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美味しいお肉を食べましょう

 ユナミールが手伝いにいくと言うので、飛鳥もそれについていく。階段下でエレーナと会い、こんな姿を見られてしまったと一瞬ドキリとした飛鳥だったが、よく考えたらエレーナもこちらの世界の人間だ。

 当然、飛鳥のワンピース姿を見ても、なんとも思わないしなにも言わない。


「あ、アスカさん……」


 エレーナは飛鳥が気になる様子だったが、ユナミールがとっとと玄関から出て行ってしまうので、飛鳥もそれにつづくしかなく会話をする余裕はなかった。


 陽が沈みかけた黄昏の景色は、飛鳥の記憶になにかを訴えかける。過去世を思いだし、幼い頃に思いを馳せる。


 ━━本当にここ、異世界なのかな……。


 空の色は同じ。言語だって日本語だ。そうなると、飛鳥としては異世界に召喚されたという実感が薄れもする。


 ━━だいたい、なんで日本語で話せているんだろうか。


 それがいちばん不思議なところだった。あとで訊いてみようとは思いながら、飛鳥はユナミールの背中を追いかけた。


 鶏小屋の風情があるその小屋は、どうやら本当に鶏小屋のようだった━━が、飛鳥は眉間にシワを寄せる。


 ━━ニワトリ……なのか? なんかちょっと違うような……やけに表情があるな……なんだこの生き物は? ニワトリじゃないぞ。


 という風に、彼にとっては見知らぬ異世界生物は珍しかった。が、この世界ではどんな土地でもよく飼われている、人々の生活と密接な関係のある家畜のひとつ"ピリカラ"は、まったく珍しい生き物ではない。


 そんなピリカラ小屋の裏手のほうに回ると、そこに座っていた少女がぐりんと首を回し、こちらを見る━━その顔には血液が付着していて、足元には血溜まりが。そして片手には首のないピリカラを掴んでいた。


「ネムちゃん、もう絞めたの?」


「いま血抜きしてるところよ━━もうちょっと待ってなさい」頭部を失ったピリカラを逆さまにして、ドバドバと血を抜いていくネムール。


 ユナミールは平気な顔で見ていたが、飛鳥は胸を隠すようにして凝視していた。コンビニで商品になっている肉ならよく見てきた飛鳥であるが、生と死の境界を挟んだ現場を目撃した経験はなく、初体験だったのだ。


 ユナミールがその味を想像してごくりと唾を飲み込み、飛鳥は勢いが衰えてもまだ血の流れつづける切断された首を見てごくりと唾を飲み込んだ。


「け、けっこうかかりますね」と、歳のわりになにも知らない飛鳥が言う。


「ちゃんと血を出さないと生臭いんだよ」


 ユナミールは微笑みながら説明してくれる。これが飛鳥の元いた現実だったら「お前そんなことも知らねーのかよ」で終わりだ。思いやりもなにもない。自分が認めるものだけしか認めない人間たちに支配された、無慈悲な楽園。そんな過去世を思いだすと、飛鳥の中には嫌な気持ちが甦る。


 ━━ダメだ。もう、あの世界のことは考えるな。せっかく異世界にきたのに……これは、最後のチャンスなんだ。忘れることが正しいことだって、きっとある。


 ドビチャッと音がしたかと思ったら、ユナミールがネムールの側に寄る。ネムールが飛鳥のほうを振り返り「アスカも手伝いなさいよー」と言った。


「は、はいっ!」飛鳥も慌てて側に寄る。「なにをすれば……?」


「毛をむしるのよ。一本残らず」そう言ったネムールとユナミールは一心不乱にピリカラの羽根をむしり取っている。


 気後れした飛鳥だったが、恐る恐る手を伸ばすと、とりあえず一本だけ取ってみた。


「はひょっ」はじめての感触に、変な声がでる。そんなことをしていたら、ピリカラの羽根はふたりの少女の手によって一本残らず取られていた。


「アスカ、おっそー。なんで一本だけ持ってるのよ……まあいいわ、わたしも最初はそんなだったし」


 ネムールはピリカラをユナミールに渡すと、自らはその場の片付けをはじめる。飛鳥は一本の羽根を持ったまま、その様子を眺めていた。


 家に帰り、ユナミールとエレーナがふたりがかりでピリカラの肉を調理し、とても美味しそうなにおいが漂ってきたあたりで、隣家の三人が姿を現す。

 ネムールを先頭に、ケシナと眠そうな表情のマレーニュが入ってきた。


「おっわ! ほんとにマジかよぉ、いるじゃんいるじゃん。ねえ、あんたオトコなの? なんか……変わってんね。あんたみたいなの見たことないなー」


「うにゅ~……これ食べられるやつ?」


 背の低いマレーニュが飛鳥の太ももをツンツンする。


「わっ、いや、ぼくは食べ物じゃないです」


 料理が運ばれた食卓を、全員で囲む。来客用の椅子もあったようで、飛鳥の席がないということもなかった。

 ユナミールとネムールは目の前のピリカラ肉に釘付けの様子だが、それ以外の視線がすべて飛鳥に注がれている。


「ごくり……」飛鳥は耐えきれず、唾を飲み込んだ。緊張が上回り、食欲をさほど感じない状態になっている。


「あんたマジで異世界から呼ばれたの?」


 ━━なんだ……頭になにか刺さってるな、この女の子。


「なんか、そうみたいです」ケシナの頭部を気にしながら、飛鳥は返事をする。状況的にそうであるとしか言えないが、示せる証拠は持ち合わせていない。着用していたはずのスーツは消滅したようだし、もちろん所持品などはなにもなかった。


 ━━言語の違いもないし、本当に違う世界にやってきたって言える確証はないんだけど。


「すげーな。ほんとにあんのな、異世界って。ユナみたいなののホンワカ話だとしか思ってなかったなー。そんで、ユナとネムで呼べたのがすごいよな。ネムってすごいやつだったのかぁ」


 と、ケシナに誉められたネムールが「まあね」と自慢げに言うのだが、肉を頬張りすぎているために「ふぁあめ」としか聞こえなかった。


「でも本当にすごいわ。異世界から男性を連れてくることができるのなら、この町は━━いえ、もしかすると世界を救うことだってできるかもしれない」


 エレーナの言葉にケシナが「マジか」と驚嘆する。どうやらそこまでの想像力はなかったようだ。


「そっか」肉を飲み込んだネムールが言う。「アスカ呼んで満足しちゃってたけど、もっと呼ぶ必要があるわね。また明日、試してみましょうか?」


「え、でも明日は月白(つきしろ)の日だし、そんな時間は━━」


「なに言ってるのよ、ユナミール。男性を呼ぶことのほうがずっと重要なことじゃない。リティファさんだって、きっとそう言うに違いないわ。そうでしょ、エレーナ?」


「うん、わたしもそう思うわね。お仕事も大切だけど、今は男性を呼ぶことのほうが重要ね。試すことを優先したほうが、いいのではないかしら」


 エレーナにそう言われてしまい、ユナミールは納得するしかなかった。もう一度<異世界召喚術>を試すということを考えてもみなかったので、一度きりのことだと思い込んでいた。

 また成功することができるだろうか。


 不安な気持ちはあったが、今はそれよりもピリカラの肉を食べなくてはいけないと、そちらに気持ちを切り替えるユナミールだった。

元気ですか? ユナミールだよ。

わたしといちばん相性がいいのは、大地の精霊さんかなぁ?


次回「足の小指はしかたない」


チェックしてくださいね!

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