カリスレギア
「じゃあ、行ってきます」
町に5台しかないバイチャリのうち、3台を使用して飛鳥、ユナミール、ネムールの3名が買い出しに行くことになった。
買い出し━━とは言っても、この世界では、一応通貨のようなものはあるものの、ほとんどすべてが物々交換により取り引きされている。
そのためのキモッシー(干物)や、風の精霊の力を集めたマジカンと呼ばれる小筒を大量に用意してある。
マジカンは風の精霊の力を充填することで走行するバイチャリのエネルギーとしても使えるので、途中で動かなくなって大丈夫なのだ。
飛鳥はこれを、変わった電池のようなものだと解釈していた。
「気をつけて行ってこい。ズン・ダーンとマシルクの糸は忘れるなよ」
ミミーネの注意に、ユナミールが「うんっ!」と元気よく応える。ヌクモフの出産を手伝っていたために寝不足気味なネムールは無言だった。寝ていればよさそうなものだが、飛鳥とユナミールを二人きりにするのが嫌らしい。これは予想ではなく、本人がはっきりそう言っていたという事実だ。
バイチャリを管理しているのがミミーネなので、彼女の許可を得なければ、バイチャリを使用することはできない。貴重な乗り物なので、交換するにも大量の物資や貴重品を必要とするので、簡単には増台できないのだ。
「じゃ行こうか、二人とも」飛鳥が言う。こちらの世界に来た初年度の、半ば過ぎ頃にはもう今のように馴れ馴れしく喋ることもできるようになってきていた。
ユナミールたち、町の少女全員が、飛鳥に好意的だったのが最大の理由で、以前の世界の女性とは違うものを感じた飛鳥は、その確信を得てからは、あっという間に心を開き、打ち解けることに成功した。
そんな心の解放や、誰一人例外なく自分に興味を示してくれて、なおかつ必要以上に好意的であるこの世界は、飛鳥にとっては理想郷そのものだった。
いくつかの大きすぎる問題さえなければ、本当に楽園そのものであったことだろう。しかし、どの世界にも、その世界にはその世界の問題があり、苦難がある。
しかしながら、それを知ってもなお以前の世界よりも魅力を感じる部分は、絶対に否定のできないところだった。
町唯一の正式な出入口である木製の門を抜け、緩やかな下り坂を走る。
バイチャリは風の精霊の力で浮遊して走る、下部が板状のスクーターみたいな乗り物なので、坂の勾配はほとんど影響ないはずだが、それでも下り坂の気持ちよさは確かにあった。
当初はまともに走行できなかった飛鳥も、今では少女たちと同等か、それ以上にうまくバイチャリを乗りこなしている。
風の精霊の力というものを知らない飛鳥は、もちろんどのようなパワーがどんなふうに作用して浮いたり走ったりしているのか、まずは原理がわからない。感覚的にも自転車ともバイクとも違う独特の乗り心地があり、慣れるまでには時間がかかった。それでも慣れてしまえば誰よりもうまく乗りこなせるあたり、原付バイクを運転した経験も多少は生きたのかもしれない。そう、飛鳥本人は思っている。
そして描写がなければいつの間にか忘れ去られるだろうと飛鳥が期待しているといけないのでしっかり書いておくと、彼はブラとパンティを着用のうえ、ワンピースのスカートという格好なのである。ここが異世界でなければ、堂々と青空の下に存在していてはダメな姿だった。
そんな飛鳥だけれど、目を輝かせたユナミールが「すごい」とか「かっこいい」という言葉で誉めてくれたバイチャリテク(蛇行したり、意味もなく傾けたりする乗り方)を駆使して、先頭を走行する。パンチラ上等なのは言うまでもなく、美少女たちを引き連れる気分のよさは、隠せるものでもなかった。
変態飛鳥のそのあとを安全運転のユナミールと居眠り運転のネムールがつづき━━
さらにそのあとを、もう1台のバイチャリがすごいスピードで追いかけてきていた。
「おお~い」と、3人の背中に声がかかる。
「あん?」めんどくさそうに振り向いたネムールの目に、金髪をなびかせた姿が映る。
暴走バイチャリでお馴染みのレミリネアだった。
「待て~、我も行くぞ~(暇だから)」
自らの魔力も加えて加速させているのだというレミリネアのバイチャリはすごい速度で走れるため、あっという間に追いついてみせる。
追いついてからは速度を合わせて、並走した。
「我もカリスレギアへついて行こう。ちょうどエルエスデイを切らしていたからな、仕入れなくてはならん」
飛鳥は当初、このレミリネアが言うエルエスデイをLSDだと誤解していたが、実際には別物で、しかし遠からずといった代物だった。
レミリネアたち高度な魔術師の精神を高みに維持するためには、〈あのお方〉の存在が不可欠らしい。
〈あのお方〉とは、人間ではなく、かといって魔術の源たる精霊とも違う。この世界に普遍的に存在する高次元の意識体という話で、もちろん飛鳥には理解できず、簡単な魔術を使えるユナミールたちにも見えない存在らしい。
その存在と、稀にコンタクトを取っていなくては、魔術師としての力をフルに発揮することができなくなるようで、そのために必要な物がエルエスデイということなのだ。
ちなみにエルエスデイは黒い果実のような植物で、それを燃やした煙を吸い込むことで効果を発揮する。効果は、一般にはただの精神安定剤のようなものとして使用されているらしく、やはり使用法といい効果といい、飛鳥の知る薬物ともそんなに遠いものではないだろう。
