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短い人生だけど、わたしたちは幸福に暮らしています   作者: 鈴木智一
第二章 異世界アドベンチャー
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ここまではよく来る

「とうとうお別れしちゃったね、ネムちゃん」


「うん……でも、仕方ないわよ。なにもしなくても、いつか別れの時がくる。それなら、なにかしたほうが、よっぽどマシじゃない」


 メルールルーストゥの町はもう見えず、なだらかな下り坂を歩いて行く。いつもの道。見慣れたカリスレギア方面への道だが、今日はいつもと違う。もう、この道を歩くこともこれで最後。二度と戻ることのない道を歩いている。


「その通りだ。なにもせずとも時はくる。なれば、我らはできることがあるのなら、それをするべきなのだ」先頭をマイペースに歩くレミリネアの声。


 荷物らしい荷物もないレミリネアに比べ、ユナミールとネムールはしっかりした大きさのリュックを背負っていた。しかも、それぞれオリジナリティのあるヌクモフリュックとピリカラリュックだ。

 漫画的な見た目にはなっているが、家畜のグッズである。家畜グッズ……なんだそれは、と飛鳥は思った。


 それらのリュックをこしらえたのは、下着なども製作するクレーネという十四歳になる少女で、飛鳥も定期的に世話になっていた。


 なにしろ女性用の下着しか存在しないので、わりと頻繁に新しい物を用意してもらう必要があったのだ。

 ちょっと油断すると、すぐにビリッといく。慎重に動いていても、運が悪いとダメにしてしまうので、いつも悩みの種だった。


 そんな飛鳥の持ち物には、下着が十枚以上も含まれている。クレーネにももう会えないから、これから先はその都度買うか、さもなくば自分たちで作るしかないのだ。だから、数日で用意できる目一杯を頼んで、受け取っていた。


 ひとつ断っておくと、飛鳥としても"男性用の下着"を作ってもらうことを考えなかったわけではない。それでも、この世界の常識が「男も女も同じ下着」であるのなら、それに従おうと決めたのだ。単純に、馴染んでしまったという事実もあるにはあるのだが……。


「とりあえず、カリスレギアには行くの?」ネムールはレミリネアの背中に問いかけた。


「ああ、通り道だしな。ついでに必要な物を買ってもいい。我もエルエスデイを買うし」


 幻覚でも見そうな━━いや、実際に見るんだったか━━名前のやつ、また買うのねと飛鳥は内心で苦笑う。

 試してみるかと言われたこともあったが、もちろん激しく首を振ってお断りした。そもそも飛鳥に魔力はなく、魔法も使えないのだから必要ないはずなのに。レミリネアも時々、ふざけることはあるのだった。


 大都市の入り口に到着する。

 門番の係も世代交代がなされ、今はセラーニという短髪の少女とメッヘラという長身の女の子が担当している。

 彼女たちもまた、すでに顔見知りだった。


 ここまではよく来る、いつもの場所だ。買い出しに訪れる時と、なんら変わることはない。ただし、もう二度とこの門をくぐることがないというだけで。


「らっしゃーい、ゆっくりしてってねー」セラーニが笑顔で手を振ってくれた。

 彼女は飛鳥たちがもう戻ってこないということを知らないので、いつも通りな対応だった。

 ユナミールも手を振るが、あえて事情を話すこともなく、こちらもいつも通りにふるまっていた。

 きっと、それでいい。

 わざわざ言いふらして歩くことでもない。それに、今言わずとも、やがて誰かから伝わることだろうから。


「我はいつもの店へ寄るが、あんたらはどうする?」


 そう言ったレミリネアに、ネムールは「別に、買い物に来たわけじゃないから一緒に行くわよ」と告げた。ユナミールもそうだねと同意する。飛鳥に至っては、意見を求められもしなかった。

 ちょっと悲しさを覚えながら、三人の少女たちに従い路地に入った。


 買い出しの時などは、大抵いつも大通りで事を済ませる。食事に関しても同様で、様々な物資と引き換えに料理を提供している店も、そのほとんどは大通りに集中している。

 路地の先は、住宅地だ。民家ばかりで、それこそ知り合いの家でもなければ、普通は立ち入る理由がない。

 そんな場所に、レミリネア御用達の店である『黒アキヒロの館』はあった。

 ちなみにアキヒロというのは多年草の一種で、基本的に花弁の色は白色なのだが、希に突然変異で黒色のものが現れるのだとか。一説には大地の精霊アルスベルグの力が不安定になった時に、その影響の一端として見られるという話だが、はっきりと確認された事実ではない。


