。
目は閉じており、どうやら意識はなさそうだ。
「ちょっ……なによこれ、なにしてるのよ!」ネムールが水晶の柱に近づくが、中に閉じ込められた飛鳥には手が届かない。
「大丈夫だ……」緑色の女たちのリーダー、ピロットが言う。彼女は続けて説明した。「これは男性水晶と云って、男性のエネルギーを吸い上げることができる。それが先端に凝縮されて、最後に結晶が生まれる。小さな結晶だ。だがその中には男性のエネルギーが詰まっている。そしてそれを利用することで、我々は子供を作ることができるのだ」そのようにして、これまで子孫を残してきたのだと語った。
彼女たちがこの方法で子供を作ることで、男性の数を減らさずに済ませることができる。かつての同族がこの方法を確立させてから、代々受け継がれてきたのだとか。
「なるほど、これはすごいぞ。なんなら地上の人間にも伝えればよいものを、あんたらだけの物にしておくのは、ズルいのではないか?」
レミリネアの言葉に、ピロットはすぐさま反論した。
「儀式に必要な男性を借りる以外に、我々は地上世界には干渉しない。また、それをしてしまえば気づかれるだろう」
「この世界に隠れているなにかにだな?」
「そうだ。それが原因なのだ、地上の人間がすぐに死んでしまうのは。我々はそれから隠れているからこそ、地上の人間よりは長く生きることができているのだから」
この世界になにが隠れているの、というネムールの言葉は無視された。
ピロットが更に続ける。
「それに、男性水晶はこれ一つのみ。そもそもこれは偶然に見つかった太古の遺物であり、同じ物は二つとないのだ。今の我々に、これと同じ物を複製する技術はない」
「そうか……ならば仕方ないな。それよりそろそろ中の男性を解放してはもらえんか?」
「そうよ、早くアスカを出しなさいよ!」
「オテーンテンが大きくなっているね?」ユナミールがほざく。
「そ、そんなもの見えないわっ!」
「え、ネムちゃん……ほら、よく見て、アスカのオテーンテンが……」
「そういえば、我もちょっとはじめて見た……」レミリネアがまじまじと観察する。子供の小さいのは見たことあるのだが、などと呟きながら。
「もう充分だ、よし、解放しよう」
ピロットが指示を出すと、緑色の女たちが動きはじめる。なにか魔術的な仕掛けがあるのだろう、飛鳥の閉じ込められていた水晶柱が発光すると、いつの間にか中にいたはずの飛鳥が水晶の外にいて、地面に横たわっていた。
「あ、アスカが出てきた!」ユナミールが駆け寄って、とりあえず股間を観察する。「あれっ、小さくなってる!」
「ちょっ……どこ見てるのよユナミール、ってかアスカの服は? 返しなさいよ」
ネムールが言う前に、すでに衣服を抱えた女がスタンバイしていた。確かに、飛鳥が着ていた服に間違いない。元々はユナミールが昔着ていた、見覚えのあるものだ。
「うう~ん……」
意識を取り戻した飛鳥が目覚める。首を動かし、次いで顔だけを持ち上げて周囲の様子を確認する。そのついでに、自分が全裸の状態で地面に寝ているということも確認できた。
なので「きゃあ!」と悲鳴をひとつあげると、すぐさま股間を片手で隠すと、もう一方の手では隠す必要のない胸部も隠して立ち上がる。
「ど、どういう状況っ⁉」
「ん、覚えておらんか。さらわれたあんたを、今ようやく救出したところだ」
レミリネアが説明するのと同時に、緑色の女が飛鳥の衣服を彼に手渡す。巧みに隠しながら瞬時に服を身につけたその動きは神がかっていたが、誰が誉めるわけでもない。飛鳥の羞恥心が起こしたちょっとした奇跡は、完全にスルーされたわけだ。
「あー、オテーンテンが隠れちゃった」
あからさまにガッカリしてみせるユナミール。そんなユナミールを半眼で見ながら、ネムールは呆れる。
「命を奪うわけではない。男性のエネルギーを、死なない程度にいただくだけだ。それで子供が一人生まれるのだから、我々の伝統は否定されるようなものではないはずだ。男性を、殺さずに返しているわけだからな」
ピロットの言葉を、レミリネアは肯定した。
「確かに、我もそう思う。この方法ならば、あんたらの繁栄も否定はできない。だが、その男性のエネルギーを集めた結晶とやらで、本当に子供が生まれるのか。いったい、どうやって?」
「ん? それはだな、単純に結晶を━━」
飛鳥はピロットの話したその方法から、やはりエロい想像を膨らませてしまったわけだが、結果的に自分のエネルギーが結晶したものが、そのような使われ方をするのだと気がついて、思わず股間を膨らませていた。
着用しているスカートのおかげで、なんとかユナミールたちには気づかれなかったものの、なるべく前屈みになっていたことだけはネムールに指摘されていたが、知らないフリをした。
エスシティで古代エロトピア文明の遺跡が見つかりました。
この遺跡から、現在までに少数の化石が部分的にしか見つかっていなかったユナミールの全身骨格が発掘されたことで、世界的なニュースとなっています。
ユナミールの化石が完全な状態で出土したことにより、より正確にユナミールの姿が復元できるとして期待が寄せられています。同時に、古代エロトピア文明との関係性にもスポットが当てられており、考古学者のひな月雨太郎氏によると━━
次回「続・地底世界の秘密」に、レッツ・エロトピア!
チェックしてくださいね!




