自分が思うよりも外側にあるもの
朝食を終えるとすぐさま立ち上がったケシナが「じゃ、キモッシー捕りに行ってくるー」と言って放たれた弾丸のような勢いで飛び出して行った。
それにつづき「マレは寝るにゅ~」と、マレーニュもすでに半分眠っているような足取りで自分の家に戻ってしまう。
残されたユナミールとネムールは飛鳥の顔を見た。今度はなんだ━━身構えた飛鳥に、二人は言葉をかける。
「今さらだけど━━」と、ネムール。
「アスカは、自分の世界に帰りたいって思ってる?」なんとなく眉尻を下げたユナミールが、不安そうな様子で話す。
二人とも、異世界からやってきた飛鳥が、戻りたいと考えているかどうかを確かめたかったのだ。
しかし、当の本人に元いた世界への未練などはなにもなかった。当然だ。そもそも死ぬはずだった飛び降りの最中に呼ばれたらしいのだから、本来なら死んでいたはずの人間である。生きる意味さえなくし、廃人のようになっていてもおかしくなかった。けれど、突然置かれた今の状況と、この世界の、この町の雰囲気と、そしてなによりユナミールたちの存在があったことで、すでに生きる意志のようなものを自覚していた飛鳥は少しだけ思案すると━━
「思ってないです━━できれば、この世界で生きていければって、そう思っています。ぼくの、残りの人生を」そう宣言した。
どうせ帰れないのだから、選択肢などないようなものだが━━それでも自分の意志で、間違いなくそう思えるものが、今の状況にはあった。無論、若くてかわいい女の子ばかりに囲まれていることも無関係ではないが、そのような性的な期待はしないほうがいいだろうと、飛鳥は考えていた。それに━━
(事によると、誰かと子作りした瞬間、死ぬことになるんだろうか……)
その可能性は大いにありそうだった。飛鳥が異世界の人間だからといって、都合よく適用外を期待するのは簡単だ。でも、簡単に楽観した結果に命を落としてしまったのではしょうがない。それに━━どう見ても未成年だし、実際に十歳であると明言しているユナミールたちに手を出すなどということは、飛鳥の良識では考えられないことだった。
たとえば飛鳥も同世代であったのなら、抵抗もなかっただろう。しかし彼はいい大人であり、ぶっちゃけもうおっさんである。元の世界であれば、迂闊に手を出せば犯罪となり逮捕されるようなことなのだから。
「どうしたのアスカ、やっぱり帰りたくなった?」心配そうに、ユナミール。
「い、いえ全然! まったく全然みじんこも帰りたく━━もとい、微塵も帰りたいなんて気持ちはないです。ほんと、これっぽっちも!」と、隙間なくくっつけた親指と人差し指を見せながら、飛鳥は慌てて弁明した。
「そう、それならよかったわ。アスカに帰られても、こっちだって困るしね━━ってか、アスカを帰す方法ってあるの? ねえ、ユナミール」
「え……? 帰す方法……それは、ない? かな?
本にはなにも、そんなこと書いてなかったし……あ、じゃあもうアスカって……」
「…………」飛鳥は無言だった。帰りたい気持ちがわずかにでも残っている人間であれば、ここは大声で叫ぶような場面であるが、わずかばかりもそんな気持ちが残っていない飛鳥にとっては、別にどうでもいい事実だった。むしろ帰る方法がないとはっきりしたことで、この世界で生きる決心がついたくらいだ。
感謝こそすれど、ユナミールとネムールに対しての、どんな反感の思いも湧かなかった。
「大丈夫ですよ、ぼくはもう、この世界の人間です。この世界の人間になりました。どうかよろしくお願いします!」
「うんっ! ありがとうアスカ! これからもよろしくねっ」
ユナミールは飛鳥に抱きつこうとでもしたのか、勢いよく立ち上がったと思ったらテーブルの足に自分の足の小指を思いきりぶつけてしまい「いったぁ~い!」と言ってごろんと転がり、転がったまま隣の部屋に消えていった。
キッチンからドシャガッシャ~ンという派手な音が鳴ったので、どうやらなにかに衝突して止まったらしい。
「ほら、またやった。ユナミールっていつでもどこでも、すぐに小指をぶつけるの。不注意が過ぎるのよ」
「大丈夫ユナミール?」心配したエレーナが駆けて行くのを見ながら、飛鳥はなぜだか微笑ましい気持ちになっていた。
お腹がすいたユナミールだよ!
ケシナの好物はキモッシーの干物です。でもわたしは、そんなに好きでもないかなー?
次回「必ずなにか役割はある」
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