 店の扉を開くと、ぽんぺんぱんぴーんという軽快な音が鳴り、店の主がこちらを向いた。

 風の精霊の力を利用したシステムで、空気が動くことで反応し作動する音管がおもしろい音を鳴らすのだ。


「あら~ん、いらっしゃいまし~、まいどどうも~」


 やけに太い少女が、野太い声で出迎える。あとで聞いたところによると、この少女は現在ですでに十七歳になるとのことだった。が、飛鳥には四十代のおばさんに見えたのである。

 この世界に『おばさん』が存在できないことを知りながらも、その少女をおばさんだと勘違いしてしまった。そんな見た目を、彼女はしていた。


 ━━こんな感じの女の子もいるんだ。


 しみじみとそう思う。どの子もそれぞれかわいくて魅力的な少女ばかりだったので、てっきり全ての女性が美少女だと思い込んでいた飛鳥がそうではない現実を目の当たりにした瞬間だった。


「今日も今日とてエルエスデイよね~、いつもの量でよろしいかしら~ん?」


 太い腕のわりに繊細な動きで手際よく仕事をする店主。その横顔に、レミリネアは声をかけた。


「いや、今日は三回分の分量をいただいていく。在庫はあるだろう?」


「あら~、そんなにたくさん~? ええ、まあうちの薬草は大量在庫が売りですから~、なんとかありますけど~、交換するには、それなりの物をいただきませんとね~」


「案ずるな、我のとっておきを置いていく。ほれ━━イルフィームの高純度精霊石、これでどうだ? この先五年は使えるぞ。あんたらがどんなにがんばっても、これだけの魔力を集めるには最低三年はかかる物だ。悪い取引にはならんはずだがな」


 レミリネアがことりと置いた指先大の結晶は、淡い緑色の輝きを放っている。

 それを手にした店主が、目を見開いた。魔力を感じているのだろう。実際に、彼女の前髪が揺れることで、魔力のない飛鳥にも、その力の一部を目にすることができた。


「こ、これでいいわ~……え、ええ、取引成立よ~。三回分といわず、四回分あげちゃう」


 言って、店主が用意したエルエスデイは本当に四回の取引に相当する量があったらしい。手提げ袋一つ分くらいの葉っぱなのだが、一度に使用する量は少ないので、それだけでかなりの回数分あることがわかる。


 無事に交換を済ませたレミリネアは、どこか上機嫌な様子で店を出た。


「いつもであれば、今回のみたいに買い占めるような真似はせんぞ。今回は特別だ。この先エルエスデイを手にする機会も限られるだろうからな、手に入る場所で手に入れておく。当たり前のことだ。あんたらも見た通り、我であれば高純度の精霊石も生み出せる。交換する物には事欠かないんだよ」


「そっかー、レミリネアは精霊石を作って物を交換してたんだね。ずっと、なにと交換してるのかなーって、不思議だったんだ」


 ユナミールが言うように、飛鳥もそれは思っていた。特になにを持っているわけでもないのに、いつも普通に交換してくる。盗みを働いているとは考えなかったが、それでもどうやって手に入れているのか、わからなかった。訊けば教えてくれたのだろうが、不思議とそのタイミングもなかったので、今まで謎だったのだ。


「あんたらもなにか欲しい物があるなら、今のうちだぞ。もちろん道中にも町はあるが、ここのような大都市はもうないからな。手に入らなくなる物もあろう」


 そう言われても特になにも思いつかない三人。ネムールなどはなぜか「じゃあ、ズン・ダーンでも買っていく?」と、食べ物の名前を上げた。


「食料ならば、それよりも保存の利く缶詰めがよいだろうな。干しキモッシーもあるし、その都度調達してもよい。あまり量があっても荷物になるだけだぞ」


 旅なれたレミリネアはアドバイスする。彼女は元々遠く離れた土地からここまで一人でやってきた。その経験者は、旅をしたことのない三人にとっては先生そのものだった。


 レミリネアのアドバイスに従い、少しの缶詰めだけを交換し、とりあえずここでの準備は整った。


「そろそろお腹空いたから、フラニャにもらったお弁当、みんなで食べましょうよ」ネムールが言い、みんなは従う。

 広場にテーブルがあったのでそこに集まり、弁当を広げた。

 おいしそうな焼きピリカラ卵が敷き詰められた上に、細切れのピリカラ肉が並べられていて、それが文字を形作っていた。


『ネムールのバーカ!』と読める。


 これは、フラニャの気の利いたいたずらだ。

 それを見たネムールだけはプルプルと震えていたが、ユナミールと飛鳥、レミリネアまでもが楽しそうに笑い、悔しそうなネムールから非難の声をあびせられたのだった。

よいしょーっ!

これがユナミールの力だぁーっ!

おっきい、邪魔な石を、道の端っこまで投げたよ。あ、肩いわしたかも……。


次回は「やっと見つけた」


チェックしてくださいね!

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