旅立ち
いろいろ相談した結果、三日後に旅立つことが決まった。
準備らしい準備は、飛鳥にはなかったが、他の少女たちはそうもいかない。
ユナミールは自室にこもり、なにを持ちだしてなにを残すのか、夜通し悩んでいた。
彼女とともに旅立つことを選択したネムールも同様で、身辺整理に追われているようだ。
レミリネアに関しては飛鳥とほとんど変わらず、数着の衣類と元々所持していた魔術道具(小物ばかりなので、邪魔にならない)ぐらいしか荷物はなかった。
住まいも他の住民がいずれ勝手に使うだろうし、特に誰に譲るとかを、事前に彼女が決める必要はない。ただ、町のために展開していた独自の魔術結界(外敵の侵入を防ぐものではなく、それを知らせる効果しかなかったもの)をさらに強固な、なおかつ半永久的に効果を持続するものへと変え、これにより自分がいなくなったあとの町の安全を約束した。
言葉にはしないが、それがレミリネアなりのお礼だったのかもしれない。およそ特異な存在であったレミリネアが町に馴染めたのは、住民である少女たちが受け入れたからに他ならない。それに対して、感謝の気持ちはあったはずだから。
「わたし、絶対に嫌なんですけど━━アスカさん、どうか考えなおしてもらえないかしら」
飛鳥たちが旅立つらしいという情報が広まり、真っ先に押しかけてきたのはフラニャだった。飛鳥に対して人一倍の好意を寄せていた彼女は、彼の旅立ちを阻止したい一心でいる。
家主のエレーナは奥に引っ込んでしまったが、エミリーナや隣家のケシナとマレーニュらが興味深げに眺めている。
「あんたねー、そんなこと、聞けるわけないじゃない。アスカはこの世界を━━わたしたちの寿命をなんとかしてくれるために行くのよ。あんたなんかに止める権利はないの!」
怒りのネムールが、強気で迫る。
しかしまったく引かないフラニャも、むしろ一歩を踏み出し顔を近づける。
「ってゆーか、あなたこそなんなのよ。ネムールがついてく必要あるんですかー? それこそあんたなんかがついて行ったって、口だけションベリーナちゃんにはなにもできやしませんでしょう?」
フラニャと仲良しのニルがネムールを呼ぶときのそれには実は悪意もなかったのだが、真似するフラニャには悪意しかなかった。
これで最後と考えたフラニャは、元々相性が悪く大嫌いだったネムールに食ってかかる。
「ピリカラ料理しかできないんだから、ピリカラがいなくちゃ料理も出せない。そんなやつが一緒にいたら、アスカさんだってご迷惑でしょうにねー!」
「くぬ~、言わせておけば……もう、もう我慢できなぐぐぐぅ~」拳を握りしめ、今にも殴りかかりそうなネムール。
ちょっとビクビクしながら見守っていたアスカであるが、これはいよいよ止めに入るべきだろうか━━そう思った時、彼女たちを制したのは意外な人物だった。
「ネムとフラ、けんかしてバイバイするお?」
もう会えなくなるのに?
