ミッシング!
持ち運べる限りの食料などを入手したのが二日前。バレンタという小さな町の向こうに広がる、長大な稜線の中に、一行の姿はあった。
岩場の多い山道で、人が歩きやすいようにはなっていない。精霊の力で整備された道などはなく、決まったルートも存在していなかった。ここは唯一、目的地の方角を把握しているレミリネアに従って、彼女の歩くように進むしかなかった。
「ぼくのいた世界だと、高山の山頂なんていったら気温も低くて、空気も薄いものなんだけど……ここは全然寒くないし、息苦しくもないのがすごいなぁ」
「精霊の存在の有無ではないのか、その違いは。この世界には、アスカの言うような温度差はないからな。寒冷地域、などというものはない。寒さはミズレインの力とイルフィームの力が混じりあった時の、ちょっと肌寒い期間くらいのものだしな」
「冷たいのも、お水の中かひんやり洞窟とかしかないよね。雪ってどんななの?」
そう、この世界に冬はなかった。雪も降らないし、極寒の地域も存在していない。雨は降るので、気温さえ下がれば雪になるのだろうが、そこまでの低温になることがない。常春といってもいい、飛鳥にとっては夢のような気候を有する世界だった。
おかげでスカート姿でいられたし━━山道は歩きにくいことこの上ないが━━衣替えの心配もする必要がない。
ただ、レミリネアにはなにか思うところがあるようで「アスカの話を聞く限り、我らの世界は我らにやさし過ぎるよな」とは呟いていたが。
そのような平均的気温が山の上でも変わることがなかったので、自生する植物などにも大きな違いは見られない。
食べられるものは食料にしながら、手持ちを減らさない工夫をする必要がある。そもそも大量の食品を持ち歩けるわけではないので、野生動物はありがたい食材だった。
ドリモグという名前のイカみたいなヘビみたいなやつ(飛鳥にとってはすべてが初見の未確認生物)をレミリネアが魔術で仕留め、ネムールが皮を剥ぎ血や内臓を処理して調理すると、ユナミールがおいしくいただく。
飛鳥もこわごわ食べてみると、意外と旨味があって美味しいお肉で、病みつきになったりした。
三人の少女が一緒にいる限り、飛鳥は食べ物の心配をする必要がなかった。厳密には二人かもしれないが、ユナミールも食べられる植物を見つけるのは得意なので、しっかり貢献はしているのだ。
飛鳥だけがなんの役にも立たないが、そこは、この先の使命を果たすことで、すべての恩に報いることができるはずと信じている。でなければ、自分がここにいる意味はないと、そう思っていた。
レミリネアが先頭を歩き、そのすぐあとにユナミールとネムールがいて、最後尾を飛鳥が歩いていた瞬間があった。
山道の最中、見晴らしのいい岩場である。ちらりと、たまたま後方の飛鳥へと視線を向けたネムールが見たものは、地面に消えた飛鳥の驚いたような目から上の部分だけだった。それも、ほんの一瞬の出来事だったので、とっさには声を上げることすらできなかった。
「ん? どうしたのネムちゃん、立ち止まって……」
ユナミールが問うも、ネムールからは言葉が出てこない。その不自然さに、彼女の視線の先を追ったユナミールも、そのことに気がついた。
「あれ、アスカは?」
「な……しまった!」レミリネアも気づく。
「あああ、アスカが……アスカが……」
「見たのか? どんな奴に誘拐されたのだ」ネムールの肩を揺らし、切羽詰まった様子で訊ねるレミリネア。
失ってしまっては全てが台無しになる人物を失ってしまったかもしれない、その焦燥はとてつもないものだった。いざその場面になってしまえば、さすがのレミリネアとて焦るしかなくなってしまう。
油断はしていなかったはずだが、結果的に油断があったと認めざるを得ない。悔しそうにしながら、ネムールから言葉を引き出そうと躍起になっている。
「言えっ、どんな奴だった!」
「みっ、見てないわよ! 誰もいなかった━━ただ、アスカが地面に消えていったのよ!」
「え~、そんなことあるの~?」ただ一人、まったく焦っていないユナミール。実はまだ近くにいるのではと、辺りを見回したりしている。隠れているのではないかと、岩の裏側を覗いてみたり。ちょっと大きめの石をどかしてみたり。
「いや、そんな石の下にいるわけないじゃない……」ユナミールのあまりにもあまりな行動に、冷静さを取り戻したネムールだった。
そのおかげで、レミリネアにも冷静さが戻ったようで、う~むと唸ったりしている。
「地面をすり抜けてアスカをさらったとなると、これは魔術を使用したものに間違いはないのだが━━まさか我ら姉妹の他に、この手の魔術を使える人間がいるというのか?」と、地面に手を当てながら。レミリネアはなにかを探っている。
