五年目
リティファの死から、さらに二年が経過した。その間やはり何度かの人や魔物の襲来はあったものの、レミリネアの存在ただそれだけにより、いずれも問題にはならなかった。
それよりも飛鳥としては、町の少女たち全員と仲良くなり、それぞれとそれぞれの関係性を築けたのがなによりも嬉しかったし、とても大きな出来事だったと言える。村での生活は、信じられないくらい平和で楽しいものだった。
飛鳥が召喚されてから、こちらの時間で五年。リティファの死からは二年が過ぎ、最年長のエレーナとミミーネの二人も、ついに二十歳を迎えた。まだ生きているとはいえ、いつその時が訪れてもいい歳だ。
十五歳になったユナミールとネムールは、その時が必ずやってくることを知りながらも、口に出すことをしない。彼女たちだけではない。誰もがその突然やってくる終わりの時を、できれば無いものとしていたかった。
「アスカさん、昨日はお手伝いしていただき、ありがとうございました。これ、採れたばかりのヨシミです。召し上がってね」
そう言って、自らが担当し育てている果実を寄越したのは、なにかと飛鳥に頼みごとをするフラニャだった。彼女も十四歳となり、元々大人びていた顔が、さらに妖艶で美しいものとなってきていた。昔から一定の長さに保たれている綺麗な髪は、彼女の胸元あたりで揺れている。
前日に、家の扉の立てつけが悪くなったとかで、飛鳥を呼んでいたのだ。家のことなら飛鳥よりもミミーネか、それでなくともミミーネと共に建築関係を担当しているチパーリュかシャロロにでも頼めばいいのだが━━飛鳥に気のありすぎるフラニャは彼にしか頼まない。頼まれた飛鳥も断れない性格なので、できる限りのことはする。そしてネムールに嫉妬の言葉を浴びせられるのが、いつもの光景となっていた。
「ありがとう━━またなにかあったら、いつでも言ってね」
その言葉に、フラニャは感動で潤んだ眼差しを向け「はいっ!」と言い、次いで「それじゃあ、わたしの胸が大きくなってきたみたいなのですけど、確かめてもらえます?」なんて言ってきた。
これには飛鳥も、断らざるを得ない。本心では是非とも確かめたいところだったが、それをするとネムールと、ユナミールにも失望されてしまいそうで踏み切れなかった。
賢明な判断だと自分に言い聞かせて、丁寧にお断りする。自分の仕事が残っているという事実があったので、それを理由として別れた。
残念そうなフラニャだったが、すぐににやりと微笑むあたり、わかってやっているのである。
飛鳥としてもからかわれているとわかっていても、別に悪い気はしないのだった。
なぜなら彼女たちに悪意はなく、すべて好意からくる行動なのだから。嬉しいという感想しか持ちようはなかった。
飛鳥が畑に着くと、ユナミールとレミリネア、そしてエミリーナの姿があった。
エミリーナが、どうして?
そう思った飛鳥。彼女はユナミールの畑を手伝ったことはなく、また、担当する仕事も家の中だけにとどまっているはずなのに。
マレーニュはケシナに師事するかたちで、キモッシー捕りをやるようになってきたが━━その影響もあるのだろう。そう思いながら近づくと、レミリネアが飛鳥のほうを向き、唐突に、その事実を告げる。
「アスカ、そろそろこの町を出るぞ」と。
「えっ」その言葉に、飛鳥はしかしなにを言われているのか、すぐにはピンとこない。
だが、買い物やその他の用事で村の外へ行くということじゃないというのは、どうにか理解した。でも、あまりにも急過ぎる。
それに、今までそんな予定がレミリネアの口から出たことはない。
約束の時までには、まだ更に五年もの時間が残っているのだ。
飛鳥の考えを読んだように、レミリネアは告げる。
「約束の時、大魔術はまさかこの町で行えるものではないぞ。場所がある。我らはそこへおもむかねばならん。彼の地は遠い。準備もある。そろそろ発つ頃合いなのだ」
まだ五年もあるのに━━もう行かなくてはならないのか。飛鳥は正直に、そう感じた。
「だからわたしも、エミリーナに急いでお仕事を教えてたの」と、ユナミール。
「え、それって……」
「うん、わたしも一緒に行こうと思うの。ずっと、ずっと考えてた。もし飛鳥がどこかへ行っちゃうんだったら、わたしもついて行きたい。お姉ちゃん………お姉ちゃんにも相談して、そう決めたんだ」少し悲しそうな表情を隠すように無理やり笑うと、ユナミールはそう断言した。
飛鳥に断る理由はない。それよりも━━
「彼の地は遠く、また、約束の時は五年の後だ。あんたの寿命では、もう戻ってはこられないと言ったのだがな━━」
「うん、わかってる……それでもわたしは、アスカと一緒に行きたいの」そう言ったユナミールの意思は固そうで、目には力があった。
覚悟はできているということが、伝わってくる。本当なら子孫を残していきたいところだろうが、飛鳥以外に男性がいないことから、それもできない。
飛鳥はまだ必要な人間である。"大丈夫かもしれない"という憶測だけで子作りをさせるわけにもいかなかった。
レミリネアですら、すでにこの世界ではあり得ない年齢に達している飛鳥が子作りをした場合、その命がどうなるのか、はっきりと断言することはできなかったのだ。
大丈夫かもしれないし、大丈夫じゃないかもしれない。生きているかもしれないし、やはり、他の男性同様に死んでしまう可能性もある。そんな状況では、賭けにでるわけにもいかない。なによりレミリネアが飛鳥の子作りを固く禁じていた。飛鳥を失えば、それこそ大魔術を完成させたところで意味がなくなる。そう、念を押して。
なにも残さず、故郷を捨てるように去ることに苦悩がないはずはない。
けれど、それでもユナミールは自分と一緒にいたいのだと、飛鳥は思い知った。
彼女が自分を呼んだ。彼女がいなければ、自分はここにはいなかった。
彼女と一緒にいることが、自分がここへきた意味なんだ━━飛鳥は感慨に耽りながら、唯一の居場所となった町の景色を見回す。
もはや自分の故郷となったその場所は、やはり平和そのものにしか見えない。
けれど、見た目とは違い、もうすでに追いつめられている。
結局、今に至ってもこの町に呼べる男性は見つかっていない。他の町の男性はみな、すでにパートナーが決まっていたし、さらに遠くの地方から探すとなると、時間的な無理が生じてしまって難しかった。
この町には、もう後がない。いや、この町だけの問題でもない。この世界そのものが抱える問題なのだ。
五年後、根本的な解決がなされなければ、いずれ世界は終わるだろう。子孫を残せなくなり、人類は必ずいなくなる。
そうさせないためにも、自分が旅立たなくてはならない。
飛鳥は責任の重さを感じながら、見慣れた町並みを眺めるのだった。
紛れもなくユナミールだよ!
道に落ちている食べ物は食べ物なのかな、食べ物じゃないのかな?
わたしは食べ物だと思うけど、飛鳥は違うって言います。
次回「旅立ち」
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