ミルク飲む者笑わすべからず
夢の中で母に会った。
ひさしぶりに会った母・リナルールはきれいな顔のままだった。夢だからなのだろうけど、最後のあの時、枯れ枝みたいになって朽ち果てた母の姿を目の前で見ていただけに、その瞬間の姿じゃなくて本当によかったと、心の底からホッとしていた。
『ユナミール、あんたの未来には、きっとなにかが起こるはず。きっとなにか、とてもいいことが、必ず━━それを信じて突き進め。わたしの娘は、タダじゃ終わらないよ』
勇気づけるようにそう言った母の言葉を、声を、目覚めたばかりのユナミールは鮮明に思い出すことができていた。
いつもであれば朝の訪れを告げるピリカラの鳴き声とともに、夢の内容はさっぱりと霧散してしまうのだけど、今日の夢は忘れなかった。たぶん、大好きな母の夢だったからだ。
自室で着替えを済ませると、家の外にでる。まずは小川に向かい、顔を洗ったりして、身をきれいにする。一日の、はじまりの儀式。
朝食前の一仕事は、ほとんどの町民に、なにかしらの役割があった。
ユナミールは、ユナミールでなくとも、ほぼすべての町民が誰でもできて、なおかつ一番重要な仕事である食料生産を担当している。中でも、畑の収穫物担当を仕事としていた。
ピリカラ小屋でピリカラの卵を拾っているネムールを見つけて、声をかける。
「ネムちゃん、おはよう!」
「うん。あとで卵を持っていくから」
「ありがとうっ!」
小川の近く、自宅の前方に広がる畑に到着したユナミールはさっそく、朝食用にととりあえずサユリをふた房、収穫する。
これだけでもユナミールとエレーナの二人と、そして隣の家のネムール、ケシナ、マレーニュの三人が食べるにはじゅうぶんな量になる。
もちろん他の町民にも分配するものだが、その場合は必要な人が、向こうから取りにくるので問題ない。手間を省く意味で、近い両家のあいだだけでのやり取りも、多く存在していた。
帰り際、ピリカラの小屋にはもうネムールの姿がなかった。
ニヒルな笑顔を貼りつかせたような表情で闊歩するピリカラの中に、横になり手羽のうえに頭を乗っけて、ふてくされたような表情の一羽がいる。あれはもう卵を産まなくなったピリカラなので、今日の夜か明日の朝には、絞められてお肉に変わることだろう。ユナミールは生唾を飲み込みながら、家に戻った。
*
家に戻るとおいしそうな、ピリカラの卵を焼いたにおいが充満している。
食卓には同居のエレーナだけじゃなく、ネムールとケシナ、そしてまだ半覚醒で眠そうな表情のマレーニュもいた。隣のお宅の三人も、一緒に食事をするようだ。いつもではないが、気まぐれで、こんな日が時々ある。
「おかえりー、ユナミール。わりと元気そうじゃん。昨日のショックで人格変わってるんじゃないかって思ったけど、変わってなさそうだなー」
背が低くて、歳も低いケシナだが、それでもいちばん生意気な性格のお隣さん。金髪の編み込みには、やっぱり今日もキモッシーの干肉が挿さっていた。彼女のおやつである。
「ジンカク……? 大丈夫だよ。わたしはまだ、諦めていないから」
「いやいや、諦めるしかないだろ、実際。もうオトコ、いなくなったんだしさー」
ナイフとフォークをかちゃかちゃ鳴らし、足もぱたぱた。落ち着きなく、ケシナは喋る。
「ごめんなさい……わたしのせいで」料理の途中で振り返り、困り顔のエレーナが謝るけれど、誰も、エレーナのせいだなんて思っている人間は、この町にはいない。
みんな、わかっているのだ。来るべき時が、ただ、訪れただけであるということを。
そんなエレーナの足元を、つやつやした肌の、小さい赤ちゃんが這っている。
昨日生まれたばかりのエミリーナだった。
現生人類は極端な短命であるが、それに適応した部分も多く存在する。生まれたての赤子の成長速度もまた、そのひとつであった。
もちろん知能こそ低いが、自力で移動するまでに一日とかからないのである。
「さあ、卵が焼けたわ。朝食にしましょう。マレーニュ、起きて」
「うにゅ~……ごはん~?」
目の前に置かれた皿からたちのぼる湯気に、鼻をひくひく。さすがのマレーニュも、眠気を追いやるしかなくなる。
「エミリーナはこっち━━」少女たちの足元を縦横無尽に這っていた赤子を拾い上げると、エレーナは上着をまくりあげ、片方の乳房を露出する。
「バブバブ・ママミルクね」と、ネムールが言った瞬間、それこそヌクモフのミルクを飲んでいたケシナがぶほぉーっと勢いよく液体を吹き出した。
「げほっごほっ……ぶははーっ! ひっ、ひさしぶりに聞いたーっ、バブバ、ブ、ママミル……ぐふふぅーっ!」
そのまま椅子から転げ落ちて、ごろごろ床を転がるケシナ。笑いの衝動がおさまるまで、みんな黙って観察する。
顔面にミルクを吹きかけられたネムールも、ミルクを滴らせたまま、拭き取りもせずに半眼で見ていた。
「うふふ、うっふふ、あははははー!」ひくひくと痙攣さえしながら、どうにか笑いの衝動を鎮めていったケシナは、涙とミルクで顔がぐちゃぐちゃになっていた。「ウーナが生まれた時に聞いて以来だけど、やっぱおもしろい、それ! あはーっ、ネム、やっべー!」
「そりゃどーも……」ようやくミルクを拭き取ったネムールは、なにごともなかったように朝食を食べはじめたが、ミルクのかかった焼き卵にはわずかに眉をしかめた。
「あ、ネムちゃん━━」
「ん、なに?」ユナミールに呼ばれて、顔を向ける。
「あとでちょっと、お願いがあるんだけど、いいかな?」
「うん……?」
どうせ遊びの相談だろうと考えたネムールは、それよりも今晩のピリカラお肉を想像してしまい、内心わくわくしているのだった。
こんにちわ、ユナミールです!
ヌクモフのミルクはみんな大好きなんですよ! 本当に小さい赤ちゃんは飲みませんけど、あとのみんなは飲んでます!
次回「町長は大都市へ勧誘に」
チェックしてくださいね!