「我らレルカニアの娘たちにのみ、使えるような類の高度な魔術だ。少なくとも、我ら以外にこれほどの魔術を使える人間など、今まで会ったことも聞いたこともない。我らの母、レルカニアが最大最強の魔術師なのだ、他に我らのような魔術師の子孫がいるとも思えない。いたとしても、物質透過の魔術など、通常の人間には不可能な話なのだ。わかるだろう、高名な魔術師であったメルールの子供のリナルール、さらにその子供の、メルールの子孫であるユナミールですら使えないのだからな」
「あ、ママとママのママとわたしのことだ!」そこだけはっきり聞き取ったユナミールが反応する。
「そうだ、あんたの母とその母は、かなりの魔術師だったはずだ。実際に会ったことはなくともそれはわかるし、我らの母レルカニアは魔術師メルールと直に会ったことがある。母が消える前に、話を聞いたことがあってな」地面に片膝をついたままの姿勢でつづける「ともあれあんたとネムールがアスカを召喚できたことは、紛れもなくあんたが引き継いだ力によるところだろうがな。召喚術など、我らにさえ使えぬ魔術を使いおって」と、多少の妬みもありそうだった。
「あれ、でも、ママのママと会ったことがあるなんて、レミリネアのママって何歳だったの?」自分の母の母とレミリネアの母とでは生きた年代が違うということに気づいたユナミールが言う。
「お……アホ……いや、なんでもない。よく気がついたな、ユナミール。あんたの思う通り、本来なら生きた年代は違うはずだった。が、そこは我らの母だ。母はこの世界に抗ったのだ。得体のしれない理不尽な力に抗って、三十三歳まで生きたのだ。これは本来なら秘密であったし、世界の誰もしらない事実なのだが。メルールや、あんたの母はしっとったかもしれんが、今生きている人間でしっている者はおらん。あんたらには、特別だ」
「一番長生きしたのって確か、アスパ・ラカスの人だったわよね? 二十四歳だっけ?」有名な話なので、ネムールもそれはしっていた。
「公式にはな。我らの母が三十三まで生きたことなど、我らしかしらない」
「ふ~ん……ところでさ、アスカ、大丈夫なのかな?」ユナミールが言う。
それでようやく思い出したというふうに、ネムールがまた慌てはじめた。
「そ、そうよ、なに無駄話してるのよあんた! そんな落ち着いていつまで喋ってんのよ、なんとかしなさいよなにやってんのよ!」鬼のような形相でレミリネアに詰め寄ったネムール。
しかし落ち着いたままのレミリネアは、事も無げに答えた。
「我の母の話だ、無駄話ではないぞ━━それに」と、地面を向く。片膝をついたまま、右手はずっと地面についている「アスカなら大丈夫だ。我らならいざしらず、男は貴重。そもそも、その貴重な男だからこそさらわれたのだ。殺されることはないだろう。そして、だいたいの状況は把握できた」
「ほんとに大丈夫なのね?」
「ああ━━ここより遥か下方に空間がある。山の中ですらない、さらにその先の地下空間だが、おそらくそこに、アスカはいる」目を閉じ、開き━━顔を上げたレミリネアとネムールの視線が交差し「位置は掴んだぞ」と、レミリネアが告げた。
立ち上がると、ユナミールにも近くにくるよう手招きする。ネムールの手を握り、ユナミールを待つレミリネア。
「救出に向かうぞ、いいな?」確認する。ノーと言う人間がいないことをわかっていながら。
「もちろんよ、でも、どうやって?」
ユナミールの手も握り、さらにユナミールとネムールにも手を繋がせることで、三人が繋がると、レミリネアは頷き、口を開いた。
「物質透過の魔術をやるぞ。我ら自身の身体を、地面の下の空間まで飛ばす━━」
「と、飛ばすって……えっ、えっ」焦りはじめたネムールだったが、もう魔術は発動していた。
ユナミールはわけもわからずにこにこしていたが、次の瞬間にはその姿はかき消えてしまった。当然、レミリネアとネムールも。いたはずの場所から消失し、それを見ていた人身売買組織の斥候が目を見開いて思わず叫んだ。
彼女がユナミールたちの姿を見たのはそれが最後のことであり、人身売買組織もそれ以降、完全にユナミールたちを見失ってしまい、諦めるしかなくなるのだった。
じゃあ次、誇張し過ぎたユナミールやります。
「こぉんにぃちうわわわわ~ん、ゆなっふ、なっふ、ゆなふなふなふ、ゆんなみ~るだ・よおおおお~ん……あっ、ふんす! ふんす!」
じっかあああいいいいぃ「地底世界の秘密」だ・よおおおお~んっす! ふんすっ!
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