足の小指はしかたない
他に部屋がないということで、ユナミールの部屋のユナミールのベッドの隣にマットを敷いてもらい、そこで眠った飛鳥が朝目覚めると、眉根を寄せたユナミールの顔がすぐ目の前にあって驚いた。
一気に覚醒した飛鳥は「ど、どうしましたか?」と声を絞り出す。
「アスカ、お顔にカビが生えてる……特にお口の周りに…………」
言われて、口周りを手で触り確かめる。ジョリジョリっとした感覚━━ヒゲだった。
「あ、これはカビじゃなくてヒゲですヒゲ」
「ヒゲ……って、なに?」
「毛です」
「えっ、お顔にも毛が生えるの? どうして、アスカって病気なの?」
病気でもなんでもなく、顔にもワキにもついでに言うとお尻にも毛は生えるのだということを飛鳥は説明しなくてはいけなかった。
最初は難しい顔をしていたユナミールだったが、やがて納得したのか「わかったよ」と告げる。
ユナミールにわかってもらったことで、この後の他の人に対する説明が楽になったことは確かだった。エレーナにも、隣家の住人たちにもユナミールから説明してもらったので、飛鳥は少しの捕捉説明だけをすればよかった。
「え、そうなの? どうりでアスカの顔が汚れてるなって、なんとなく思ってたのよね。まさか、そんなところにまで毛が生えるなんて……」
朝食の席を囲み、ネムールは飛鳥の顔をまじまじと見つめる。汚い顔だと思われていたことがショックだった飛鳥は、ちょっと目をそらした。
飛鳥という存在が加わったことで、今日も朝から隣家の三人はやってきていた。特にケシナが興味津々の様子で、飛鳥のそばを離れない。ずっとベタベタ、どこかしらを触っていた。
「ねー、なんでこんなに腕太いんだ? ミミーネよりすごくね、これ?」
飛鳥の二の腕を確かめたケシナが、不思議そうに尋ねる。
「これは、まあ……仕事とかで、それなりに鍛えられてはいるんで、男だったらわりと普通なほうだと思いますけど」と、わずかな謙遜混じりに答える飛鳥。
力仕事の影響はもちろんあるが、自主的な筋トレも多分まったくやらない人よりはやっていたという自負がある。なので、彼女を守れる程度の腕っぷしはあるつもりだった━━彼女などはいなかったのだが。
「え、そーなのか? アスカの世界のオトコって、みんなそーなのかぁ。オトコってみんな、ミミーネより弱いもんだと思ってたよ」
ミミーネっていうのは、何者なんだ━━と思いながらも、飛鳥はちょっとした優越感のようなものを感じていた。ケシナの言葉から推測するに、どうもこの世界の男性はみんな細身であるようだ。この町だけの話かもしれないが、それでも自分より腕っぷしの強い男がいないという事実は、飛鳥に自信をつけさせた。
━━だからどうだって話だけど……そもそもみんな細身だったら、別に腕っぷしが強いからってモテるわけでもなさそうだし。そしてミミーネさんってのが、すごい気になるんですけど。
飛鳥の内心の考えが影響したかのように、ユナミールがミミーネについて言及した。
「ミミーネたち、うまくやってるのかなぁ?」
リティファの本気度合いからして、二日や三日で帰ってくるとは思えないが、それは町にきてくれる男性が見つかるかどうか次第だろう。そのように、エレーナが言った。
「アスカがきたこと教えられればいいんだけど━━帰ってきたらビックリするよね?」
「ミミーネが腰を抜かすかもしれないわよ」
その会話に、飛鳥も気になったので参加する。「連絡手段ってないんですか? ケータイとか」と、ありそうもない文明の利器の名前をだして訊いてみた。
すると案の定「ケータイってなに?」と返すユナミール。家の中や町の様子を見た段階でわかっていたことだが、この場所に電気はなかった。夜だって、ランプの明かりで過ごしたのだから。
━━ランプとかはあるんだよなぁ。
と、改めて家の中を見回す飛鳥。ガラスの玉の中で黒い粒子がぐねぐね動き、なんとなく時計のように見えなくもないものが気になった。
「あれって時計ですか?」指で示し、訊いてみる。
「そうだよ、アスカの世界にもあった?」
━━やっぱり時計なのか……電池……は使ってなさそうだし、動力がわからないな。
「はい、まあ、ありましたけど、あれとはだいぶ違います。あの時計って、どうやって動かしてるんですか?」
「あれは聖霊の力だよ。ケエっていう黒い粒々と聖霊さんの力で、時間がわかるものなの」
「ユナミール、そういうのだけは詳しいわよね。すぐ足の小指ぶつけるくせに」
「ネムちゃん、足の小指はしかたないよ」
しかたなくもなさそうだが、ユナミールは不満そうに頬を膨らませるのだった。
おはようございます。ユナミールでっす!
みんなだってなにかにどこかをぶつけるよね?
ね?
次回「自分が思うよりも外側にあるもの」
チェックしてくださいね!