金色の魔術師
「じゃあ、わたしたちは帰ります」
町長のリティファがミミーネに目配せして、席を立つ。しばし話し込んでいたため、けっこう遅い時間になっていた。
隣家の三人も、そのうち二人がすでに帰宅していて、ネムールだけが眠気を我慢して、まだがんばっている。
飛鳥に関する話し合いである限り、途中で退席したくなかったのだろう。
リティファが扉を開けると━━目の前に金髪の少女が立っていた。
「うわきゃあああああーっ!」意外にかわいらしい悲鳴を上げて、ミミーネに抱きつくリティファ。ミミーネが腰の短剣を抜く。
「何者だっ!」
その言葉から、少女がこの町の住人ではないということが、飛鳥にもわかった。この狭い町内で、まさか顔を覚えていない人間などいないだろう。
「あー、待て待て。怪しい者ではあるが、危険な者ではない。危害は加えん。見にきただけだ」
金色の長い髪の少女は、魔法使いのような格好に見えた。これは飛鳥の主観だが、いかにもなスタイルに見えたのだ。
━━しかも、胸が……すごい。
存在感のある大きな胸に、飛鳥の視線が引き寄せられる。
そのことを悟ったネムールが飛鳥の背中を叩き、ユナミールがお尻をつねった。
「いたいっ! なっ、なにするんですか」
「あ、ごめんねアスカ。つねっちゃった」ユナミールが、自分でも驚いたように告げる。どうも、無意識の行動だったらしい。
ネムールのほうは意識的な様子だったが。
「見にきたって……いったいなにを」リティファが問う。「それにあなた、どこからきたの」
「はいはい、それでは自己紹介しよう。我が名はレミリネア、その男を見にきたのだ。どこからきたのかといえば、カリスレギアの宿屋から、あんたらをつけてきた」
「なんだとっ! いったいどうして━━それに、この男性がいるということを知ったのは帰ってきてからなのに、わかるはずがないだろう!」
ミミーネが今にも飛びかかりそうな勢いで言った。確かに、飛鳥の存在を知らなかった当時のリティファとミミーネに、そんな会話ができたはずはない。そもそも男性を探すために、都市へ赴いたのだから。
「それはな、我が崇高なる魔術師だからだ。あんたらの意識を辿り、この町を知り、その男を見つけた。精霊の力を借りるあんたらにも、なんとなくわかるはずだが━━まあ、我のそれはあんたらの比ではないからな。崇高にして偉大なる大魔術師レルカニアの娘たちは、みな我のような力を持つのだ」
「大魔術師? 娘たちって……そんなに子供がいるの?」的外れなようでいて、実は大事なことを訊くネムール。
その疑問に、レミリネアと名乗った少女は答えた。
「そうだ。我には他に三人の姉妹がいる。全部で四人。我らは四つ子だった」
「すごーい! そんなにいっぱい生まれるんだね」ユナミールが感動する。
稀にそのようなことはある。
が、通常聞くものは、双子か、あっても三つ子までだろう。四つ子というのは、確かに多い。
「そこは大魔術師たる母の力だな。四つ子が必要だとして、我らを生んだ。必然的にな」
そんなことができるの━━と、これは奥で見守っていたエレーナが呟いた言葉だ。
「できたのだよ」エレーナの呟きすら拾ったレミリネアが答える。「我らの母は偉大なる魔術師だった。だが、それでもこの世界を救うことができなかった━━なぜか。それはな、母一人では足りなかったからだ。いかに大魔術師の母といえど、その身体はひとつしかない。しかも、母が生きている間には、その時が訪れることはなかった。間に合わなかったのだ」
なんの話かわからない。なにが……なにに間に合わなかったというのだろうか。
「だからこそ、我ら四つ子を生む必要があった。その時に間に合わせるため、世界を救う力となるため」
「お前はいったい、さっきからなんの話をしているんだっ!」
「まあまあ、怒るな筋肉少女。その男はこの世ならざる世界からやってきたのだろう? 要するに、世界を救う鍵はその男にある、ということだ。だから我が、ここにいる」
まだ彼女の言葉をすべて理解できた者はいなかったが、それでも危害を加えられる様子がないことから、少しずつではあるが場の空気は和らいでいった。
「……帰ろうと思っていたのだけど、これは、帰れなくなったわね」リティファが言う。「立ち話もなんだから、座りなさい」と、空いている席を示した。自分の家ではないのだが、この町ではあまり関係のないことだった。
「では失礼する」言って、レミリネアは大人しく座った。どうやらこちらも、帰るつもりがなさそうだ。
「アスカを見にいらしたということですけど━━それに、世界を救う? みたいなお話は、いったいどういうことなのです?」エレーナが訪ねる。その手にはすでにお茶のカップが用意されていて、さすがの手際のよさだった。
「話そう。心して聞くがよい━━」そんな、大仰な感じで話しはじめるレミリネアだったが、それが本当に心して聞くべきものであったということは、すぐにわかるのだった。
「我らの寿命が短いのも、男が生殖行為の直後に命を失うことにもすべて、原因がある」
「魔女の呪いでしょ」と、ユナミール。
「違う」レミリネアが、即座に、はっきりと否定した。全員が全員そうだと思っていた常識を。
「魔女の呪いなどというものは、存在しない。そもそも、その魔女と言われた人物は、我の祖先なのだ。名はレイリーネル。問題のあった人物で、その死後も悪し様に言われつづけ、ありもしない汚名を着せられたかわいそうな人物なんだ。呪いなんてない。それに、我が伝え聞くところでは、レイリーネルが生まれる以前にはすでに、今の状況に近づいていたというからな」