と、まだ小さいエミリーナが二人の顔を交互に見上げ、尋ねている。
ぐっ、と言葉に詰まるネムール。フラニャはそれでもなにか言いたそうにしていたが、さらにやってきたニルが「外まで聞こえとったぞ、どうせもう会わなくなるんだから、最後くらい仲直りせな」などと言い、フラニャの背中を軽く叩いた。
「お姉ちゃんの言う通りだよ、フラニャちゃんもネムールちゃんも、仲直りしなよ。絶対に後悔するよ」と、ニルの妹として生きているウーナも真剣な顔で告げる。
ニルも十七歳━━いつその時がきてもおかしくはない年齢だ。
ウーナはまだ十二歳だったが、それでも人生の半分は過ぎたことになる。
改めて、飛鳥はなんとかしなくちゃと、心に誓った。
「ウーナがそこまで言うなら、わたしは別に……」
「まあ、後腐れなんて嫌だし……フラニャとは元々合わないの、わかってたし」
お互いに目をそらした二人は、まだごにょごにょ言ってはいるけど、なんとか気持ちを静めたようだ。
「実はあんたら、よく似ているから喧嘩するのでは?」と、いつの間にかきていたレミリネアが核心をついたところで、その場は丸くおさまった。
ユナミールとネムールが仕事の最終的な引き継ぎを終わらせ、心の準備も含めた準備を終え、いよいよ旅立ちの朝がやってくる。
*
「本当に歩いて行くの?」
エレーナが先頭にいるが、町の全住人が見送りのため集まっていた。
「バイチャリは貴重なものだろう。これからもあんたらが使うものだし、我らは歩きでまだ間に合う。寄り道もしておられんが、そこまで急ぐ必要もないのだ」
というわけで、レミリネアの判断によって徒歩により町を出ることとなった。
「それに、途中で調達してもよいしな」
レミリネア、ユナミール、ネムール、そして飛鳥の四人が門の前に並び、それを大勢の少女たちが見つめている。
エレーナとミミーネ。
笑顔でいるエミリーナとケシナ。それとは対照に、フラニャなど他の少女たちには涙も見られる。顔を伏せている者すらいた。
もう二度と会うことはない。そのことを、誰もが理解していた。
「お姉ちゃん……わたし……ごめんね。ずっと一緒にいたかった。でも、わたしは……」
エレーナにしがみついたままのユナミール。その肩を抱いて、エレーナもまた涙を流し、微笑んでいる。
「いいのよ。わたしたちにはもう、時間がないのだから。それにわたしも、もうそろそろ。ユナミールだってそれは変わらないんだから、自分の信じた道を行きなさい。アスカがきっと、なんとかしてくれるわ」
うん、と頷いたユナミールが名残惜しそうに離れた。
飛鳥と目が合ったエレーナの口元が「お願いね」と動いた。飛鳥も黙って頷く。
「ションベリーナ、いや、ネムール。今まで悪かったな。でも、悪気はなかったぞな、嫌よ嫌よも好きのうち、じゃ」
ニルが歩みより、ネムールに片手を差し出す。ネムールがその手を握ると、ぐちょっと嫌な感触がした。
ネバネバな汁が気持ち悪く、人に投げつけるくらいしか使い道のない『タカハシ』の実が潰れていた。ねちょ~っと、手を離したネムールとニルの間が、まだ粘性の液体で繋がっている。
「こ、こいつぅ~」
プルプル震えながら、ネムールが睨む。
「にょほほ、お別れの挨拶ぞ。これでもう忘れられんだろ。怒りとともに思い出せよ~」そう言いながら、ニルは町の中へと走って消えた。
その瞳に涙があったことは、フラニャしか気づいていない。そのフラニャもまた、ネムールの元へと近づく。
「わたしもタカハシを投げつけたいところだけど━━さすがにそんな酷いこと、アスカさんの前じゃできないから」言って、手作りのお弁当を渡す。「もう会うこともないし、最後くらいなにかしてやってもいいかなって」
「フラニャ……」
ネムールは弁当を受け取り、笑顔を見せた。
これで、本当に最後だ。
他の少女たちもそれぞれ近づいてきて、特に愛されていたユナミールの周りに集まっている。ネムールにも声をかけ、飛鳥にも一言あったりしながら、一通り別れを惜しむ。
「では、行くぞ」
レミリネアの最後の一声で、いよいよその時が訪れた。
「みんな、行ってきます!」
「必ず救ってみせるから、期待して待っていなさい!」と、ネムール。
飛鳥も手を振る。レミリネアはすでに振り返りもせず歩いていたが、町の少女たちは四人が見えなくなるまで手を振り、声を上げつづけた。
幸運にも鹿守飛鳥の異世界での旅立ちは、よく晴れた朝に、大勢の少女たちに見送られてのものとなった。
わたしの名前はユナミール。え、知ってた?
ご新規さんかと思ったら、違かったんだね!
また今度もユナミールだから、よろしくね。
次回は「ここまではよく来る」
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