もしかしたら知らず、幻覚を見ているという可能性もある。
そんな危険がありそうな物には手を出さないでおこうなどと考えているうちに、大都市カリスレギアの巨大な石門が見えてきた。
門の番をしている人間は、だいたい決まった少女たちで、飛鳥もすでに顔見知りだった。
「こんにちはー。メルールルーストゥの四人でーす!」バイチャリを止めずに声をかけたユナミールに、門番の一人、ハレッタという三つ編みの少女が片手を上げて応える。
一応門番のはずだが、ほとんどフリーパスに近いほど簡単に通れてしまう。飛鳥がはじめて訪れた時ですら、すんなり通されてしまった。
人を警戒しているというよりは、魔物などの見張りなのであろう。
門のすぐ裏手にあるバイチャリ置き場に、おそらく都市の住人の物も並んでいる中に、四人も乗ってきた物を停めた。
バイチャリの心臓とでも言うべき文字の書かれた薄紅色の魔法石を取り外す。この魔法石ひとつひとつに書かれた文字が、対応するバイチャリ本体にも記録されているので、他の魔法石をセットしても動かないようになっているし、書き換えもできないらしい。
セキュリティとしては錠前よりも高度で効果的な優れものだった。
それぞれの魔法石を懐にしまうと、四人は並んで歩きだした。
カリスレギアは近隣ではもっとも巨大な都市で、メルールルーストゥの町の数十倍の規模がある。
とはいえメルールルーストゥの町が町というより村な感じで、村というより集落と言ってしまってもいいのではないかとさえ飛鳥が考えるくらいの狭い土地だという話だが。
「我の目指す店は確か裏路地だったな。別行動をするが、よいか?」
「勝手にすればいいじゃない、わたしたちはだいたい大通りで済ませるけど」と、ネムール。さすがにもう眠気はなくなっていた。
彼女の言う通り、用事があるような店はだいたい大通りに集中している。
都市の中心を貫くように伸びる道がそれで、他が居住区などにあてられているので当然だった。
たまにレミリネアが用事の店など、大通りから外れた場所に存在するものもあるが、今回用事のある店はすべて大通り沿いに点在していた。
「では、あとでな」言って、レミリネアは路地に入った。その行動は迅速で、言葉を返す間もない。
「さ、あいつはあいつで店に行ったし、わたしたちも必要なものを揃えましょう」
バイチャリから降ろした荷物はわりと重くて、特にマジカンを入れたリュックが肩に食い込む。
背負った飛鳥はわずかな痛みに耐えながら、二人の少女と一緒に店を回った。
飛鳥は赤面必至なのだが━━少女たちの下着類を編むのに必要なマシルクの糸を、持ってきたマジカンと、ついでにキモッシーの干物を付けて交換してもらう。下着類は完成品を置いてある店もあるが、町に制作係がいたし糸のほうが少ない物資で交換できることから、手間のかかるほうを選択している。
制作係のメロエールとナミカの仕事をなくさないためにも、これは必要な手間なのだ。
いろいろまわって、最後に訪れたのは食べ物屋さんで、ここでの一番の目的はズン・ダーンという甘い煮豆だ。
飛鳥などは以前の世界で好物だった"ずんだ"を思い出すのだが、名前こそ似ていても緑色の食べ物ではない。豆は豆だが、こちらは真っ青な色をしており、さながら外国製の菓子を連想させる代物だった。
(そういや外国っていう言葉、懐かしいな)なんて思いを馳せる。
この世界には国という概念はなく、町の違いがあるばかり。すべて世界はひとつで、そこに境界線はないのだ。
レミリネアが所持する〈世界図〉で見る限り、町の数は無数にあるものの、世界全体のサイズは飛鳥が元いた世界に当てはめると、半球ほどの規模もないのではないかと思われた。
地図自体が全体を描けていない可能性もあったが、それでも飛鳥には狭い世界に感じられた。〈地球〉よりも小さな惑星なのかも知れないと、密かに考えている。
("惑星"かどうかもわかんないんだけどね)
少女たちにその概念がなく、真偽のほどは不明だった。
「さて、必要なものはみんな揃ったし、帰りましょうか」
「うん。あれ、なにか忘れてないかな?」
ユナミールはなにかを思い出そうとしている。
飛鳥は気づいていたが、ネムールは気づいていないフリをしている。
「忘れてないわよ。帰りましょう」
「いや……レミリネアがまだだよ」とユナミールに教えてやった飛鳥に、ネムールは不満げな顔をする。
「言わなくていいのに。どうせ勝手に帰ってくるんだから」
何年経ってもネムールのレミリネアに対する態度に変化はなかった。こうなるともう、仕方ないと諦めるよりなくなる。きっと、絶対的に相性の悪い二人なのだろう。
飛鳥は元より、町の少女たちもそう考えているようだった。
バイチャリのところで待つこと十数分。やっと帰って来たレミリネアにネムールが「遅い」と一言文句を言ってから、みんなで揃って帰路についた。
買い出しだけなら日帰りが可能だが、男性を探す場合は泊まり込みの時もある。けれど、未だに町へ呼べる男性は見つかっていない。
この都市においても、男性の数はまったく足りていないのだった。
健康元気なユナミールです。
アスカってよく胸を見てます。みんなの胸に興味があるみたい。おもしろいのかな?
次回「時間は止まらない」
チェックしてくださいね!




