狙われる男
諦めきれずに、失意を抱えながらも繰り返す。
しかし、その後に何度繰り返してみたところで、飛鳥を呼び出した時のような状況にはならなかった。あの時の空気感が再現できず、精霊の力も混ざり合うことがない。通常そうなるように、相反する力がぶつかって、しまいには消えてしまう。手応えというか、あの時に感じていた感覚も、ふたりにはまったくなかった。
ユナミールとネムールの異世界召喚術は、二度と成功することはなかったのだ。
「なんでよ……アスカは呼び出せたのに……」ネムールは心底がっかりしたように、肩を落としている。
「ひとり一回なのかな?」ユナミールがよくわからない予想を立てた。さきほどネムールも同じようなことを言っていたが、召喚術が書いてある本の中にも、そのような記述は見当たらない。
だが、誰にも答えなどわからないのだから、もしかするとユナミールの言葉が真実であるという可能性もなくはないのだ。
「口だけションベリーナ」
人混みのどこからか聞こえた声にキッと怒りの表情を向けたネムールが「なんですって!」と怒鳴るが、声の主は見当たらない。
落胆する町民たちに謝って、ふたりは召喚術を諦めることにした。もう、成功する気がしなかったし、自信も完全に失われていた。
町民たちが全員洞窟を出たあとで、服を着たユナミールとネムールも外に出る。
ヒンヤリ洞窟の入口で、足元にニルを絡ませた飛鳥が待っていた。
「ニル~っ! あんたまた~!」
「なんぞションベリーナちゃん。わたしが誰に絡まろうと、ご本人の了承を得ているのだから、文句を言われる筋合いはないぞな」
「なによその変な名前! 誰のことかわからないわ! いいから離れないさいっ! アスカは優しいから断るってことをしらないの! そこにつけこむなんて、あんたってほんとタチが悪いわよねっ!」
「そこまで言われたならば、わたしもちょっと怒るぞよ━━少ぉーしお尻ペンペンでもして、得意のお漏らしをさせてやろうかのぅ?」ふふふと、ニルは恐ろしい笑みを浮かべる。
後ずさったネムールが身構えた。
「喧嘩はダメだよふたりとも。アスカだってそんな喧嘩は見たくないはずだよ。ねえ、そうでしょアスカ?」
「は、はいまあ……暴力はダメですね。いけません」その言葉ひとつで、あれほど不気味なまでに絡まっていたニルが飛鳥の足を離れ、ネムールもおとなしくなり顔を背けた。
ユナミールの、飛鳥を使った作戦は驚くほどの効果をみせた。ユナミール自身、男性である飛鳥に嫌われたくないという強い思いがあったので、ふたりも同じであると確信していたのだ。
もしかしたら自分の男性になるかもしれない。その思いは、彼女たち三人だけでもなく━━さきほど集まった町民全員が心の内に秘めていた。
飛鳥は全員に狙われていたのだ。
知らぬは当人だけである。
「ねえ、その方は誰の男性?」
ユナミールとネムールと、そのふたりに挟まれるようにして歩く飛鳥の三人に、ヨシミという小さな果実を担当しているフラニャという少女が訊いた。
「誰のでもないわ━━でも、きっとわたしかユナミールの男性になると思う」わざときつめの口調で、突き放すようにネムールはそう返した。
「あら、そうなの? でも決まったわけではないのよね?」余裕の表情で、フラニャはネムールに告げる。「男性の人、わたしの顔を覚えていてね。わたしはフラニャ、きっとあなたに気に入ってもらえると思うの」
「そんなわけないわよ━━じゃあね、フラニャ」言って、ネムールは飛鳥の腕を強引に引っ張るようにして足早に歩いた。
「あっ、待ってよネムちゃん。そんなにアスカを引っ張っちゃダメだよ」
慌てて追いかけるユナミールも、なぜか飛鳥の空いているほうの手を取ると、ネムールと一緒に引っ張ったのだった。
ゆっ♪ ゆっ♪ ゆっ♪ ユッナミールだよぉ~!
なんだか気分がいいんです。気分がいい時って、歌いますよね?
次回「町長が帰って来た」
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