三年目
町長・リティファの家の裏手にあるヤマシタの実を収穫し、帰路につく飛鳥。
ヤマシタの実は元の世界で言うブルーベリーやラズベリーのような小さくて黄色い果実で、味はパイナップルみたいなよくわからないものだった。
慣れてしまえばただただ美味しいだけなので、飛鳥はこの果実が好きになっていた。リティファに頼んで、たまに分けてもらっている。
「アスカさん、ごきげんよう」
メイナという名の、八歳の少女に挨拶される。
この世界の八歳は、女子高生くらいの見た目をしている。あと二歳で成人なのだという。
「こんにちは。メイナちゃんはこれからお仕事?」
「はいっ。もうすぐヌクモフの子供が生まれそうなので、今晩は寝れません!」
「大変だね、がんばって」
「は、はい! アスカさんに応援されたら、わたし、すごくがんばれます!」
会う人会う人、みんな飛鳥に好意的で、全員から真っ直ぐな好意を向けられる毎日に、さすがの飛鳥も慣れてきていた。
もう三年目になる。
この世界に召喚されてから、それだけの年月が過ぎ去った。
ただし、一年が365日ではなく500日と少しあったのには驚いたが━━その分、少女たちの人生が長くなるのだと思えば、当然のことであるとすら思える。
二十歳しか生きられないのであれば、一年が365日では少なすぎるだろう。
自宅へ戻る途中で、飛鳥はこの町でもっとも新しい家である、レミリネアの家に立ち寄った。
声をかけると、レミリネアはすぐに出てくる。
片手に本を持っているので、また、ユナミールから借りてきていたのだろう。
「おお、あんたか。本の返却期限だったか?」
「いや、返却期限なんてないでしょ。読み終わったら、ユナミールに直接返してください。そうじゃなくて、これ━━ヤマシタを取ってきたんで、少しおすそわけしようと思って」
「おっ、これはこれは。さすが兄さん、気が利くな。我もこれは嫌いじゃない。皿一杯分、置いてゆくとよい」
「どうぞ、お好きなだけ」
「うむ。しかし、我らの使命を思うと、この生活は平和すぎるな。どうだ、そろそろ覚悟も薄れてきたのではないか」
「いや、まあ……大丈夫です。忘れていませんよ。それに、完全に安全ってわけでもないじゃないですか」
というのは、ごく稀にだが男性を狙った人身売買組織(もちろん全員少女)や、野生の獣、あるいは魔物による襲撃などがあったからだ。
人身売買組織に誘拐されかけた飛鳥を救ったのはレミリネアだったし、野生の獣を誰よりも多く撃退したのもレミリネアで、元は野生動物だったものがなんらかの原因により魔物化したという怪物を倒したのもレミリネアだった。
「つまり、我がいること自体が、平和の証明となっている」
「それは確かに、そうですね」
事によれば死者が出ていてもおかしくなかったという魔物に関しては、レミリネアがあまりにも簡単に倒してしまったので、町民全員が驚いたほどだった。
期せずして最強の用心棒を雇ったようなものだと、エレーナなどは話していたが、まったくその通りだと飛鳥も感じる。
これだけの力を目の当たりにすれば、約束の時に完成させるという大魔術に関しても、信憑性が高まるというものだろう。
大魔術師の娘だというその実力は、すでに誰もが充分に理解していた。
「それじゃ、オレは戻りますね」
「うむ」
レミリネアの家をあとに、残り半分となったヤマシタを持って歩く。カゴは軽くなったが、それでも家の人間━━ユナミールとエレーナとエミリーナ、そして自分も含めた四人分は余裕で残っている。
ユナミールの畑のあたりで、マレーニュと遭遇した。
マレーニュはほぼ自宅に生息している生き物なので、外で会うのはめずらしい。その担当する役割もめずらしく、町の中で唯一の仕事についていた。
いわく『おうちを守る係』だそうだ。それって飛鳥の前世━━元の世界で言うところの自宅警備員そのものだが、まあ、そういう役割も必要なのだろう。
少なからず適性を考えて仕事を割り振っているのだろうから、マレーニュにはそれが一番よかったのだ。と、飛鳥は考える。
「うに~、あしゅかだ」
もうすぐ成人だという年齢になっても、この子だけは子供っぽい。大人になることを拒否しているとさえ思わせるものがある。
「マレは待ち合わせ」
「え、誰と?」珍しいな、と思いながら尋ねる。そもそも外出自体そんなにしない女の子だったのに……と、そんなことを思う飛鳥。
その質問には答えず「きた」とだけ言ったマレーニュ。そこへやってきたのは━━毎日顔を合わせている『家族』の一人、エミリーナだった。
今年で三歳になったエミリーナは、もうすっかり成長して、小学校低学年くらいの身長にまで育った。元気よく走り回り、もうすでに家の掃除という仕事まで担当している。
母親であるエレーナにそっくりな女の子だった。
「マレちゃん、きたおー」
「うにゅう。いこー」
手を繋いで、どこかへ行こうとする。
「あ、ちょっとどこ行くの?」
飛鳥が慌てて尋ねると、エミリーナが「キモッシー釣りだお」と答えた。
ということは、川だ。
町の中を流れる川は浅く緩やかな流れのものなので、まあ、小さな子供だけで行っても危険はない。それにマレーニュはもう八歳だから、分別もある……はず。
とは思うものの心配だった飛鳥はついて行くことにした。時間はいくらでもある。というか、ぶっちゃけ暇だったので、二人の引率を理由に川へ行こうと思いついただけだった。
「オレも行っていい?」
「いいお!」
「うにゅ」
たぶんオッケーをもらったと判断した飛鳥は、仲良く手を繋いだ二人のうしろを、よたよたとついて歩いた。ヤマシタの入ったカゴが邪魔だったけれど、仕方ない。
小道の先に川があり、そこがキモッシー釣りのスポットになっている。
短い竿が何個か立てられたり倒れたりしているのは、いつでも誰でもすぐ釣りができるよう、常備されているものだ。
マレーニュが地面に転がっている竿を拾い、エミリーナは地面に突き刺さっていた竿を引っこ抜いた。
そして、そのへんの土を掘り『メネズ』という虫を探す。
飛鳥にとってはミミズを連想するような名前だが、ミミズとは似ても似つかないヒマワリの種みたいな形の黒っぽい虫がいるのだ。
わりとどこの土中にも生息している、土をよくする虫らしい。
どうやって、どんなふうによくしているかはしらないが、まあ、害虫ではないそうだ。
小指の爪くらいの大きさのメネズを見つけると、それを竿から垂れた糸の先にある針に刺して、準備完了。
川に下ろせば、ししゃもくらいのサイズの『キモッシー』が、わりとすんなり食いついてくるのだ。
「つれたお!」エミリーナが振り向く。
マレーニュもすぐさま釣り上げたようで、嬉しそうにしている。同居のケシナが毎日のように持ち帰るはずだが、やはり自分で釣ったものは違うのだろう。
ケシナみたいに、干物を頭に挿さなければいいが━━ケシナの顔を思い浮かべて、飛鳥は苦笑いするのだった。
なんと……ついにあの方が登場する……そう、それは━━ユナミールだよぉーん!
そんなこんなで次回のお話は「カリスレギア」ですよーん。
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