「あなたが、魔女の子孫なの?」ネムールが言った。すでに眠気はなくなったらしく、顔がシャキッとしている。いつもの調子に戻っていた。
「魔女の呪いがないだと……なら、他にどんな原因があると言うんだ」落ち着きを取り戻したミミーネだが、まだどこか怒気を孕んだ様子で訊く。
「男が子種を残したあと、我らが"寿命"を迎えた時、どうなるかはしってるだろう?」
「枯れ枝みたいになって、消える━━」ネムールが答えた。
「そうだ。だが本来、人間というものはそんな死にかたをするものではない」
「は? なにを言って━━」
「肉は腐り、地に還る━━他の生き物と同様に、な」
「そんな……わたしたちも、ピリカラやヌクモフと同じだって言うの?」
彼女たちは知らない。が、異世界からやってきた飛鳥だけは、その当たり前の事実を当たり前のこととして理解している。つまり、この世界での人間の死は━━人間だけが、他の生物とは違う死にかたをしているというわけだった。
それがおかしいことなのだという考えが、少女たちの中にはなかった。
「本来は、な。生物はみな同じ。血と肉でできている限りはな」言葉を失う少女たちに向けて、レミリネアはつづけた。「男が子種を残した瞬間、我らが最も完成された瞬間━━なにかが、何者かが、我らの命を食らっている」
「何者かって、なによ?」ネムールが、表情を歪めて問う。すぐには理解できないことばかり話されて、拒絶反応が起きていた。
「わからん。だが、確かになにかがいる。それは人の目を欺き、姿を隠している━━今より十年後だ。十年後、この世界の周りにある星が、十字に並ぶ時がくる。あんたらもいつも見ている、パンツ座の星や、月。それらが直線上に並ぶんだ」
「へ?」もはやネムールには、レミリネアがなんの話をしているのか、まったくわからなかった。星が並ぶとかなんとか、そういった概念がないことが原因であった。
「その時に、この世界の力は最大限にまで高まる。当然、精霊の力もな。その力を利用して、我ら四人は大魔術を完成させる。その魔術により、隠された真実を暴くのだ」
「よくわかりませんでしたけど……それは、絶対に十年後じゃないといけないのですか?」エレーナが訊いた。
「そうだ。時は決まっている。こればかりは、我らとてその時を待つより方法がない。残念だが、あんたを救うことはできない」
「そうですか……いえ、いいんです。わたしのことは。でも━━ユナミールたちは?」
「わからん。救えるかもしれんし、救えないかもしれん」
「というか、その大魔術とやらを完成させて、真実を暴くことができたら━━わたしたちは死ななくて済むようにでもなるのか?」ミミーネの疑問は、全員の疑問でもある。真実を暴いたところで、寿命が変わらず、男性も死ぬのではなにも変わらない。今とまったく同じだ、と。
「それは、やってみなくてはわからないな。だが隠れている元凶を暴くことができれば、それを倒すことも可能になる。そこで、こちらの男の力が必要となる」
レミリネアが近くに突っ立っていた飛鳥の腕を掴んで、引っ張った。「うわっわっ!」と言いバランスを崩した飛鳥は、レミリネアの豊満な胸部に顔を埋めた。
「はああっ、アスカぁ~」ネムールがプルプルと震え、歯をギリギリ鳴らしている。その様子に、エレーナは恐怖を覚えた。
「この男は時空間を越えてやってきた、すごいやつだ。こいつにしかできない仕事がある。それが、隠された元凶を倒すことだ」
「うぷっ、お、オレはなにも倒せませんよ!」と、顔を赤くした飛鳥が言った。レミリネアから身体を離すと、なぜかすぐユナミールに引っ張られて、テーブルの向こうに行かされた。
「いいや、倒せるさ。あんたにしか倒せないんだよ。我らにはできないことが、別の世界からやってきたあんたにはできる。この世界を救うため、力を貸してはくれんのか?」
そう言われてしまっては、善良な飛鳥に断る言葉はない。自分になにかができるとは思えないが、できることがあるのなら、やる。そう考えるのが、飛鳥という人間だった。
「で、できることがあるなら手伝いますけど……ほんとに、なんの力もないですよ」
「あんたはな、別の世界からきたということが、一番の力なんだよ」と、レミリネアは言った。
「それはそうと━━十年後なんでしょ? あんただって生きてるかどうか、わからないんじゃないの? アスカはさておき」と、ネムール。彼女は十歳なので、十年後に生きている確率は━━かなり低いのだ。それは誰もがわかっている事実。なので、あえて言及することはない。
「我らは五歳だ。十年後は一五になるが、死ぬにはまだ早かろう」レミリネアは、なんでもないことのように、歳を明かした。見た目からは想像できない若さであることを、本人はあまり意識していない様子だ。
「えっ、あんたまだ五歳だったの?」これにはさすがのネムールも、ネムール以外の少女たちも驚いてしまう。
この町でもそうだが、人間は十歳で成人と見なされる。もちろん、大人の身体になるのに、それだけの年月が必要だからだ。
しかしレミリネアの身体は、どう見ても成人女性のものである。いかに成長速度が早まった現生人類だといっても、明らかに異常な成長だと言わざるを得ない。
が、それについて、レミリネアはごく簡単に説明するだけで終わらせるのだった。
「我らは強大な魔力を有するから、あんたらより発育がいいんだよ」と。
そんなレミリネアの言葉には、誰もが納得していなかったけれど、納得する以外に方法はないのであった。
ユナミール、ゲットです!
おめでとー。ユナミールはSRだよ。
次回は確か「天職はこれだった」
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