町長が帰って来た
一日も終わりにさしかかろうかという頃、仕事を終えてから、飛鳥に町の中を案外して歩いていたユナミールとネムールたちがバイチャリ置き場に近づいた時だった━━。
町を囲む柵が途切れ木製のゲートが建つ、唯一の出入口の方向から、二台のバイチャリが向かってきたのが見えた。
「あっ、リティファさんだ!」ユナミールが声を上げる。
「帰って来たんだ……でも、どうやら男性は連れていないようね」
ネムールが言う通り、二台のバイチャリにはそれぞれ町長のリティファと護衛役のミミーネの姿しかなかった。乗ればもう一人くらいは乗れる乗り物なので、いない、ということはつまり、見つからなかったということだ。
もちろん男性自体が見つからなかったわけではなくて、この町に来てくれるという人が見つからなかったというわけなのだろう。
「ただい━━まああっ⁉」ミミーネがすごくおもしろい感じの驚きを見せる。さらに、瞬間的に険しくなった表情を、ユナミールらに向けた。「そっ、そいつは何者だあっ!」
バイチャリを横に傾け、急ブレーキ。右手の人差し指を飛鳥に向けると、逆の手にはすでに短剣を構えている。
「あ、違うのっ!」
「アスカは魔物じゃないわよ。男性よ、男性!」
それでもすぐには納得しなかったミミーネとリティファだったが、ユナミールとネムールによる必死の説明によって、どうにか理解してくれたようだった。
*
ユナミールとエレーナの家の中で、リティファとミミーネは、いまだに疑わしそうな表情をしている。
「わたしも驚いたのだけど━━」エレーナが、町長のリティファに話しかける。「嘘ではなさそうよ。ただ、二度目の召喚術は成功できなかったのだけれど」
「異世界召喚術━━確かに、わたしもそれは知っている。でも、ええ、みんなと同じで不可能な嘘の魔術だと決めつけていた。リナルールさんが試していたのを見た時も、どうせ成功しないだろうなって、ずっと思っていたわ。実際、その通りになったしね」
過去の記憶を思いだしながら、リティファは懐かしそうに喋った。
「それをまさか、娘のユナミールが成功させるだなんて……そんなの、思いもしないわよ」
「えへへ、わたしもそう思います」ユナミールは自分で言った。彼女自身、母のリナルールが失敗こいた大魔術を自分が成功したという事実を、いまだに消化しきれずにいる。
ネムールはそうでもなさそうだったが。
「わたしが協力したからに決まっているでしょ。ユナミール一人だったら、失敗していたかもしれないわね」
「うん、わたしもそう思うよ。ネムちゃんが協力してくれたから、アスカを呼ぶことができたんだ。でも━━二回目も同じようにやったのに、なにが悪かったのかなぁ?」
「一度きり、ってことなのかもね」リティファも、そう考えたようだ。真実がどうであれ、そのように考えるしかなかった。
「それで、アスカはどっちの男性になったのかしら?」言って、リティファは飛鳥のほうに顔を向ける。
しかし、顔を向けられても飛鳥には答えるべき言葉がない。黙していると、ネムールが口を開いた。
「わかった━━じゃあ、こう聞けばいいのよ。『アスカはわたしとユナミールの、どちらの男性になりたいの?』」
「ど……」飛鳥は気圧されたように、言葉を詰まらせる。やはりこれにも、答えられる言葉がない。
「どっちが好きか、はい、どっち!」
「い、いえ……どちらも、す、好きです……」
そう言うしかなかった。この場でどちらか一人を選ぶことなどできない。どちらを選んでも不正解で、ならば選ばないことが正解なのかというと、そうでもない。飛鳥の力が及ばない選択が、そこにはあった。
「はぁ……まあ、そこがアスカのいいところなんでしょうけど━━」ネムールがため息をつく。
「今は選べないのでしょう。焦ることはないわ。いずれ、どちらかと子供を作ってもらえるなら、わたしたちはその時まで待ちます」リティファが、そのように伝える。
彼女らにとっては、とりあえず飛鳥という男性がいることそれ自体が重要なことなのだ。少なくともこれで、一度のチャンスは得られたわけなのだから。たとえ生まれてくるのが女の子だとしても、一人の人間が増えるということが確実ならば、まずはそれを喜ぶべきという考え方があった。
飛鳥はといえば━━ちょっとだけ怖じけづいてはいるものの、ユナミールかネムールか、どちらにしても元の世界ではお目にかかれなかったような美少女と子供が作れる、ということを思うと期待せずにはいられないものがあるのは、やはり仕方のないことである。
飛鳥も男なのだ━━今だって、全員が全員美少女という状況下に、胸のドキドキは止まらなかった。
どもどもー、ユナミールですぅ。
そ・れ・は・さ・て・お・き、おもしろい夢を見ましたーっ!
えっと……あ、忘れちゃった…………なんだっけ?
じ、次回は「金色の魔術師」です!
チェックしてくださいね!