異世界召喚術(二回目)
「わ、わ、わ、ほんとのほんとに男性だよねお姉ちゃん?」
「どれどれ、おー、なにかがはみ出ておるぞよ!」
飛鳥のスカートの中を覗き見た少女が報告する。
ユナミールの説明によると、この二人は町長であるリティファの家で一緒に暮らす、ニルとウーナということだった。妹のほうがウーナで、スカートの中に首を突っ込んだ姉がニルである。が、二人に血の繋がりはない。
そこまでを脳にインプットしつつ、飛鳥はキャッとか言ってスカートを押さえた。
「ゆ、ゆ、ゆ、ユナミールちゃん、この男性は誰の男性になるのかな?」ウーナがユナミールに向けて尋ねる。
「アスカは……まだ、決まってないよ」
「なぬ、それならばわたしの男性になるのがよかろう!」ニルが手を上げてアピールするが、横から入ってきたネムールに否定される。
「ダメよ━━ダメダメ。ダメなんだから。アスカはわたしとユナミールが呼んだんだから、少なくともわたしかユナミールと一緒になるべきでしょう?」
それに━━と、ネムールは続ける。「あんたたちの分も呼んであげるから、おとなしく待っていなさい」
「なんと、まだ呼べると申すか! ほんなら呼んでたもれよ、わたしはもう十四だでな、悠長には待っておられんぞよ」ニルの表情は真剣だった。
「大丈夫よ、任せなさい。わたしとユナミールの力で、何人だって呼んでやるわよ」
「なんとまあ、ションベン漏らしのネムールが大魔術師になっとったかいな」
ニルの言葉に顔を赤らめるネムールと飛鳥。飛鳥まで恥ずかしそうにしたのは意味がわからないが、ネムールは慌てて反論する。
「ション……お漏らししてたのいくつの時よ! そんな昔の話、もう忘れなさいよバカー!」
「ネムールちゃん、そうだったんだ……」意外なものでも見たように、ウーナはユナミールの陰から言うのだった。
*
ヒンヤリ洞窟の空間に、大勢の町民が集まっていた。中には当然、飛鳥とは初対面の者が多く、それぞれにその都度ユナミールかネムールが紹介するという流れができていた。
なぜかニルがべったりと飛鳥の背中にひっついていて、彼はたいへん動きづらそうにして移動しなくてはならなかった。
「うふふ……これは心地のよい背中ぞな」飛鳥より頭ひとつ分小さいニルは、完全にその陰に隠れている。
しかし横からきたネムールに発見されてしまい「ちょっと、あんたは離れなさいよ」と怒られている。
「なぜに? アスカが怒るならわかるが、ションベン漏らしに怒られる理由はないぞよ」
「あるの! なにか腹が立つのよ、いいからとっとと離れなさいってば!」
ご立腹のまま無理矢理飛鳥からニルを引き剥がしたネムールは、そのままの勢いで彼女を遠くに押しやる。
「覚えておれよー、ションベン漏らしー」という声が、町民たちの向こうへと消えていった。
とはいえ、ニルを引き剥がしたからといって、ネムールは安心できない。その場にいた全員が全員、飛鳥に興味津々だったから。
「これは、早いとこ次の男性を呼ぶ必要があるわね……」そう呟いて、衣服を脱ぎ出す。
「のほっ!」ウブな飛鳥は目をそらした。「ぼくは、その、外で待ってますね……なんかあれなんで」と、ユナミールが止める間もなく入り口のほうへと走っていく。
「あ、命に関わることだから、アスカはダメなんだった」
「そうだわ━━まだ相手が決まっていないとはいえ、子作りをしたくなったら大変よ。わたしが気をつけておくべきだったわね」エレーナがもうしわけなさそうに言うが、もちろん彼女の責任ではない。ネムールたちが儀式のため、衣服を脱ぎ捨てるということまでは知らなかったのだから。
「ごめんなさい、裸になること忘れててアスカを連れてきちゃって━━」
「もういいわよ、早くやりましょう」ネムールが寒そうに、身体をさする。
「そうだね━━じゃあみんなは少しだけ離れていてね。異世界召喚術をやるから」
準備も整い、本も開いて置いてある━━飛鳥を呼び出した時の状況を再現し、まったく同じようにして儀式を行ったふたりなのだが……。
結論から言うと、二度目の<異世界召喚術>は失敗に終わった。
成功した時の状況にはならず、何者も呼び出すことができなかったのだ。
ユナミールが時おり感じる空の圧迫感にも似た、空気の変化。それがまったく感じられなかった。それはつまり、すべての精霊の力がひとつに融合していなかったわけなのだが、その答えにまではたどり着けない。たどり着けたとしても、解決方法はなかった。
彼女たちの力では、どうにもならないことであったと、のちに知ることとなる。
異世界召喚術の失敗━━そのことに町民はもとより、ユナミールとネムールが最も大きなショックを受けていた。最初からできなかったのならば納得はいく。でも、実際に飛鳥という異世界人を呼び寄せた実績のあとでは、その失敗はさらに大きな失望を生んだ。
「なんでよ……まったく同じことやったのに……いっかい呼んだらダメなわけ?」
しかし、ネムールの疑問に答えられる者は、その場に誰もいないのだった。
よいしょっと、ユナミールです。
カゴいっぱいのヨシミは、さすがに重いです!
次回「狙われる男」
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